神通力上昇中
唯響(いおん)
第一話 蘭陵王
君は、蘭陵王(らんりょうおう)という人を知っているかね。彼は中国の南北朝時代の人でね、それはそれは凄い王様だったんだよ。
そういって説明をするのは、部活の顧問だった。部室の中で数名の生徒が見守る中、顧問は一人の冴えない生徒に、説教をしていた。
世にも珍しい舞楽(ぶがく)部。それは、弥勒(みろく)が通う惟神学園(かんながらがくえん)という、特殊な学園だから存在しているのだ。
「次の大会での、陵王役は皇(すめらぎ)で決まりだな。やはり、去年の大会で演じた陵王は、神がかっていた。惟神(かんながら)学園での長い教師生活の中でも、あれほど優美な陵王の舞は、見たことがない。惟神の陵王という異名は、伊達じゃないな」
顧問がそういうと、生徒中の目が、弥勒(みろく)の方へ向いた。注目を一身に浴びた弥勒(みろく)は、困惑した。目立つのは、あまり得意ではなかった。ただ真面目に、できることをやり続けきた結果が今であって、特別な才能がある訳ではなかった。少なくとも、自分ではそう思っていた。
弥勒(みろく)がたじろいでいると、周囲の生徒が互いに目配せをし、ヒソヒソと話だした。
なにも聞こえはしない。だが、確かにその言葉を理解できた。
「アイツ、やっぱ凄ぇな」
「惟神(かんながら)の陵王(りょうおう)なんて、カッケェ異名だよな」
「てかなんでアイツ、雅楽(ががく)の演奏に合わせて舞を舞えるんだ……?」
「前に聞いたら直感だってさ。耳も聞こえないのにな」
羨望の眼差しの中に、確かな差別が含まれていた。なん人かは、弥勒(みろく)を指差し、嘲笑う様な表情を浮かべていた。
顧問が弥勒(みろく)を嘲笑う生徒に気づくと、生徒を鬼の様な目で睨んだ。すると生徒は遠くを見て、知らんぷりを決め込んだ。
誰もが真剣に取り組んでいる訳では無い。だから、巨大な惟神(かんながら)学園の中、僅か一年生で手にした舞楽部大会優勝の栄光も、実は大したことはないのだろう。弥勒(みろく)は、そう思っていた。自分の価値は周囲の評価よりも低いのだと、そう思っていたのだ。
だからこそ彼は、真に価値のある人間になろうと、日々ぶつけられる下らない差別の悪意にも負けずに、自分の役目を真面目にこなそうと努力し続けていた。
部室を出た時、友人の工藤楓(くどうかえで)が声をかけてきた。といっても、その声は聞こえない。しかし、会話はできた。
「放課後は暇か? たまには遊びに行かないか」
「今日は部室に残って舞の練習をするよ。大会も近いしね。でもまた飲みたいなぁあの抹茶。品川にもあんなに美味しいお店があるなんて、思わなかったよ」
「そうだなぁ。でもいつかは、新宿とか代官山、渋谷にも行ってみてぇよなぁ」
「そんなの両親が許さないよ。そういう所は、僕たちみたいな名家の人間が彷徨(うろつ)いてはいけないような低俗な場所だって、いつもそういうもんね」
「そうだよなぁ。まぁ卒業まであと一年。取り敢えず学生の内は我慢かなぁ。じゃあ弥勒(みろく)、練習励めよ」
弥勒は「ありがとう」といって、教室へ向かった。取り敢えず鞄を取って、部室へ戻るつもりだった。
教室に戻ると、そこには、クラスメイトの伊能(いのう)の姿があった。彼の姿を見るや否や弥勒(みろく)は、教室に入りたくないと思った。
伊能(いのう)は舞楽(ぶがく)部で、陵王の役を争っていた。しかし数日前に足を負傷してしまい、上手く舞えなくなっていた。それからというもの、彼は常にイラついていた。特に耳が聞こえないにも関わらず、誰よりも上手く舞う弥勒(みろく)に対して、風当たりが強くなっていたのだ。
「ジロジロ見やがって、なんか用かよ弥勒(みろく)」
「いや……ごめん。なんでもない。鞄を取りに来ただけだったんだ」
「さっさと取れよ。お前は耳が聞こえない分、目から意識がだだ漏れなんだよ。ジロジロ見られたら、体が痒くなる」
「ごめん……神通力のコントロール、苦手なんだ」
「そうだろうな。普通は日常生活で神通力なんか使わねぇのに、お前はいつも、人と会話をしたり周囲の音を聞く為に、神通力を使っている。常に半分、意識がぶっ飛んでるってことだよな」
「ま、まぁそうだね……」
「なんでそんな中毒者みたいな気持ち悪いやつなんかに……勝てないんだよ俺は……! おい弥勒(みろく)、お前が近くにいるだけで神通力がダダ漏れで、こっちまで神経が研ぎ澄まされていちいち疲れるんだよ。近寄ってくれるな」
伊能(いのう)はそういうと、俯く弥勒(みろく)にわざとぶつかり、部室へと向かっていった。弥勒(みろく)は、神通力を用いて会話をしていた。この学園に通う人は皆、神通力という特殊な力を用いることが出来る。普通は日常生活においてその能力を用いることは少ないが、耳が聞こえず会話の為にも常に神経を尖らせて神通力を行使している弥勒(みろく)は、言葉の暴力でさえも激しい痛みとして感じられた。
部室へ戻るのが憂鬱だと思いながらも、鞄を取って、彼の後を追った。
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