第三話 家長命令
唖然とする弥勒(みろく)は、空いた口が塞がらなかった。大会はなしだなんて、あまりにひどい仕打ちだ。弥勒(みろく)は自分の耳を疑うかの様に、聴覚の代わりとして神通力で感じ取った波長を疑った。
「なしなの?」
「あぁ。大会はなしだ」
「そんなの酷すぎるよ……僕がどれだけ舞に力を入れてるか知ってるでしょ……! 伊能(いのう)家の忠道(ただみち)とも接戦をしてようやく陵王の役を勝ち取ったのに!」
「そうじゃない。大会は中止だといっているんだ」
「……どうして?」
「簡単な話ではないから、説明を要するのだがな。その為に今日は早く帰ったんだ。ずっと先延ばしにしてきてしまっていた。だがもう、先延ばしにはできなくなってきたんだ。遂に今日……あいつが九州で、余計なことをしでかしよったのだよ」
正仁はソファから立ち上がり、おもむろにサイフォンに手を伸ばし、コーヒーを淹れだした。正仁は頭が痛くなると、コーヒーを飲む癖がある。夜勤や残業が当たり前の社会人にとって、カフェイン依存はよくあることなのだろうと、弥勒(みろく)は思った。
「最近、九州で良くないことが起きていることを知っているか」
「うん。連日、悪いニュースが続いてるよね。犯罪件数が沖縄や大阪を越えてたり、政治の乱れが激しくなってたり、ついこの前も北部の反社会組織で、ロケットランチャーとか手榴弾が見つかったって。最後のやつは、僕が生まれる前にも同じニュースがあったよね。つまりそれだけ、治安が昔と同じ様に悪化してるってことだよね」
「そうだ。それらには、神通力が関わっている。そしてもっと細かくいえば、この惟神(かんながら)学園の人間が関係していることが分かっているんだ」
「えぇ……どういうこと! ?」
「九州の各分校に、現政府や惟神(かんながら)学園に対して恨みを抱いている人間がいるんだ。だがその規模はおろか、最終的な目的さえもわかってはいない。そんな中で惟神(かんながら)学園全校が参加する舞楽部の大会など、敢行できるはずもない」
「惟神(かんながら)の人が……そんなことを考えるだなんて。信じられない」
「まぁ現在の政府与党が国中から嫌われているのは、明白だからな。そんな日本のことを憂慮する連中が現れても、おかしなことではない。ましてや惟神(かんながら)学園の関係者ともなればな」
惟神(かんながら)学園というのは、貴族、華族の末裔のみが通うことを許された学校だ。その存在は一般はおろか、貴族や華族の末裔でさえも、知らない者は多い。
この学校は、神通力が使える者のみが通える学園であった。その特殊な力を持つ人間を保護しながら、その摩訶不思議な力を探求することを目的としていた。
しかしやはり貴族や華族の末裔、つまり格式高い名家のみが集まるとなれば、そこには少なからず愛国心や、帝ないし八百万の神々への崇拝といった、普通とはかけ離れた価値観を持った人々も多くなる。
故に、そういう人の中に、反政府運動とも取れる活動を先導する者が現れても、おかしくはなかった。
「弥勒(みろく)、ずっと先延ばしにしてきたが、お前に告げなくてはならない。お前には、九州にある日向分校へ転校してもらう」
「なんで……!」
「九州の治安悪化を引き起こしている先導者の一人は、既に分かっている。お前には、それを止める為に、九州の分校に身を置き、そして九州各地で情報収集をしてもらう」
「先導者って、誰なの?」
「大友修造(おおともしゅうぞう)という……かつて神童と呼ばれた、惟神(かんながら)学園随一の神通力の探求者であった男だ。この二十年で、奴は豹変してしまった。お前には、惟神(かんながら)庁長官の嫡子として、そして、惟神(かんながら)学園の看板である舞楽部を担う逸材として、惟神(かんながら)学園存亡の危機を救う活躍をして欲しい」
「ま、待ってよお父さん! 突然、なにをいい出すんだ! そんな大事な役目、僕に担えるわけないでしょう!」
「お前じゃなきゃダメだ。九州のどこかの分校から始まった反政府運動の火種は、今や中国地方や四国にも広がりを見せていることが確認されている。もはやウイルスだ。どこまで感染が広がっているのか分からない以上、惟神(かんながら)庁の人間であっても、信用できる者は限られている。お前にしか頼めないんだ。それに、生徒である方が各地の学校を回る口実を作られるということに加え、自由行動もし易い。適任なんだ。やってくれるな?」
「そこまでいうなら……家長命令として聞かざるを得ないよね」
「飲み込みが早くて助かる。危険な旅になるかもしれないが、必ず、神通力の求道者として成長できるはずだ。それに……」
「それに……?」
「九州各地で観光もできるだろう。東京を離れれば、お堅い連中の下らん監視もない。名家の御曹司であることを忘れて、楽しんで来い」
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