第2話 美菜≪ミーナ≫

「女の子ばかり好きなってた私が高校になって初めていたの。かわいいと思える男の人が。その人は高校一年のときの担任で数学の先生だったの。背が高くていい男、女子生徒のほとんどが憧れてた。そんな人間は自信過剰になりそうだけどそんな気配もない。なにより可愛さがあった」

「例えば、授業中に女子生徒のスカートが椅子の背にめくれてパンツが見えたことがあったの。すかさず他の女子生徒が、先生、パンツ見たでしょってひやかしたのね。普通だったら、見てないとか、大人をからかうなとか、子どもの下着が見えても何も感じないとか言うと思うのだけど、その先生は照れたの。何も言わずにただ照れたの。みんなが白けるほどに。私はそれがかわいいと思ったの」

「それから、授業中に先生が黒板で計算間違いをしたことがあったの。ひとりの生徒がその間違いを指摘したとき、先生は『ほんとだ、ごめんね』と言って首を傾げながら、にこっと笑ったの。私は銃で胸を撃ち抜かれたような衝撃を感じたの。そしてその先生を好きになった。男の人を好きなったのは初めてだった。そして私の思いに先生は確実に気づいていたと思う」

「試験前の部活停止の日の放課後に、先生に呼び出されたの。進路指導室。先生は急ぎの用事があるので30分くらいひとりで勉強しておくようにと言われたのね。だから言われたとおりにしていた。ドアが開いたとき、待ち侘びている気配を見せたくなくて、勉強に集中しているふりをしてた。不意にあごを掴まれ、キスされた。床に転がされパンティをはぎ取られて、犯された。私はといえば、何が起きているのかわからず、全く抵抗できず、挿入後はその痛みに耐えるだけで、声も出せなかった。そのうち、彼が絶頂に達した気配がして、痛みから解放されてほっとしていると、今度は胸を触られた。彼がブラをずらそうとしたとき、私は自分に何が起きているのかをやっと理解した。渾身の膝蹴りが彼の急所に命中した。苦しんでる彼を横目に胸元を整え、勉強道具を鞄に入れて、大急ぎで部屋を出た」

「あのー、ちょっといいですか」

「何よ、今いいとこでしょう。ちがう、悪いところだ。って何」

「いや、パンツはどうしたかなと思って」

「パンツ? パンツがどうしたって」

「脱がされたパンツはどうなったのかなって気になって」

「ああ、穿く時間がもったいないから、鞄に入れたけど」

「じゃ、今ノーパンなんですね。了解しました」

「そうだよ。今もそのときもノーパンです。ってわかった。君、一生懸命笑い話にしようとしてくれたのね。ありがとね。でも私は大丈夫なの。親友の女の子に全部話して、彼に復讐したから、傷はほんどないの。苦い記憶くらい」

「そうなんですね。お邪魔しました」ペコリと頭を下げた。

「うん、かわいい。でね、話を元に戻すと、走って家に帰ったのね。あーーーー」

「ど、どうしました」

「私、ノーパンで全力疾走しちゃった」

「……そうみたいですね」

「制服だったから大丈夫だと思うけど、あっ、巻き上げてミニにしてた。お尻見えてたかもしれない」

「ああ、見えてたでしょうね」

「うわー、恥ずかしー。君のせいだよ。変なこと思い出させるから」

「なんですか、今全裸なんですよ、お尻くらい屁でもない。あ、お尻だから屁は出るか」

「お、なんだか成長したね」と、言いつつ笑いをこらえてる様子。やった。受けた。

「はい、お陰様で」

「でね、今度こそ話を戻して、家に帰ったら、服を全部脱いで」

「出た、全裸」これが美菜の笑いのつぼに触れた。

 美菜は横座りの体勢から上体を前に倒して、声を出さずに笑っている。なんとか立ち直ろうとしているのが手に取るようにわかる。そうはいくか。

 美菜は上体を起こしてひきつり気味に「うるさいよ。ふーーー」と深呼吸。

「そんなに身構えなくても」これもつぼ。

 美菜は再び崩れ落ち、笑いの激流に抗っている。呼吸の間に引きつった声が漏れる。

「大丈夫?」

 実はこのとき、遼平の体にも問題が発生していた。なにしろ好きな人が全裸でそばにいる。16歳の若い体が反応しない訳がない。極力、美菜の顔だけを見るようにしていた。それでも視界の中に美菜の裸身が入ってくる。しかも最初の頃は胸と下を隠していたが、途中から完全には隠せていなかった。さらに当初はアイドルへの憧れに過ぎなかったものが、今では身近な人への愛情に変わってきている。自分の言葉に笑ってくれる美菜に心からの愛しさを感じていた。美菜が笑い崩れているあいだに、なんとか股間を押さえつけて元に戻そうと必死だったのである。

「お、お願い。もうやめて」泣き笑いの美菜の顔、かわいい。

「そんなに泣かなくても」これもつぼ。

 再び笑い崩れる美菜。しかし途中で踏みとどまり、遼平に抱きついてきた。

 やめろー、今抱きつかれると大変なことになる。

「私が気づいていないとでも思ったか。復讐してやる」

 美菜のお腹に触れて、股間のものが完全に息を吹き返す。

「何、この体、すべすべじゃない。強姦されてたときも思ったけど触ってると気持ちいい。わあ、脚も腕も、お腹も、あ、お尻も」

「ミーナさん、そんなにあちこち触ったら、私の変なものが暴れだしちゃいます」

「ふふっ、もう少し我慢してね。ねえ、遼平君、私たち、ひどい性体験よね。遼平君は強姦されて、強姦して、私なんか二回連続で強姦されてるし、初体験が強姦ってけっこういそうな気がするけど、二回連続で強姦とか日本中探しても三人くらいじゃない?」

「さあ、どうでしょう。もっといるような気もするけど」

「何人くらい」

「んー、五人くらい?」

「ふふっ、だからね、ちゃんとした体験もしないとね。私、君が好きよ。君は?」

「私はもともとミーナさんが大好きだし、大歓迎です」

「ちょっと気になるのがこの髪型ね。何これ、両目が隠れてるじゃない」

 美菜が両手で遼平の髪を左右に掻き分ける。

「あら、かわいい。目もきれい。女の子みたいよ。肌はすべすべだし、顔も女の子みたい。君は本当に男なの?」

「だと思いますよ。変なもの持ってるし」

 遼平はそれどころではなかった。美菜が髪を掻き分けていたとき、美菜の胸が目の前にあった。いきなり口に含むのはNGな気がして、胸に顔を埋めた。

「あん、ちょっと待って。順番があるでしょ」

 そう言うと、美菜は遼平の顔を両手で挟んで口づけをした。瞬間、体がとろけるような至福の思いに包まれた。無意識のうちに舌が動き出し、美菜の唇の間に入り込み互いの舌が絡み合う。ともすれば激しく動かしたくなる衝動を必死で抑え、美菜への想いを込め、可能な限りゆっくりと美菜の唇と舌を味わった。美菜のほうも同じような動きで長い時間お互いの優しさを分け合った。キスしたままベッドに倒れこんだ。

 美菜のため息を感じたのを機に、唇から離れ、首筋から鎖骨へと唇で辿った。胸の膨らみを辿り、頂点の直前で唇を離し、美菜の裸の胸を眺めた。思わずため息が漏れる。

 両手の親指の腹で、両胸をゆっくり優しく撫でた。

 吐息とともに悩まし気な美菜の喘ぎ声が漏れる。熟れた果物のような濃厚な甘い香りが立ち昇った。その香りに遼平は我を忘れた。胸にむしゃぶりつき舌で激しく愛撫した。股間に手を伸ばし、挿入しようとした。

 そのとき、美菜が遼平を強く抱きしめて、遼平の動きを止めた。

「だめよ、遼平君。それじゃ強姦と変わらない。一緒に行こう。ゆっくりと、味わって楽しんで、一緒に登り詰めよう」

 気づけば、甘い香りの中に柑橘系の爽やかな香りが混じっていた。

「ごめん、焦った。やり直すね」

 口と右手を使って美菜の全身を、焦れったくなるほどゆっくり、優しく愛撫した。吐息と声で美菜の悦びが伝わってくる。少しずつ舌の動きと指の動きを速める。耐えかねたような美菜の喘ぎ声に、こちらの我慢も限界に近づく。

「ミーナさん、挿れるよ」

「待って、私が上になる」

 美菜と体を入れ替え、下になってから挿入した。

 美菜の全体重を受け止める。得も言われぬ感動が押し寄せた。美菜とひとつに結ばれている感動もある。それ以上に美菜の心とその柔らかい体のすべてを受け止めている悦びがあった。

 なんという甘美な重み。

 限りない幸福感の中で、美菜を力の限り抱きしめた。

「ねえ、今度は絞め殺すつもり?」

「あ、苦しかった? なんだかとても幸せな感じで、思いっきり抱きしめたくなって」

「私もすごく幸せ。この体勢いい感じ。そろそろ行こうか。私、そんなに保たない」

「私もです。では行きます」

 腰を突き上げる。少しずつ強度を上げていく。二人でリズムを合わせ、呼吸を合わせた。

 もう限界だと思った瞬間、美菜が耳元で囁いた。

「心を合わせて」

 何をしたというわけではない。ただ美菜と心を合わせた。心が重なった実感があった。

 たちまち巨大な快感の渦に飲み込まれた。

 遼平は美菜の中にすべてを放出し、同時に地の底に引きずり込まれるような感覚に捕らわれた。美菜と別れる寂しさに包まれた。

「さようなら、ミーナさん」

 声にはならなかった。

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青き胡蝶の夢 鳥沢 響 @isyamajii

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