メア先輩は魔女!

汐屋キトリ

プロローグ

 この高校には、魔女がいる。


「雨宮、知ってるか? うちの高校の噂!」


 机に突っ伏していたところを大声で叩き起こされた彼――雨宮律月あまみや りつきは溜め息をついた。サラサラの黒髪には跡がついている。せっかく良い感じにまどろんでいたというのに。


「日比谷。起こすなって言ったでしょ」

「だって、面白い話を聞いたんだ! 気になるだろ?」


 律月が胡乱げな視線を送ると、友人――日比谷翔太ひびや しょうたは意気揚々と語り出した。水泳部に所属している彼の短い髪は、塩素の影響か少し色が抜けている。


 いわく、魔女と呼ばれている二年生がいるのだと。透き通るような白い肌に、艶めいた亜麻色の髪、怪しげに弧を描く血のような唇。長い睫毛で縁取られたヘーゼルの瞳。まさに傾国の美女である彼女に悩みを相談すると、魔法の力で立ちどころに解決してくれるという。

 

 律月は亜麻色もヘーゼルもどんな色なのか分からなかったが、わざわざ聞くほど知りたいわけでもなかったし、どうせ日比谷もよく分かっていないだろうと思った。


「魔法ってのも面白そうだけど……そんな絶世の美女がいるならさ、ぜひお目にかかりたいよな!」

「興味ない。眉唾すぎるし」

「つまんないやつ!」


 調子の良いことを言う日比谷は、つれない態度の律月に文句を言い、その話題は終了する。


 社交的な日比谷と、常に気怠げな律月。正反対の二人は小中高を同じくしている、中学の時からの気のおけない親友同士であった。

 


 律月は運の悪いことに、新学期初日から日直になってしまった。それもこれも、「雨宮」という苗字のせいだ。担任からの頼みが無駄に多かったせいで、クラスメイトが下校してから三十分経ってようやく仕事が終わる。律月は自分の机に戻るとリュックに荷物をまとめた。


「ふぎゃっ!!」


 突然、廊下から蛙がひしゃげたかのような声が聞こえた。

 この珍妙な声が蛙のものではなく仮に人間だとしたら、流石に様子を確認してやるべきだろう。そう考える程度の良心は持ち合わせていた。

 

 心配半分、興味半分で廊下に顔を出した彼は、目を見張ることとなる。

 

 律月は理解した。亜麻色とは、金色とも茶色ともつかない淡い色であり、ヘーゼルは、茶色にスポイトで淡い緑を落としたような、不思議な色であることを。

 何故分かったのかという答えは、視線の先にあった。


 透き通るような白い肌、艶めく亜麻色の髪、ヘーゼルの瞳。

 

「うぐぁ……いったぁ……」


 噂の”魔女・・”は、それはそれは盛大に――――すっ転んでいた。

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