第六話 いざ九州へ

 転校前日、弥勒(みろく)と巳代(みよ)は、九州の地へやってきた。場所は、宮崎県宮崎市だ。

 宮崎には、惟神(かんながら)学園の日向(ひゅうが)分校がある。日向分校は、学園にとって重要な分校の一つであった。それは惟神(かんながら)庁が信仰する八百万(やおよろず)の神々の一柱とされる日本国の象徴、今上帝(きんじょうてい)の百二五代前の先祖が祀られる神社があった。

 それはつまり、初代の神武帝(じんむてい)が祀られる宮崎神宮である。

「ここが地元民に神武さんと呼ばれ親しまれている神宮か。大きいな……。神武帝こと神日本磐余彦天皇(カムヤマトイワレビコスメラミコト)って、つまりお前の百二七代前の先祖でもあるってことだよな。パンケーキより遥かにでかいスケールだよなぁ弥勒(みろく)」

「なんだろう。恐れ多いこというの辞めてもらっていいですか?」

「急にうぜぇな」

「うぜぇって……それってあなたの感想ですよね」

「はいはい、おちょくって悪かったよ。弥勒(みろく)親王がお怒りあそばせてるので先に行かせていただきまする」


 二人は神社での参拝を済ませた。そして、そこで待っていた日向分校校長と予定通りに合流した。

「君が有馬巳代(みよ)君と皇弥勒(みろく)君だね。初めまして。私は日向分校校長の大内博俊(おおうちひろとし)といいます。ご高名な皇(すめらぎ)長官と有馬秘書のご子息のご指導賜れること、光栄の至りです」

「こちらこそ、惟神(かんながら)学園有数の舞楽(かんながら)強豪校で学べることを、光栄に思います。皇(すめらぎ)家の嫡子として、舞楽(ぶがく)の学びに精を出していく所存です」

「それでは、日向分校へ参りましょう。道中に御手洗(おてあらい)が少ないので、どうぞ先に済ましてきて下さい」

「え、遠いんですか?」

「もちろんです。ここは宮崎市です。そして日向分校があるのは、日向市ですよ」

 弥勒(みろく)と巳代(みよ)は、神宮と校舎の間にはなにもなく、どこにも立ち寄れないと聞いていた。二人はてっきり、間に大した距離がないからだと思い込んでいたが、そうではない様だ。田舎には、なにもない。急に東京が恋しくなった。

「こんなことじゃ……羽目を外せないじゃないか……」

「やめとけ弥勒(みろく)。校長に聞こえるぞ」

 つい心の声が、波長として広がってしまった。しかし校長には届いていなかった様で、笑顔のままだった。


 翌日の朝、二人は遂に日向分校を訪れた。その勇壮で神々しい校舎を一目見た瞬間に、九州での旅が始まるのだと、弥勒(みろく)は思った。

 校長に連れられ中に入り、職員室へ入る。その時、職員室の扉からこちらを覗く、不気味な人がいた。

 学生の服を身にまとっているが、その顔は異様な程に青白く、生気が感じられなかった。

 巳代(みよ)もまた、その怪異的なの存在に気づいていた。

 巳代(みよ)はその時、「九州ではこれが美白扱いなのか?」と内心で呟いていた。校長はそれを意に介さず、その存在に気づいていないのか、足取りを緩めることも無く職員室の扉へと手をかけた。

「誰が半開きにしたんですか、ちゃんと閉めましょうね。さぁ弥勒(みろく)君、巳代(みよ)君、中へ」

 二人が中に入る時、扉の側にその存在はまだ居た。

 なにかボソボソといっている様だったが、なにも聞き取れず、なにも感じ取れなかった。

 校長から、教室に入るまでの流れが説明される。しかしあの怪異的な存在が頭から離れず、二人は話に集中できなかった。

 すると説明を終えた校長が、教室へ向かう前に、こういい残した。

「彼はこの校舎周辺によくいる、ただの怪異の一人ですよ。妖怪とも物の怪ともいわれる存在です。気にしないでください」

 九州は、呪いや神通力などの未解明の力が、関東よりも色濃く残っているとは聞いていた。しかしこんなものが目に見える形で存在しているとは、恐ろしい。弥勒(みろく)は、慣れるまで時間がかかりそうだと、気の遠くなる思いがした。

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