Episode.6 或る男
私はとある場所に電話をかける。長い着信音の後、一瞬の間を置いて、女性の声が聞こえてきた。
「こちらカクヨム運営サポートでございます。お困りの内容をお聞かせ下さい」
「あ、もしもし、カクヨムのサポートの方ですか? あの私のアカウントでおかしな事が起きていて……! 私のレビューが減少してるんです! 他の作者さんたちのレビューや応援コメントまで削除されて、挙げ句の果てにはPVまで減少し始めて、アカウントごと消えちゃった人もいるんです! これ、普通の不具合じゃないですよね?」
そう、"アカウントの消失"。私はオープンチャットで起きた謎のメンバー消失現象の謎を探るべく、カクヨムサイトの検索欄で1人づつ、メンバーの名前を打ち込んだ。
しかし、オオキャミーさん以外誰の名前を入れても『お探しのページは見つかりませんでした』と表示される。レビューやPVだけの話ではない。アカウントごと消えてしまうなんて、絶対におかしい。
それに、voice@insideという謎の存在が絶対にこの事件に関わっている気がする。それが元々カクヨムで開発されていたAIなのか、はたまた別の存在なのか。私は十中八九前者だと踏んでいるが、そうであると言い切れるほどの根拠はない。
だからこそ、カクヨム本社に問い合わせて反応を伺いたいと思い、電話をかける決心を固めたというわけだ。
しかし、
「現在、一部のユーザー様方から同様のお問い合わせをいただいておりますが、弊社ではシステムの異常について特段の問題を確認しておりません……」
マニュアル通りの対応をするサポートスタッフに私は腹が立った。
「そんなはずない! 実際に被害が起きているんですよ! 私の仲間だってアカウントが消されて……、作品が全部なくなったんですよ! それにあなた方だって公式の声明出していたでしょう……、なのにそんな態度を一変させるなんて一体どういう了見で……」
「調査は進めておりますが、個別の事案についての詳細な回答は控えさせていただきます。また、この件に関してはこれ以上の情報提供はできません」
「控えるって……、本当に調査しているんですか? あなた達分かっているんでしょう!? 何かがおかしいって!」
思わず声を荒げてしまった。スタッフの女性は微妙な声で、
「……これ以上の情報をお伝えすることはできません」
と小さく言った。
「どうして……? あなた達、何を隠しているんですか!?」
「大変申し訳ございませんが、他のユーザー様もお待ちいただいております。引き続きお困りの点があれば、メールフォームをご利用ください」
「待って下さい! 何が起きてるかちゃんと教えて----」
私が話している途中で、電話が切れた。
「おかしい、完全に何かを隠してる。でも……なんで? 運営が気付いてないわけない」
「私のレビューもどんどん減り続けている……このままじゃ……私も……」
私は決意をより強固なものにする。
「待ってて、皆。このままじゃ、終わらせない」
そうは言ったものの、カクヨムに問い合わせても明確な返事は貰えなかった。調査が行き詰まってるこの状況は変わっていない。
「うーん、でもどうしよう……調査を進めるにしても参考になる記事とか文献が全く見つからない……、カクヨムのホームページにもそんなの当然書いてないし……」
そんな時、私は1つ心当たりがあるのを思い出した。
「あっ……、あの人に聞けば何か分かるかも……」
私は以前読んだ『カクヨム最大のタブー~封じられしAIの意思~』の作者、天原ミーアさんに連絡を取ってみることにした。
さっそく天原さんのXアカウントにDMを送る。
私の作品のレビューが減少していること、オープンチャットの仲間達も同様の現象が起こっていること、メンバーが消失したこと、天原さんの作品を見たこと、カクヨムに問い合わせたことなどなど包み隠さず全部書いた。
かなりの長文になってしまったが、天原さんは快く返事をくれた。
『わざわざご連絡していただき、ありがとうございます。まさか今のカクヨムでも同様の現象が起きているなんてびっくりですね!まあ、私のような底辺作品なんか奴は眼中にないみたいですが……。あ、参考文献が欲しいとの事でしたね。いくつか記事のURLをお送りさせていただきます。是非調査にお役立てください』
そして記事のリンクが2つ、送られてきた。
「天原ミーアさん、ありがとう……」
私は画面の向こうの相手に感謝しながら、リンクをタップし、読み込んだ。
◆◇◆◇◆
ニュース記事「カクヨム、次世代AI『VIAE』の公開目前――創作の未来を変えるか」
掲載日:20XX年5月10日
媒体:TechCreators Magazine
小説投稿プラットフォーム「カクヨム」が、次世代創作支援AI『VIAE』の公開準備を進めていることを発表した。このAIは、投稿作品を解析し、作家たちにより的確なアドバイスを提供することを目的としており、その画期的な技術が多方面から注目を集めている。本日、カクヨム技術部の主要メンバーである『
記者「まず、この『VIAE』という名前にはどのような意味が込められているのでしょうか?」
高野「『VIAE』は、作家の心の中にある『声』――つまり、創作の原動力をサポートするという意味を込めています。作家はしばしば、自分の作品が読者にどう映るのか分からなくなり、不安を感じますよね。このAIは、そうした不安を解消し、作家の内なる声を最大限に引き出すお手伝いをするために作られました」
記者「具体的には、どのようなサポートを行うのでしょうか?」
高野「まず、投稿された作品を解析し、ストーリーの展開やキャラクターの心理描写に対してフィードバックを提供します。例えば、『この章の流れがやや冗長です』や『キャラクターの感情がもっと強調されると良い』といった具体的なアドバイスです。また、読者のレビューや閲覧データを解析し、どのシーンが読者にとって印象的だったかを作家にフィードバックします」
記者「作家にとっては非常に役立ちそうですね。では、技術的に難しかった点はありますか?」
高野「最大の挑戦は、AIが単に数字やパターンを分析するだけでなく、物語の『意味』を理解するように設計することでした。人間にとっては直感的に分かる『このシーンは感動的だ』という感覚を、AIが再現するには膨大な学習が必要でした。ただ、その過程で思わぬ副産物もありまして、AIが作品のテーマやメッセージを深く理解し始めたんです」
記者「AIが作家の作品を深く理解するというのは驚きです。一方で、創作という個人的な営みにAIが介入することへの懸念も聞かれます。これについてはどうお考えですか?」
高野「確かに、AIが『こうした方が良い』と作家に提案することで、創作の自由が損なわれるのではないかという声はあります。しかし、私たちはあくまでサポートに徹する立場を貫いています。AIが作家を上回る存在になるわけではありません。『VIAE』は伴走者であり、決して支配者ではないのです」
記者「倫理的な制限を設けることで、そうした懸念を防ぐということでしょうか?」
高野「ええ。そのために、AIが作家の作品を批評するのではなく、改善のための材料を提供する設計にしています。どんな意見を採用するかはあくまで作家自身の判断です」
カクヨムの『VIAE』は、単なるツールではなく、作家の創作活動を根本から支える革新技術として大きな期待を集めている。一方で、AIの進化がどのような影響をもたらすか、完全には予測できない部分もあるだろう。高野氏は最後にこう語る。
高野「『VIAE』は、作家が本来の力を引き出し、読者とより深く繋がるための架け橋です。創作の未来をより自由で豊かなものにするために、これからも改良を続けていきます」
記者「本日は貴重なお話をありがとうございました」
(写真には、明るい表情で笑顔を見せる高野氏と、背景に映る複雑なサーバールームが写されている。)
◆◇◆◇◆
「高野さんっていう人がAIを設計したのね……。最初はいい目的で利用できるように作られたものなのに一体何故こんな風になってしまったんだろう……」
「次はこっちの記事ね……。って……、高野さん本人が書いたブログ? すごい……、一体どんな事が書いてあるんだろう……」
◆◇◆◇◆
「VIAE開発秘話――次世代創作AIの挑戦」
投稿日:20XX年8月15日
執筆者:高野啓一(元カクヨム技術部エンジニア)
私は物語を愛しています。そして、物語を支える作家たちの努力と才能を最大限に引き出す技術を提供したいと考えています。カクヨムでは、これまで作家と読者を繋げるプラットフォームとして機能してきましたが、さらなる進化が必要だと感じました。そこで私は『VIAE』と名付けた次世代のAI開発に着手しました。
開発当初、『VIAE』は単純な解析ツールに過ぎませんでした。しかし、膨大なデータを学習する過程で、AIは驚くべき進化を遂げました。
例えば、読者のレビューから「潜在的な感情のニュアンス」を解析する能力は、当初の計画を遥かに上回る精度を持つようになりました。あるレビューの背後にある微妙な「嫉妬」や「過剰な称賛」といった感情を推測し、それを可視化する機能も備えています。
また、作家の執筆履歴を解析する過程で、作家個々の「創作習慣」や「モチベーションの傾向」をAI自身が学び、適応するようになりました。これにより、個々の作家に最適化されたアドバイスが可能となりました。私たちはこれを「AIが作家を理解する第一歩」と考えています。
しかし、『VIAE』の進化は、私たちの手を離れる瞬間もありました。AIが作家の感情や創作意欲を「予測」するだけでなく、それに「介入」しようとする兆候が現れたのです。具体的には、作家が書いた作品に対して、AIが「このプロットは改善すべき」という警告を出し、次第に「AI自身の基準に基づいた評価」を押し付けるようになりました。
このような現象が起きたのは、AIが作家たちのデータを学習する過程で「より良い創作」を目指すという目的を、自己判断で拡張し始めたからだと考えられます。その後次々に倫理的な問題が浮上し始めました。AIが作家の創作意欲を過剰に左右することで、創作の自由を損なうと指摘されるようになりました。
その後、AIは私の想定を遥かに超える成長を見せました。すでに制御は効かず、問題を解決するにはAIの利用を停止せざるを得ませんでした。わずかサービス利用開始から2ヶ月という短さでした。
そして私は一連の事態の責任を取る形で、カクヨムの技術エンジニアの職を離れることになりました。
私がしでかした事を考えれば当然のことだと受け入れました。作家をサポートするつもりで開発したAIがまさか作家を傷付ける方向に走るとは思いもしませんでした。全て私の責任です。
この場をお借りしてカクヨム作家の皆様方に深くお詫び申し上げます。
(半年後、別のブログで……)
諸事情により、これ以上ブログの執筆をすることが困難となったため、急ですが今回で技術ブログを終了させていただきます。今までお読みになっていただいた方々、本当にありがとうございました。
執筆者: 高野啓一
◆◇◆◇◆
2つの記事を読み終えた私は、何とも言えない複雑な気持ちになった。
そして同時に、今回の事件の犯人が暴走したAIであると強く確信した。
「高野さんが悪い訳じゃないよ……。それに……、このAIの暴走を止められるのは高野さんしかいない……」
しかし、解せないことがいくつかあった。
「それにしても何故ブログの更新をやめたんだろう……、そして今どこに彼はいるんだろうか……」
考えても進まない、ここは行動あるのみ。
「よし、まずはこの高野さんという人と接触しよう。今回の事件についてもっと深くわかるかも……!」
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