第五話 代官山の喫茶店
二人は放課後、学校近くにある喫茶店へ向かった。本当は、有馬(ありま)家の迎えの車に乗り、彼の家へ赴いた後、弥勒(みろく)の口から巴代へ転校の詳細を伝えることになっていた。しかしどうやら有馬(ありま)家は皇(すめらぎ)家より、堅くはないらしい。
代官山の喫茶店で弥勒(みろく)は、巴代(みよ)へ詳細を伝えた。巴代(みよ)は弥勒(みろく)同様に、難色を示していた。
「大友なんて、聞いたこともない名前だな。国営の学校だ。神童と呼ばれる人は少なく無かっただろうが、その大友程の変態を排出するのは初めてって事だな」
「父さん曰く、大友修造の目的は恐らく、日本政府の転覆と帝の掌握……らしい」
「まぁ概ね、悪党が考えることはそんな所だろうな。二十年程前にも、カルト宗教が日本の王になりたいとかなんとかいって、地下鉄に毒物を巻いたテロも起きてるしな。それで、その大友が先導してるって根拠は?」
「話してはくれなかった。機密情報で、息子にも話せないって……」
「まぁそういうことはあるよな。それでも信じるのが、腹心の役目だ」
「あぁ、そんな惨事を引き起こさせない為の情報収集っていったって、どうしたらいいのかも分からないよ。父さん達が着いてくる筈もないし」
「まぁそんなにおろおろすんなよ弥勒(みろく)。その為に俺がいるんだろ。有馬家は代々、惟神庁長官の懐刀(ふところがたな)として立ち回ってきた政治家一族だ。お前が役に立つ様にケツを蹴り上げるのが、俺の役目ってことだな。まぁ俺の八代前の先祖で、一族初の貴族となった有馬新七は九州の人間でな、つまり俺も九州に縁(ゆかり)があるってことだ。墓参りでもさせて貰おう」
「有馬君って九州の血が入ってるんだ」
弥勒(みろく)は、巳代(みよ)のオラついた雰囲気が九州由来のものなのだと感じ、腑に落ちた。しかしその気持ちは悟られまいと、必死に隠した。
「あとはお前、さっきから思ってたけど」
「ギクッ……!」
「有馬じゃなく巳代(みよ)と呼べ。親しいアピをしてた方が、両親が安心すんだろ。お互いにな」
「そ、そうだね……。巳代(みよ)君!」
「なんだよ」
「パンケーキ食べたいな!」
「食えばいいじゃねぇか」
「パンケーキは量が多いと聞いたけど、良かったら半分食べてくれないかな!」
「その反応、お前、パンケーキ食べたことないんだな。まぁいいけどよ。やんごとなき御方の血縁も、臣籍降下(しんせきこうか)をすれば、パンケーキを求める普通の学生さんか」
「ま、まぁ……皇居に入ったことないし……親戚って感じはしないよ。皇宮(すめらぎのみや)弥勒(みろく)親王(みろくしんのう)なんて、呼ばれたこともないしね」
弥勒(みろく)ら皇家は、旧皇族だった。
昭和二十二年、十二の宮家が皇室の縮小に伴い、皇族の身分から一般人の身分へと降りた。これを臣籍降下といい、皇家は弥勒(みろく)の曽祖父(そうそふ)の代から、一般人となっていた。
旧貴族や旧華族が集う惟神学園に於いても、弥勒(みろく)程、家格が高い生徒は他にいなかった。
「お前の舞楽部のライバル、伊能忠道は伊能忠敬の子孫であり、友達の工藤楓は伊豆守工藤氏の支流だ。いずれも高位だが、お前はずば抜けている。それこそ、パンケーキを食べに喫茶店へ行くことも許されない程度にはな」
「巳代(みよ)に会えて良かったと思ってるよ。パンケーキが食べれたんだから」
弥勒(みろく)は、東京で食べる最初で最後のパンケーキの味を噛み締めた。そして九州へ向け、旅立つこととなった。
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