第3話 駿河家の依頼 3

『おお斗偉志(といし)か、どうした、仕事か?』




建山 木鉄(たてやまきてつ)は建山 斗偉志の父親で『建山ハウスホーム』という建築関係をメインとした工務店の社長である。斗偉志からは『ハウスもホームも一緒じゃねーの?』と言われたこともあるが、本人はハウスは家、ホームは住まいだと言う。建山ハウスホームはこの小さな街での困りごとを一手に引き受けていた、工務店の仕事ではない水道管の破裂やら、縁石を直す、タイヤ交換、時には畑仕事まで手伝っている、しかもほとんど無償で。木鉄は言う『年寄りばかりの街だ、大事にしてやらにゃならん』




『おい乃子(のこ)!甲嶋のババァと野本のババァが喧嘩してるってよ!話聞いてやってこい!』




『え?なんだって?』




電話口で従業員に指示を出す木鉄の声に斗偉志が反応した。




『あぁ、こっちの話だ、甲嶋と野本が揉めてるって電話が入ってよ、今乃子(のこ)を行かせたよ、あいつヤンキー気質だからババァの喧嘩止めるならアイツなのよ』




『また甲嶋さんと野本さんか、甲嶋さんなんかこの前家に幽霊が出たと言って歩いて、娘さんにこっぴどく叱られてましたよ、嘘つくんじゃないって。』




『そうなんだよ、あの嘘つき猿ババァ、この前も真っ黒い子供がうろうろしてるのを見たとか言ってな、流石にこんな田舎に黒人は来ないだろ』




建山ハウスホームは木鉄を入れて従業員は5人。この5人で何でもやってしまう、言わば精鋭部隊だ、喧嘩もするが息もピッタリ、それもそのはず3人は斗偉志の姉で1人は斗偉志の妹なのだ。ちなみに喧嘩を止めに行かされた乃子(のこ)は斗偉志の妹である。




『で?なんの用だっけ?』




『あ、そうだった、建築の依頼なんだけどな、ちょっと変わった人で…その施工依頼もちょっと変なんだよ』




『何が変なんだ』




斗偉志は最初の電話からの経緯を父親に話した。




『名前は?その依頼者の』




『駿河』




『駿河?駿河…駿河…この街にはいねぇな、おおい!栞奈(かんな)!この街に駿河って人居たか?あぁ?スルメじゃねーよ駿河!スルガ!…おいおいおい!梁(はり)が車玄関に回して来たぞ!仕事か?はぁ?俺はクルマなんて言ってねーよ、スルガ!スルガ!…なんだ紅矢(べにや)、なんのDVDだそりゃ…この!バカタレ!オルカなんて言ってねーよ誰が今オルカを観るんだ!はぁ?ブルーレイ?どっちでもいいわ!もうこのバカ娘たちは役にたたねぇな!』




ゴト…




『だからな…するがって名前の…』




木鉄が置きっぱなしの携帯から木鉄と娘たちのやりとりが微かに聞こえる。




『相変わらず騒がしい家だな…』




建山が笑っていると木鉄がやっと建山の電話に戻ってきた。




『いやぁ地図を見たけど駿河は居ねぇな、でもよ、家を建てるんだから土地を買ったって事だろ、となれば調べるのは簡単だぞ』




『いやまぁそれはそうなんだけど、何か知ってるかなと思ってね』




『そうか、悪いな、聞いたことないからどっかから越して来たんだろ、もしくは越してくるってところかな、で?施工で何かおかしいとか言ってなかったか?』




斗偉志は先に経緯は話したが、その『変な施工』の詳しい話をしていなかった。




『まずな、10畳の部屋を作り外から鍵をかえるようにするんだと、で、そのカギは昔の蔵の扉につけるような昔のほら、ガチャン!ってやつ、んで、10畳の部屋の中に4畳の部屋を作って、その部屋も同じように外から鍵を付ける、同じような昔の鍵な、そして壁は漆喰塗なんだけど、その漆喰に白い粉とお札を燃やした灰を入れてくれって言うんだよ。』




『神卸か?』




『手法は違うけど、似てるところはあるよな』




『まぁ客が望んでるんだ、やりたいようにやらせてやればいい、手続き終わり次第着工に入るから、一度いつものように打ち合わせに来い、飯でも食ってけ、な』




『わかったよ、じゃぁ書類揃ったら電話する』




電話を切った建山は駿河について少し考えた。




『駿河はどこかの街からこの街へ引っ越してくる、当然調べずとも手続きした書類でどこから来たか等の素性はいずれわかる、それが分かったからと言ってなんだ?私は何にもやもやしているのだろう……』




答えのない闇に入り込んだ気持ちの建山は冷たくなった珈琲を口にして、煙草に火をつけた。『ぷっ!ペッペッ』珍しく煙草を逆に加えて火をつけた建山は口に入った葉っぱを吐き出した。真っ黒に焼け焦げた煙草のフィルターを見て逆だと改めて確認する。




『真っ黒…     は!?』




建山は父親との会話を思い出した。


【そうなんだよ、あの嘘つき猿ババァ、この前も真っ黒い子供がうろうろしてるのを見たとか言ってな、流石にこんな田舎に黒人は来ないだろ】




『真っ黒い子供?真っ黒い子供って言ったな!』




建山は甲嶋に会いに行くことにした。




6月20日 16時12分




甲嶋宅は街の外れ、山にほど近いところにポツンと建っている。娘と2人暮らしで86歳とは思えないほど男好きで、街に出ると誰彼構わず男性に声をかけるので影ではエロババァと言われ、娘さんは迷惑している。




呼び鈴の無いガラガラと横に引く磨りガラスの玄関の扉を軽くノックしたが、その古さからバンバン!とあたかも『居るんだろババァ!』と脅す昭和の借金取りのようにけたたましい音を立てた。




『ふぁぁい』




しゃがれた声が聴こえてきてから5分、やっと磨りガラスに人影が写った。ババァを待つ5分ってこんなに長いのかと建山は思ったが、もう少し我慢して甲嶋が中から扉を開けるのを待った。7mm程『ズッ』と扉が横に動くと、白い指が4本早回しの発芽のようにニューっと出てきて扉を掴み、更に5cm程扉をずらして上目遣いで甲嶋が建山の顔を見た。




『あれ!イイ男!』




そう言うと扉を開けるのに5分以上かかったとは思えないスピードで残りの扉を全開にし、胸を張って目をハートにした。




『すみませんこんな夕暮れに、猿・・・じゃなかった甲嶋さんにお聞きしたいことがありまして』




『はいなんでしょ、なんでも聞いてちょうだい、布団行く?』




サイズの合っていない入れ歯をムリヤリ口に入れているので閉じた口元がゴリラのようだった、でも女なんだなぁと優しい目で建山は甲嶋を2秒見つめると話を始めた。




『噂を耳にして話を聞きに来たんですけどね、甲嶋さん、黒い子供がうろうろしているのを見たって話し、詳しく教えてもらえませんか』




『あんたも私を馬鹿にしに来たのかい?布団行くかい?』




『いえいえとんでもない、言ったじゃないですか、興味があるって』




『興味があるのかい、じゃぁ布団行くかい?』




『話してもらえませんかね、布団は行きませんけど』




『あのね…』




『お母さん!!!!!』




部屋の奧から怒鳴り声がしたかと思うと、凄い勢いで娘さんが走ってきて母親の甲嶋を部屋に連れ戻し、扉を閉めると玄関に娘さんだけがやってきた。




『なんなんですか?うちの母親を嘘つきの馬鹿扱いして笑いたいんですか?』




『いえいえ娘さん、そんなんじゃないんです』




私は個人情報があるので駿河家の事は伏せて、ある依頼があった事を正直に話し、そこで真っ黒い子供を見たことを娘さんに話した。




『建山さんも見た…と言う事なんですね?』




冷静になった娘さんが建山の名刺を見ながらそう呟いた。




『はい、会社の看板背負ってきてますので、お母さんをおちょくるつもりはない事だけはご理解していただけたらなぁと思います、今日の所は帰ります、娘さんのお気持ちが…』




『あの!』




『なんです?』




『ちょっとお車でお話いいですか』




そう言って甲嶋の娘が建山を自分の車に誘った。母親は布団、娘は車か?とも思ったがまさかそんな事はあるまいと、建山は素直に甲嶋の娘の車の助手席に乗り込んだ。




『で、お話って』




『真っ黒い子供を見たのは私なんです』




『え?』




『母親が少し認知症の症状が出てまして、私の話を聞いてからまるで自分が体験したように話して歩くんですよ。』




『それで嘘つき猿ババァと…あ、いやすみません。』




『いえいえ、認知と言うのを誰も知りませんから嘘つきと言われても仕方ありませんよね。で、その黒い子供の話なんですけど、この車、四駆なんです』




『ん?』




『あ、ごめんなさい私話すのが下手で。山を一つ越えた街に就職したものですから、四駆じゃないと山道は走れない時があるんですよ、特に雨の日は。』




『あぁ、あの街は山に囲まれていますし、道路的に未開発ですから大きな海岸線を走れば難なく行けますけど山を抜ける3倍くらい遠回りですよね、私も仕事で行くことがあるのですが、山を抜けた方が早いですもんね、ちょっと深すぎて昼間でも真っ暗で怖いですけどね、昔は迷子になる子供も多かったと聞いてます。』




『そうですね、実は私の弟がその迷子でして』




『あ!すみません気が付きませんで、私としたことがなんたるデリカシーの無さ、申し訳ない、そうでしたね4年くらい前でしたかね、弟さんが居なくなった事件』




『気にしないで下さい、弟は当時8歳でした、遊びに行って来ると言ってそのまま、目撃情報だと山に入ったらしいのですが、警察も事件性はないってことで…』




『お察しします』




『ありがとうございます、で、黒い子供なんですけど、仕事の帰り道に珍しく家族らしき3人の人影を見たんです、こんな山道を夕方に歩いてるのなんて滅多にない事ですからはっきり覚えてるんです、横を通り過ぎるときに顔を見ようとしたのですが、男性と女性は顔を見せまいとするようなそぶりで反対側を見たんですけど、一緒に居た子供が真っ黒だったんです、真っ黒、私、恐くなっちゃってその勢いで母に話したらこんなことになっちゃって』




『なるほど、私が見た真っ黒い子供と同じですね』




『よかった!良くないけど良かった!』




『安心してください、私も見ていますからあなたは頭がおかしいとかそういうんじゃないです、私の頭がおかしければ意味ないですけど』




『あはははは』




『あ、建山さん、その日は雨でした』




『雨か…』

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