評零の檻

nira_kana kingdom

Episode.1 異変の始まり

 退屈な授業終了のチャイムが学校の外まで響き渡る。その瞬間、深い微睡みに落ちていた私の意識は覚醒した。


「はい、今日の授業はここまで! 皆さん帰って習った部分をよく復習するように!」


 そう、先生が言い終わると途端に教室が騒がしくなる。


 先生が教室から退出すると同時に私は鞄に忍ばせたスマホに手をかける。そして、いち早くスマホの電源をオンにする。


 あ、自己紹介が遅れたけど、私の名前は篠原真紀しのはらまき。部活にも入ってないし、彼氏もいない。特に友達が多い訳ではなく、1人で過ごすのが好きな地味で読書好きな陰キャ女子だ。


 画面が早く付かないかと待ちきれない。この待ち時間が私にとっては苦痛だった。


 私の通う高校では終業時までスマホの使用が禁止されている。だから、この時間になると生徒達は一斉にスマホを取り出し、YouTubeを見たり、TikTokを撮影したり、各々快適なスマホライフに勤しむ。今では『びーりある』なんてものもあるらしいが私には関係ない。


 私にとって最も重要なSNS……、というかサイトは『カクヨム』。カクヨムは、株式会社KADOKAWAが運営する無料のWeb小説サイトで、誰でも自由に物語を書いたり読んだり、お気に入りの作品を他の人に伝えたりできることが出来る最高のサイト。


 私はそこで素人ながら作品を投稿している。2年前から投稿を始め、今では高校の通学中に1話小説を書き、投稿する。そして学校が終わるのと同時にレビューや応援コメントが来てないか確認する。その作業がルーティンになっており、私の日常の一部に嬉々として溶け込んでいた。


 スマホの電源が付くと私は最速でブラウザをタップしカクヨムのサイトへ移行する。そしてカクヨムの読み込みが終了し、右上の鈴に赤い丸印が付いているのを確認する。


 この瞬間が本当にたまらない。朝から夕方まで寝かして置いた話がどこかでたくさんの人に評価され反映される。それがどれだけ嬉しい事か。一度はまったら決して抜け出せない、自己顕示欲が満たされる快楽。


 ああ、私は何て幸せなんだろうか。そんな痛々しい事を思い馳せながら、私は鈴をタップする。予想通り、たくさんの応援コメントとレビューが来ていた。


『★★★―――素晴らしい着眼点!』


『★★★―――話が面白い!』


『★★★―――通学中の密かな楽しみ』


『♥️―――いつもお世話になっております。今回の話も面白いですね。A君の正体がまさか……、あっ、ネタバレになっちゃうのでやめときます。でもこれだけは言わせてください。マジで作者さん天才だし、最高!』


 他にも同様のコメントが多数寄せられていた。


 自慢じゃないが私は現代ファンタジーがランキング週間1位、掛け持ちして投稿しているラブコメが総合23位という好成績だ。去年はカクヨム甲子園準優勝。カクコンも佳作に選ばれたりと着実にステップアップしており、書籍化も時間の問題だと感じている。


 こんな事をオープンチャットとかDiscordの鯖でうっかり言ってしまうと、自慢だと言われ弾圧される。


 まあ、確かに私の凄さや努力を他の人に認めて貰いたい気持ちが強いのはあるかもしれない。でも私は最初から何もかも上手く行っていた訳ではない。


 投稿を始めて半年はPVが3桁も行かなかったし、レビューも1つも貰えなかった。コメントも特に貰う事がなかったので私は挫折しかけた。


 しかし、そこで挫けず、諦めずに私は作品を投稿し続けた。時には自主企画に参加したり、コンテストに応募したり、SNSを駆使して仲間を作り自作品を宣伝して貰ったりと多大な努力をした。


 その甲斐あってか、投稿を始めて1年経つ頃にはPVがK表示になり、レビューも始めて400台に到達した。あの日は私にとって一生思い出に残る日。


 だからこそもっともっと小説を投稿してたくさんの人に見て貰いたい。そしていつかは書籍化してプロの作家になりたい。


 コミカライズやアニメ化、ドラマ化されたりして、ぐへ、ぐへへへへ。


 心の中で気色悪い高笑いをした後、私はレビューコメントを見ながら、教室を去った。


 明日はもっとたくさんのレビューコメント貰えるように頑張るゾー。週間1位もキープしなきゃだしね。




 ◆◇◆◇◆




 次の日も私は通学中に執筆&投稿を済ませ、昨日と同じように終業のベルが鳴った後、スマホの電源ボタンを入れた。


 さーて、今日はどれだけレビューや応援コメントが来ているのかな?


 期待に胸を弾ませながら、カクヨムのサイトを開く。そして赤い丸印が付いた鈴のボタンを押した―――――――――はずだった。


「あれ?」


 しかし、通知の一覧は昨日から更新されてない状態で、今日の分は何も記載されていない。それどころか――――――、


「ッ………! ちょっと待って、何これ!?」


 星の数が"12"も減っていた。


「はぁ!? どういう事?」


 意味が分からない。通知が来たと思ったら来ていないどころか、レビューが急激に減った。今まででこんな事は経験したことがなく、私は強い焦りと突発的な怒りに襲われた。


 冷静じゃない頭を落ち着かせつつ、出来る限りフル稼働させて考える。


 考えられる原因としては私に星をつけてくれた人のうち4人がアカウントを消した事ぐらいだ。


 カクヨムでは誰かがアカウントを消すとそれに対応してレビューや応援コメントが消去される場合がある。


 そう聞かされた時はまさかそんなと思っていたが、いざ自分の身に降りかかると激萎えするものだ。


「はぁーーー、もう最悪。一気にやる気無くなった」


 私は鞄にスマホを仕舞うと、机に突っ伏して寝た。紛れもない現実逃避であった。


 しかし、私はこの時まだ知らなかった。


 これはこれから起きる事件のほんの序章に過ぎない事、そしてカクヨムや作家さん達を巻き込む大事件に発展するということを。

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