第4話 駿河家の依頼 4
6月28日 10時03分
『そうでしたか、ありがとうございます、またよろしくお願いいたします』
建山設計事務所に駿河邸建設の手続きに必要な最後の許可が下りた、いよいよ着工となるので、今更ながら建設予定地を見に行くことにした。
そんな事があるのか?いや、殆どないのだが今回の件は建山も別件で色々と動いていたので今になった。後手に回ってしまい、申し訳ないとは思いつつ、父親が建てるので融通が利くと言う部分に大きく甘えていた。
駿河から連絡はいらないと言われていたものの、着工のスケジュールくらいは教えたいと思い電話を取った。
『あ、もしもし、駿河さんですか?』
『建山さんですね、連絡いらないので早く造ってもらえませんか、部屋を』
『あ、申し訳ありません、一応着工のご連絡と思いまして』
『FAXでって言いましたよね、完成まで連絡は要りませんので。あと、完成した後こちらから連絡入れます、それが建山さんへの最後のお願いになると思いますので。』
『え、何かあるのでしたら今言っていただかないと』
『いえいえ、戸締りの話ですから大丈夫です。完成しても直ぐに行けないと思いますのでそのお話です。』
『なるほど、わかりました、では必要書類などは…』
『お手数ですが御社のポストに入れておいてください、私のタイミングで受け取りに行きます、記入物は記載後にポストに戻しに行きますので。』
『わかりました、では今後はFAXで全て行いますね』
『勝手ばかりで申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。』
また少し豹変しかけた駿河だったが直ぐに元の暗い駿河に戻った事に建山はさほど違和感は感じなかった。現場を見に行く前に駿河に渡す書類を作成し、ポストに入れた時、突然違和感を感じた。
『早く作ってもらえませんか部屋を…部屋をって言ったな…普通なら家をじゃないのか?部屋を作れって言い間違える事はそうそうないだろう、やはりあの異様な部屋になにか意味があるのか?』
ポストに書類の入った封筒を入れ、車に乗った途端に雨が降ってきた。霧雨ではあるが肌寒さを引き立てるには十分な演出である。
『駿河さんと関わると必ず雨じゃね?』
そんな独り言をつぶやき、ナビに登録した駿河邸建設予定地へ向かった。小さな街だが見所の多い街、海も山もある、そして今はその山へ向かっていた。
同日 11時48分
『目的地です、ガイドを終了します、お疲れ様でした』
無機質で優しさの欠片もないナビゲーターが現地到着を知らせてくれた。『もっとこう、感情的な【到着だっぴょーん】とか言うナビがあればいいのに』と呟きながらサイドブレーキを引き、顔を上げると建山はちょっとだけ驚いた。嘘つき猿ババァ、甲嶋の家のすぐ側で目の前が山道入り口だったのだ。
マップを広げて確認すると、山道を正面に見て右、甲嶋邸から50mほど後ろの草ボーボーの場所だった。
『こ…ここだったか、山道が目の前、山のすぐ側、静かに暮らすには丁度いいか、街の外れだし、駿河さんなら人と関わるのが苦手そうだしありっちゃあるか。』
建山は建設予定地である土地を草をかき分けながら歩いた。土の具合や周囲の様子、日の当たり具合などを確かめながら。
『この山ってそう言えば…所有者居るのかな、聞いたことないけれど』
同日 17時31分
事務所に戻り玄関のポストを確認すると、駿河が必要事項を記載して封筒を戻しているのがわかった。『いつの間に来たんだろう、気持ち悪い人だな。』
6月29日 7時00分
『斗偉志(といし)か、俺だお父さんだ。今から草刈りして面だしすっからよ、いつものようにそれ終わったら地鎮祭やるからな。準備は全部こっちでやっから』
『こっちでって、全部栞奈(かんな)姉さんがやるんだろ?』
『まーそーゆーこった、じゃまた連絡すっから』
『うん、頼むね』
『早くしろよ親父っ! うるせーな今行くっての!クルマ回せホラ!何やってんだ梁(はり)!俺は枕回せなんて言ってないぞ!クルマって言ったんだぞ!何抱えてんだ紅矢(べにや)!それはダルマだろダルマ!クルマっつってんだろ!』
『ふっ、またやってるよ』
7月2日 8時03分
『本日は駿河邸着工にあたり、安全を祈願して地鎮祭を行います、よろしくおねがい・・・いたしますっと』駿河へのFAXを送信し、建山は現場に向かった。
滞りなく地鎮祭が行われ、その帰りに一服と称して山道を父親と歩きながら建山は4年前の甲嶋家の息子が行方不明になった事件について話をしていた。
『親父、覚えてるか?甲嶋家の息子さんが居なくなった事件』
『4,5年前だったか、俺も捜索に参加したから覚えてるよ、この山は深すぎる、山道外れたら子供ならすぐに右も左も分からなくなる、草も葉が大きくて多い種類がやたら多いからな』
『死んだと思うか?』
『悪いが子供が4年も5年もこの山ン中で一人で生きていけるとは考えられねぇなぁ、可哀そうには思うけど無理だろ』
『あのな親父』
そう切り出すと、建山は黒い子供の話を始めた。依頼に来た駿河夫婦の後ろに居たこと、甲嶋家の娘が黒い子供を連れた夫婦を見たこと。
『それが甲嶋家の失踪した息子だと言うのか?』
『いや、そう思いたいのかもしれない、俺が。』
『まぁお前が首突っ込む事じゃねぇよ、完全に事件だって証拠でもない限り警察は動かない、黒い幽霊を見たと言っても信じやしねぇ、ましてや関連性もまったくないし、だとしても裏付けるものが無さ過ぎる、いいか、お前の想像でしかない』
『そうだな、関わるのを止めたほうがいいな、家だけ建てて終わりってことで』
『そう、それが俺たちの仕事だ。』
『でもさ親父、通常図面完成後に親父に見積り依頼して、最終的な金額を決めて設計監理契約で、半年以上はかかるのに駿河さんは何もかも任せるからって事で異例過ぎるスピードなんだよ、何をそんなに焦ってるんだろうな』
『誰だって早く住みてぇだろうさ、なんにせよ家が出来上がるのは大体7ヵ月後、これは急ぎようがないんだ、気にしたもんじゃねーさ、今自分で言ったばっかしだろ、家だけ建てて終わりって』
『そうだな・・・』
9月10日 7時55分
建山は駿河邸に来ていた。完成まで7ヶ月は揺るぎないような話をしていた父親達の快進撃が止まらず、もう既に内装工事に取り掛かると言うのだ。
そう、つまりはあの部屋の工事でもある。
【10畳の部屋を作り外から鍵をかえるようにする、そのカギは昔の蔵の扉につけるようなもの、その10畳の部屋の中に4畳の部屋を作り、その部屋も同じように外から鍵をかえるようにして、同じような鍵をつける、更にその4畳の部屋の壁は漆喰壁で、駿河に渡された白い粉とお札を燃やした灰を混ぜて塗る。】という工程が本日行われるのだ。
早速建山は新しく購入した一斗缶を改良し、簡易的な焼却炉を作り、駿河に渡されたお札のみを丁寧に燃やした。何分経過したかはわからないが10枚が綺麗に燃えて真っ黒い燃えカスになった。妹の乃子が練っている漆喰に丁寧に丁寧に燃えカスを落し、乃子は飛ばさぬように漆喰の中に押し込んで、エンジン付きのプロペラのような機械で回転を調整しながら練り込んで行った。
『お兄ちゃん、白い漆喰に灰を入れたからグレーになるけど良いの?灰だけに』
『向こうの依頼だし、それも話してあるから大丈夫だよ、プロとしてはしっくりこないけどな、漆喰だけに』
建山は程よく練り込まれたのを確認すると、次は渡された白い粉をその漆喰に落した、直ぐに乃子が練り込む。
『お兄ちゃん、これ何の粉?キマるやつ?薬中の部屋造るの?』
『そんなわけないだろ、ここに居る全員捕まるぞ』
『マジか!少しガメっておけばよかったなぁ』
『お前なぁ、女の子がガメるとか言ってんじゃないよ全く…じゃ、俺は別の現場があるから後は任せるけどいいかな?』
『ダメって言ったって行くんだろ?弁当代くらい置いてけよお兄ちゃん』
『わかったわかった』
妹に弁当をせびられた建山は家族4人分の弁当代として1万円を父親の木鉄に手渡し、現場を去った。
9月10日 18時36分
一仕事を終えて事務所に戻った建山は、駿河邸の部屋が気になり過ぎてインターネットで色々と調べていた。どうしても建山は「呪術」や「儀式」的なものを感じてならなかったからである。何かを隠そうとするような間取り、仕組み、構造、頼まれた時はさほど感じなかったものが、家の完成が近づくにつれて大きく膨れ上がってきたのだ、違和感と言う風船が大きく膨らみ過ぎて言い得ぬ不安を感じていた。
『何かを隠そうとしているに違いない、でも一体何を?外から鍵を閉める構造なんて仕舞い込むや閉じ込めるしか考えられない、何だ、何なんだ…とんでもない何かを造ろうとしているのではないか、いや、造らされているのか、ただの考え過ぎなら良いのだが』
実際に依頼された漆喰の作業工程に携わった事で建山は恐怖すら感じるようになっていたのだったが、建山ハウスホームの快進撃はここから一気に完成へ向けて加速すし、ほぼほぼ完成を目の前にして12月28日仕事納めとなった。
翌年 1月10日 15時18分
例年にない程に寒い1年の始まりとなり、正月気分を味わう間もなく建山ハウスホームは1月4日から仕事を始めていた、そしてついにこの日、駿河邸が完成となった。
最終確認のため建山は駿河邸に足を運び、くまなく細かく施工の状況の確認をした。クロスは剥がれていないか、釘が飛び出ていないか、屋根裏に大工道具の忘れ物は無いか、床下はどうかなどなど。1時間程かけてじっくりと丁寧に確認をして問題が無かったことをチェックリストに記入すると、流石親父達の仕事だと感心しながら事務所へ戻った。
同日 19時04分
駿河へ完成の電話を入れることにした。
『もしもし建山です、お久しぶりです、予定より1ヵ月程早く完成しましたよ、もう引き渡し出来る状態です。』
『それはそれはありがとうございます、では私どもはすぐに入居は出来ませんから、こちらからまたお電話しますので、その時指示をさせていただきますね、例の戸締りの件です。』
『わかりました、ではご連絡お待ちしております。』
『ええ、では失礼します』
電話をしながら建山は煙草をくわえていた。話しが終わり、火をつけると逆だった、建山はうっかりこのミスをしてしまう癖があった。プスプスと音を立てて真っ黒になりながら溶けるフィルターを見て『くそ、またやっちまった、煙草も贅沢品と言える値段だと言うのに』とボヤくと、突然過ぎるほど突然に事務所の屋根を雨が凄い勢いで殴りかかった。
『また雨か…いい加減気味が悪いな』
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