超感覚
「気を付けてカナエ様!! 人が少ない状況でなら、喩え夜の森でもカナエ様の位置を特定する手段が存在します!」
(…? 何だ)
アルシェの忠告が耳に届いた時、湊の刃は既に最後の男――盗賊連中の暫定リーダーであるリドルの頸に迫っていた。
ここまで二人を追い詰めてきた他のメンバーは既に蹂躙し尽くされており、後には戦闘を不得手とする彼だけが残された。いや、生かされたと言うべきか。
とにかくこの時点で大勢は決しており、ここから彼が勝つ確率はゼロに等しい。
なにせ武闘派が揃いも揃ってこの有様だ。単純な死合いで他より一歩も二歩も劣るリドルが、それ等を纏めて黄泉送りにした湊に叶う道理が無い。ここで奥の手でも隠していたなら話は別だが、どうやらそういった感じでも無さそうだ。
「彼等は自身の姿と魔力を消せる道具を駆使して、此方の探知を掻い潜ってきます。奇襲に気を付けて!!」
だからアルシェの言葉を意味として理解するのに時間を要した。有り体に言えば油断していた。周りに残っている仲間はおらず、生かしておいた一人も単独では脅威足り得ない。
野盗の中にはシステムの恩恵を十二分に受け、身体能力だけなら湊をも上回る猛者が何人もいた。そいつ等が纏めて襲い掛かってくれば苦戦は免れなかっただろう。
しかしそれが現実になることは無く、面倒そうな相手から処理して行ったが為に後半では最早作業と化していた。
故に残心を心掛けているものの、最後にはその意識も薄れ、完全に仕留める体勢へと入った。
――姿無き襲撃者は、その瞬間を待っていた。
生物である以上どうしても獲物に意識が向けられる一瞬の隙を突き、渾身の一撃を繰り出したのだ。
* * *
その攻撃は、本来なら不可避の一撃だった。
不可避と云っても方法は色々ある訳で、例えば反応すら出来ない神速の一閃だったり、例えば対象をガチガチに拘束してからの仕留め技だって広義的に捉えれば立派な不可避と云える。
そんな中繰り出されるは“不可視”からの不可避。
しかもただ目に見えないというだけではない。使用者から発せられる音や熱、匂い、影。果てには全身に点在する魔穴から漏れる魔力すらも隠蔽し、最早既存のあらゆる能力では感知不可とも称されるほど。
迷宮から出土する
(これで終わ……
だからこそ反応が遅れたとはいえ、
「ッ――」
胸元を斬り裂かれ、派手に開いた傷口から噴出する血を呆然と見やる。が、持ち前の切り替えの早さを発揮し、すぐに意識を戦場へと戻した。
直前の記憶から攻撃が繰り出された場所を一瞬で割り出すと、そこ目掛けて上段蹴りからの振り下ろしを見舞う。
「くッ…!」
手応えはあった。しかし盾か何かで防がれたのか、攻撃した湊の方が脚にダメージを負う始末。
「ちッ、油断した…!」
まさか『俯瞰視』を発動中に奇襲されるとは思いもしなかった。予想外の連続に驚きを隠せないものの、盛大に舌を鳴らすと二度三度バックステップを踏み、再びアルシェのいる所まで後退する。
追撃を警戒し周囲に意識を張り巡らせるが、姿無き敵は再び潜伏状態に入ったのか森は元の静寂を取り戻す。
「惜っしい。ほんのちょっと浅かったか」
「ッ――! 今の声は!」
(……追撃してこない。奇襲が成功したら今度は様子見か。差し詰め俺が周囲を警戒して気疲れするのを待っているんだろう)
それなら時間に余裕ができて逆に好都合。攻撃を受けた地点から一旦距離を取り、息を落ち着かせるついでに先の一撃を考察する。
(それに今の一撃で対処法は分かった。今度同じのが来たらカウンターを決めてやりたいが…問題はあの尋常ならざる硬さだ。恐らく鎧を身に付けているか、将又あれもスキルとやらの恩恵か)
湊の推測通りなら精神面での疲労を狙っていることになるが、実際は彼に考える隙を与えているに等しい。その偶然できた時間を使って身体の状態を確認する。
(胸の傷は思ったより深くない。まあ浅くも無いんだけど…しかし驚いたな。まさか『俯瞰視』を掻い潜って俺に攻撃まで当てるか。しかもこの暗闇でとなると、アルシェが言うように俺の位置も分かっているとみて良い)
そんな事がただの人間に可能なのか。いやそれも含めて可能にしてしまうスキルや魔法こそ真に驚嘆すべきなのだろう。
湊のような才能が有ろうと無かろうと、魔道具もしくはステータスによるごり押しで再現できてしまうのがこのダリミルという世界だ。
才能を行使すればすぐに終わると踏んだのは早計だったか。湊の身体からは赤い血が滴り落ちるが、当の本人は痛みなど無視し悠然と構える。
「カナエ様、もしかしてお怪我を…!? 直ぐに手当て致します!」
すでに辺り一帯は噎せ返るほどの
暗闇と死臭で2つの感覚がまともに機能していないというのに、先程聞こえてきた発言から厭な予感を覚えたアルシェが血相を変えて治療に取り掛かろうとする。だが、他ならぬ湊がそれを静止した。
「待て。さっき言っていた気配を消せる敵が此方の様子を伺っている。今治しても妨害されるだけだ」
「し、しかし…」
そもそも乱戦に持ち込んだ時点でこうなる事は承知の上だった。戦いが始まれば悠長に回復や能力強化している暇がないことなど自明の理である。それが分かった上でアルシェのサポートを断ったのだ。
「幸い動く分には問題ない。俺のことが心配なら、早く魔力とやらを回復させてこの傷を治すのを優先させろ」
湊がアルシェに告げた10分というタイムリミットも、実際のところ単なる指標に過ぎなかった。
あまり考えたくないが、自身の力だけでこの局面を突破するのが難しいことだって想定される。故に聖女と謳われるアルシェの力を借りればいいのだが、その為にはここで貴重な魔力を浪費させる訳にはいかない。
正直彼女が何処までやれるのかまるで未知数だし、それを最終プランに据えるのも不安と云えば不安なのだけど。
「それにしても、あのステルス攻撃はいったいどういうカラクリだ? 攻撃の直前…いや攻撃される瞬間まで音が聞こえなかったぞ」
「
続けて、息を整えながら前の説明を補足する。
「中でも『霧』の属性質を有するモノは暗殺や奇襲において絶対のアドバンテージを持ちます。本来ならば一国家が厳重に保管しなければならない筈、なのですが…」
「間違いなく持ってるな。それも一般市民ですらない、底辺のはみ出し者が」
「あうぅ」
まあこの際出所に関しては後で考えるとして、問題はやはり影も音すら漏らさないあの厄介な性質だ。あれをどう攻略するかが状況を打開する上でカギになると思い、しかしそこでふと先程の会話がアルシェの頭を過る。
「…あれ? でもカナエ様は奇襲を察知されたのですよね。どうやって動きを捉えることが出来たのですか?」
「さあな。言っただろ、敵がこっちの様子を窺ってるって。わざわざ此処で種明かしする理由も意義も無い」
アルシェの疑問を
(しかし、こうなると『俯瞰視』はあまり役に立たないな。聴覚を除いた触覚だけの行使では
それでも音も姿も魔力さえ認識できない相手に先手を取れるというのは、最早奇跡以外の何物でもない。
そしてその奇跡を容易に引き起こす才能……ではなく彼の
「ふッ――、」
ガギンっ!
「きゃあッ!?」
「…ッ! へえ…、効かないと分かっていて攻めてくるか。それとも最初の一撃が成功したから次もイケると? あんまり舐めるなよ、凡夫風情が」
そもそもの話、幾ら頭の回転が速く送られてきた情報を瞬時に映像に転換できる才能が有ったとしても、基となる情報が足りていないなら3次元的モデリングなど構成の仕様も無かった筈である。
しかし実際には暗闇の景色どころか木々の後ろや両目の反対側など、
「ちッ、クソがっ…!」
「そこか」
「ああクソッ! どうなってやがる! あの黒フード野郎、役に立つとか言って不良品を渡しやがったな!」
認識不可とも云われる霧のアーティファクトをまたも看破し、それどころか追撃まで行う始末。
使用者の男はステルス機能の有利性をもかなぐり捨て、接近戦から自身の剣に苛立ちを込める。
「ぐッ…!」
(さっきの雑魚共より強い。それだけ恩恵を受けてるってことか)
先の説明でも述べたように、湊は脳に送られてきた感覚情報を一瞬の内に統合・反映し、まるで実際に見ているが如く精密なイメージを創り上げる。
これが湊の有する一つ目の才能、圧倒的な演算能力を駆使した『超分析能力』
その用途は情報の解析から課題プロセスの最適化に至るまで多岐に渡り、これが在るからこそ召喚直後の高速戦闘が成立するし、アルシェの説得にも踏み切れた。
そして視覚を封じての『俯瞰視』発動。 これだけが分析という言葉の本来持つ意味から大きく逸脱していた。
そもそも情報を得たいなら眼を閉じる必要は無く、むしろ感覚を受容する妨げとなっているのは自明の理だ。当然湊がそれに気付かない筈がない。
では何故わざわざ視界を封じるのか。
それは才能を行使する上であまりに情報を“集めすぎてしまう”から。ひとえに言ってしまうとこれに尽きる。
「くそッ! やってられるか!」
「! また奇襲か」
(落ち着け、姿形や音が消えても存在まで無くなる訳じゃない。質量は間違いなく存在する。
着地の振動――右斜め30度に反応あり。足は横に揃えて立ち、重心は若干右に偏っている。恐らく右利き。風の流れからするに、肩を開き、左手に何かを握っている様子もない……ということは片手剣か。そして足の運びからするに連続で仕掛けては来ない)
肌を擦る風の感触と、足裏から伝わってくる振動の波。
普通の人間が何となくで感じる微弱な刺激を一種の有用アイテムにまで昇華させ、そこから超分析力を用いて敵の姿勢まで炙り出す。
これが湊の才能……というよりかは体質の一つである『超感覚』だ。
その内容は単純明快な五感の強化。ただし才能ではなく体質なため、自分でON OFFの切り替えが出来ず敵の情報以外にも余計なもの――触覚の有効範囲30m――を拾ってしまう。
これによりまともに受容器を機能させると脳への負担が激しいため、だからこそ意図的に感覚を傍受する『俯瞰視』の使用を控えているのだ。
そして五感には当然それぞれの識別領域が存在し、
「聴覚」は相手の動作や生体情報、また大まかな位置を、
「触覚」なら地面から伝わる振動で相手の正確な位置や力の掛け方、加え方などを図れ、
「視覚」に関しては生体情報やその他一部を除き、色や輪郭は勿論のこと他の感覚では感受できないほぼ全ての情報を見ただけで看破できる。
これら3つが『俯瞰視』を構成する主な要素であり、脳のキャパシティ的な問題で視覚の使用は普段避けている。
また、味覚や嗅覚といったその他感覚に関しても独自の進化を遂げており、総じて常人のソレとは機能が比較にならない。
それでも触覚のみの使用だとあまり性能が良いとは言えず、どうしても細かな部分で不透明さが表面化する。
「
故にただ情報を待つのではなく、此方から引き出す。
イルカが超音波を発して餌や仲間の位置を把握するように、湊も何かしらの音を発生させてその反響具合から周囲の情報を抜き取る。
そして『俯瞰視』を発動している限り、湊の不意を突くのは実質不可能だ。それは霧の魔道具を用いて仕留めきれなかった事からも明白である。
自身の視点を除くあらゆる角度から超感覚で状況を俯瞰、認識でき、動くものは勿論のこと地面に転がる道具さえ完璧に識別できる『俯瞰視』に、文字通り死角などない。
―――視えた。
相手の武器、身長、体重、歩幅、右足に体重を乗せる時の癖。その他情報を瞬時に見抜き、恐るべきスピードで隠れた敵の素性を探っていく。
「オッケ。そしたら『
瞼の奥に潜んでいた
「うん、視界良好」
その瞬間、何の前触れもなく湊が加速した――!
予備動作を一切悟らせることなく、視界の端にいた黒くて大きい目障りな存在目掛けて一気に詰め寄る。
そのまま湊の得物と、慌てて振り下ろされた相手の剣が交差…することはなく、半円になぞられた短剣の軌道は男の腰元に当たり、バキリと手応えのある音を残してその場を過ぎ去った。
「はッ――? なァっ!? テメっ、どうしてここが!」
「いい加減この暗闇に眼も慣れてきたところだ。視界が効くようになれば闇夜と同化していたお前の
景色が割れ、実体無き虚空に罅が入ると、歪む景色の中から巨漢の男が表れた。
男は困惑と怒りを滲ませ、そんな彼のポーチからは何かの部品と思われる残骸の一部が零れ落ちていった。
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