将棋ミステリーが咲く夜に

沼津平成

第一部 将棋盤消失事件

第1話 将棋ミステリよリアルに起きて 田島勇介の場合

 注・この作品は、基本的な将棋のルールを理解していないとあまり読めません。


 将西学園は中高一貫校である。田島勇介たじまゆうすけは五年生——つまり、高校二年生である。

 将西学園は部活が多いことで有名だ。特に将棋部は関東屈指の強豪校だ。

 田島勇介もこの将棋部に在籍している。将棋部にもAとBがあり、勇介は将棋Bに在籍していた。

 将棋部Aと、Bで何が違うのか、それは本来の目的である。将棋部Aは、と触れたとおり、将棋の技術の強化を目的としている。それに対し将棋部Bは、今年文学部と統合したように、将棋ミステリー文学を研究している部だ。

 将棋ミステリー——知る人ぞ知る、未開拓分野。


                1


 田島勇介は二年生までAに在籍していたが、当時将棋部Bの顧問だった大西作兵おおにしさくべい先生に誘われて、将棋部Bに入った。白髪に顎のヒゲが特徴の作兵先生であったが、去年急逝した。

 田島勇介は将棋連盟からアマ5級を認定されている。その分将棋の戦法について詳しいが、下手に小説内にそれらのことを取り込むことはできない。

 なぜなら読者が将棋を理解しているとは限らないからである。

 田島勇介はそこのあたりのことをよく理解していた。彼はこれまで3つ、作品を書いているが、そのうち1文として、説明なしに符号や戦法の名前を用いたことはない。

 そういう時は、下に欄外を書いたり、あるいはなるべくそういう表現を控えるようにしている。

 しかしなぜか、田島の小説は読まれないのである。

 田島は最近、小説投稿サイトの存在を知り、原稿用紙の作品をタイピングで移すことに没頭し始めた。

 これはそんな十七歳の話である。


                 *


 田島の学園入学五度目の秋は、すでに秋ではなくて、それまで一季節として独立していたはずの秋が、まるで夏と冬とを結ぶ通過点のように通り過ぎていった。

「渡り鳥が、暑いところを探しに進路を変えにゆくそうだ」とか、「秋がないから、木はたいくつして春になってもまだあの枯れた姿をするそうだ」とか、色々な噂が飛び交ったが、信用できる噂はそのうち一割もなかった。

 田島勇介は、ネットサーフをしていた。3作めだけが孤立して伸びている。850pvを超えた。


「もうそろそろ1000pvか……」


 田島はそう吐き捨てた。田島は寮生だったが、しかしその日は田島は家に帰った。電車で帰った。駅構内の100円ショップで原稿用紙の束を買い、徹夜でボールペンを動かした。


                 2


 田島が教室に着いた時、もう先生がいて、出席を取っていた。

 十一番の鈴木が、呼ばれて、ハイと返事をしていた。

 十二番の鈴野が、呼ばれて、無言で頷いた。

 十三番の瀬川が、立ち上がったところまでを見届けると、田島勇介はゆっくりと着席し、机の横にかけてあるバッグから、筆箱とノートを取り出した。


「いけね、ノート切らしてるんだった……」


 急いでバッグの中を漁るが、原稿用紙の束しか出てこない。


「っていうか、なんで俺原稿用紙持ってきてるんだよ……」


 そうこうしているうちに十五番の高橋が呼ばれた。高橋はあくびをしながら、はい、といった。

「十六番、田島勇介。いるのか?」

 先生がからかった。あたりから爆笑。田島は顔を赤らめながら、小声で「はい」といった。

 着席してしまうと、先生はもう気にしない素振りで、十七番とその後を呼び始めた。その間に、田島は、準備をし終わると、教室を抜け出した。


                 *


 部室に響いていたタイピング音が、止んだ。

「二千八百四十九文字か……第1話の分量にしてはちょうどいいな……」

 田島はそう吐き捨てると、青い「公開に進む」のボタンを押した。

「はあ……将棋ミステリ、リアルにおきてほしいな」

 そういいながら田島は将棋盤を探す。あれ——ない!? 将棋盤が、消え失せていた。

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