百合耳かき

@tukki_miri

女子高生二人の緩い耳かき

 五時限後、授業が終わって。今日部活は休み。私は寮の個室で、ベッドにもたれながら漫画を読んでいる。人待ちを兼ねて。


 時計を見上げる。そろそろでしょ。

 ほんとに、そう思った瞬間、足音が部屋の外から聞こえてきた。漫画を閉じてベッドの上におき、出迎えに立ち上がる。

 部屋のドアをガチャリと開けた。


「わっ、びっくりした」


 そこにいたのは、私の親友、芹澤 晶。黒くて艶のある長髪。大きな眼は眉と共に少し垂れていて、可愛い系の顔立ち。名前の字面はかっこいいけど、性格は見た目よりで、ほわほわしたタイプ。


「分かったの?ふふ、お菓子持って来たよ」

「いぇーい」


 いつも通りに迎え入れる。


「今日B組測定テストやってたでしょ?どうだった?」

「んー?だめだめだったよー。私、なっちゃんみたいに体力ないもん」


 そんなことを駄弁りながら。おじゃましまーす、と晶は部屋に入ってきたなり、壁際に荷物を下ろし、ベッドに腰かける。そこが晶の定位置なのだ。私の方はと言うと、床に胡坐をかいて。なんの理由もないけど、狭い寮の部屋でよく合う内、決まっていたいつものポジション。


 晶はショルダーバックの中をまさぐって、緑色の箱を取り出した。


「はいこれ、プイッツ」

「せんきゅー!」


 私の部屋に来るとき、晶はよく購買でお菓子を買って持ってくる。そういうとき多いのがプイッツ。小袋が二つあって、二人で分けられるから。

 私はプイッツを受け取り、支給品を一人むさぼりだす。今日プイッツを食べるとしたらサラダの気分だったが晶が持ってきたのもぴったりサラダ。やはり晶は信用に足る女。


「なっちゃん、サラダで良かったー?」

「んー!」


 咥えながら答える。


「あっ、これ映画化された奴じゃん。読んでいい?」


「ん、あー、読みかけなんだけど……いいよ!」


「えっ、いいの?」


「ネタバレ厳禁で!」


 小さな苦笑。


「分かった。ありがとね」



 他愛なき会話。二人そろえば、自室が、心地よい友達同士の空間へと変わる。人肌の温度で満ちているような。


 要約して、私たちは仲がいい。高校からの出会いであり付き合いだったが、小学校からいっしょだったくらいに話が合う、馬が合う、反りが合う。性格は結構反対だとおもうんだけれど。むしろ、だからなのかな。


 中々珍しいだろう、ありがたい関係。でもやっぱり自分の芝は青く見えないもので、気づいたらこんな日々に肩までゆっくり浸からせてもらっている。ありがたいんだよなあ、ほんと。たまにそう思うけれど、とはいえ面と向かって何か言うのも気恥ずかしい。


 事態の発端は唐突であった。


 私の右耳を、突如痒みが襲った。あの、うおっ!てなる感じの。思わず手で右耳に触れる。

 プイッツの小袋を床に置いて、ウロウロとあたりを見回す。あ~そういえば、また耳かき無くしたんだよ〜、そうだったよ〜なんであいつはあんなに失踪するんだよ~、とか思いながら。突然パッと出てこないか、窓の下や机の上、ベッドの下らへんに目をやってみる。が、ない。


 突然きょろきょろしだした私に晶が気づく。


「どしたー?」


 読んでいた漫画を人の形で膝において、きょとんとしている。


「いやー急に耳痒いんだけど耳かき無くしちゃったんだよねー、できたら探してくれー!」


 四つん這いで部屋中の死角を調べながら私は答える。晶は何事かを考えるかのように数秒固まった後、ふいな言葉を発した。


「じゃ、私の耳かき使う?」


「へ?」


 想定外の台詞に間抜けな声を出してしまった。


「うん、すぐとってこれるよ」


「あっ、いいの?」


 ちょっとびっくりした。私的に、耳かきって結構その人専用みたいなイメージがあったので。それに、晶のイメージ的にも、耳かきを人に貸したりするようなタイプだとは思ってなかったので。部屋綺麗だし、ちょい潔癖だよねと思ってたけど。

 しかし、まぁ耳は痒い。し、耳かきはないので断る理由もない。私はそういうのあんま気にしないし、貸してあげると言われた手前断るのもあれだし。


「じゃあ、お、お願いしようかな?」


 なんだろう、あれだな。私は晶にとって耳かきを貸せる人間なんだな。そう考えるとちょい照れる気がせんでもない。


「ん、分かった。じゃあ持ってくるね」


 ベッドから立ち上がって、晶がパタパタと部屋から出て行く。急がんでも良かろうけど。

 しかしまぁ、有難い。耳は痒いのだ。さっきよりそれは増している。早めにガリガリとやってしまいたい。そしたらすごい気持ちいいだろうな。


 それから、数分もしないうち。


「お待たせー」


 晶ははすぐに帰って来た。左手には耳かきと……綿棒まである。小袋で包装されてる奴。


「うぇ、綿棒まで持って来てくれたの?」


「ん、使うかなと思って」


 私は耳かき派だが綿棒があってもちろん不都合はない。しかし綿棒まで持ってくるのは晶らしいというか、気遣い屋というか。

 晶はふぅっと一息、またベッドに腰かけた。ぺりぺりと、綿棒の個包装をちぎっている。

 ありがたく、おずおずと、耳かきと綿棒が私へ差し出されるのを待つ。だけど、予想に反して晶が差し出してくれる気配はない。あり?私が様子をうかがっていると、晶は少し照れたようにしたのち、にこっと笑った。


「私がやってあげよっか?」


 一瞬思考が固まったが、すぐにリカバリが行われる。あっ、私が知らないだけで一般女子高生はこれぐらいするのかな?という議題が脳内で緊急発議されたのち、あるのかもと思ったからだ。

 確かに、ようよう考えてみればクラスでも廊下でも友達同士で腕組んだり抱き合ったりしてるじゃないか。耳かきぐらいそういうもんかも?そういうもんかもしれない!女子校で寮暮らししていながら、そこら辺のラインがイマイチ疎い私には、耳かきがどこのラインにあるのか見当がつかない……!

 内心動揺してたけど、脳内議会はあるのかも派の優勢が崩れず、そいつらの意見を信じることにした。


 それに、考えてみれば、耳かきといっても晶がやってれるんだし、別に全然嫌じゃない。むしろやってほしいまであるかもしれない。絶対うまそうだし。すごいリラックスさせてくれそうだし。えっ、でも膝枕とかするのかな?それはありなの?それもありなの?


 思考が固まってからここまで数秒。フリーズしていた私に晶がちょっと困ったように笑う。


「べ、別にいいならいいって言ってね?」


「いや!いやいや!お願いします!」


 超やってほしいみたいなテンションでしゃべってしまった。


「なんで敬語?」


 ちょっと困り顔の晶が、笑ってツッコむ。



────────────────────────────────────



「じ、じゃあ……」


 ベッドに腰掛けた晶は、私が横たわれるくらいのスペースを空けるように、腰をずらして当たり前のように腿の上を空ける。あっやっぱそういうもんなんですかね……?

 空けられた膝の上。わずかに、白い膝と内ももがスカートの下に覗いている。私は決心し、ふかりとベッドに体を横たわらせ、ドキドキしながら頭を膝に寝かしていく。


 晶の体形について述べるなら至って健康的女子高校生そのものである。痩せすぎでなく、太っているわけでもなく。身体にとって必要なだけの肉つきがあるのだ。悪い意味じゃなくて。

 そして私は、その肉つきが秘めたる力を真に体感する。

 頬が触れた瞬間、暖かに沈み込んだ晶の太ももは、頭の重みを預けるにつれ程よい弾力を与えてくれる。芯のある柔らかさは他のどんな枕にも形容できない。スカート越しであっても、伝わる人肌のぬくもり。もはや魔力とでも呼べそうなそれに、一瞬で酔いしれてしまう。


「晶の太ももめっちゃ気持ちいいんだけどぉぉ……」


「べ、別に気持ちよくはないよ〜太ってるから肉がついてるだけ」


 照れ気味に晶はごまかす。むう、よく晶は太っていると自称するが、そのたび周りがおかしいのだとつくづく思う。私は男じゃないけど、晶のような体系の方がよほど魅力的じゃないか?テレビの芸能人みたいな痩せた体系は、スラリと綺麗であっても、同時になにか危なかっしい。世の男どもはそういうの方がいいのだろうか。


「晶は太ってないって。みんなが痩せすぎなの」


 ごろんと晶を見上げた。あ……。頭から抜けていたが、ものすごい至近距離で下から覗き込むような角度になる。晶と目が合った。余談、この体勢が見ると結構胸があることを再認識できる。

 普段見ない角度だと、目の大きさやまつげの長さ、整った眉や小さな口。自分の親友が改めて美人なんだなぁということが分かる。不覚にも、女ながらドキッとしてしまった。


 とっさに恥ずかしくなって顔を戻す。


「ふふ、ありがとね」


 小さく笑う。その声は多分、お世辞だと受け取ってる声だ。ほんとなんだけどなぁ……私が男なら間違いなくほっとかないけどなぁ……。


「じゃ、そろそろ始めるね」


 あっ、そうだった。耳かきするんだった。膝枕されてから目的を見失ってた。そう気づいた瞬間変な緊張感が湧き上がってくる。

 あれ待って……?そういえば前に耳かきしたのいつだっけ。もしかして耳の中ひどかったりする?そんなことないよね、自浄作用あるっていうし……でもこんなに痒いってそういうことじゃない?

 緊張感から湧き上がる妙な不安にモンモンとしていると、頭を手の平で優しく撫でられた。急なことにちょっとびくっとしたが、あぁ、緊張してるのを察してくれて、それで落ち着かせようとしてくれてるのか。と理解するとふっと緊張がぬけていく。


「大丈夫大丈夫。言ってなかったけど私ここくるまでお姉ちゃんによくやってたから」


 ふわふわと撫でられながら、ふわふわと語りかけられる。あっそうなんだ、慣れてるんだ。というよりもしかして、腕前を心配したと思われたのか。ごめんごめん、上手いと思ってたよ。……っていうか、妹がお姉ちゃんにやってたんだね?


 言葉が頭の中を浮かんでは消えていくが、人肌の温かさ、なでる手の優しさ、あと晶自身の匂いとか。昼下がり、暖かな部屋の中。ベッドと膝枕の上。そういうので満たされていく安心感に浸っていくと、次第に頭の動きも蕩け始めて、いつしか全身の緊張は抜け、身を任せていた。


「ん、もう大丈夫。お願い」


 安らぎの中、かろうじて呟く。


「はーい。まず中見させてもらうね」


 耳をぐいっと引っ張られる。ぐっと、晶の顔が近づいたのが分かる。目では直接見えてないものの、耳と首筋にかけての肌が、近づいた晶の体温と吐息を伝えてくる。ちょ、ちょっとハズい。


「あー、確かに、中に大きいのあるねー」


 一音一音の口から発せられるタイミングが分かる。こちらに落ち度はないのにこちらだけとても恥ずかしい。多分無自覚……!

 しかし、やはり大きいのがあったか。ちょっと恥ずかしいが、ワクワクする。


「じゃ、まずあっためるね」


 くっと、耳の端が優しく引っ張られる。そして、人差し指が耳の穴に入れられた。

 ぐむぐむ。耳の中で指が動かされ、振動と温度が肌に伝わっていく。

 そっか、まずは温めた方がいいのか。てっきりすぐ耳かきだと思ったが、これはこれで気持ちよい。晶の指は温かくて、爪もきちんと手入れされてるようで、自分でやってるわけじゃないからこそばゆくて、なんだかくせになりそう。

 ぐむぐむぐむ。爪の端の角がすりすり当たるのがまた何とも。


 ひとしきりぐむぐむされたところで指が抜かれ、こんなもんかなと晶が呟いた。次に、耳の外側、耳介とか、耳殻だっけ?が、両手の指で包まれ、マッサージされるようにもみもみされる。


 もみもみ、もむもむ、もみもみ、もむもむ。耳たぶなども重点的に。普段人に触られることもない場所なので、またこそばく、あったかい。


「あっためるとね、汚れを取りやすいんだって」


 なるほど、血流が良くなるからって、ことだろうか。

 ん!と晶が満足げに呟いた。たぶんマッサージも終わりだろう。耳かきは待ち遠しいが、これが終わるのもそれはそれで寂寥感。でもつぎはいよいよ。期待感が高まる。

 こそりと、耳かきが手に取られる音。ぐむぐむもみもみのおかげもあって、痒みもまたむずむずと膨らんでいた。さあ!こい!耳かき!


「んー、すぐ済ませるから先に耳のふちもやらせてくれる?」


「えっ、ふち?」


「ごめんね、すぐ終わらせるから」


「ん、もちろんいいけど……」


「ありがと」


 柔らかな声。目を細めて笑ってそうな。


 可愛い、と思いつつも、焦らすなぁー……と心の中で呻いた。

 あー痒いよー。耳奥でまだかまだかと痒みがうずく。早くガリガリやってほしいなー……。でもここまでいうってことは相当溜まって……?

 一人悶える最中、耳かきのさじが右耳の上ふちからみぞに沿ってすぅーっとなぞった。びくり、とどうしても一瞬身振るいしてしまう。でもその迷いない手つきから、ほんとにに慣れていることが伝わった。


 すぅーっ、サリ、サリ。すぅーっ、サッ、サッ。サリ、サリ。


 上のふちが終わると晶はティッシュティッシュと口ずさんで、サイドテーブルから一枚それをとって耳かきの先を拭った。なるほど?そんなに?


 親友とはいえ、細部のだらしなさを晒すのはなんか結構恥ずかしい。

 次はその下のみぞ、次はその下……とみぞ掃除はどんどん進められた。そしてその間、結構な頻度でティッシュで拭われていくさじの先……。顔がちょっと熱くなった。いかんいかんこれから中なんだから、恥ずかしいとか気にしてたら折角の耳かきが気持ちよくない。晶も黙々とやってくれているし、あんまそういうこと気にしないよ。きっと。


「うん。オッケー」


 その声に達成感が滲み出ている。微笑ましくて微笑んでしまう。


「じゃ、次こそ中やってくね!」


 ふふ、やっとだ。とうとうだ。

 前振りが前振りだったので期待のダムは決壊寸前なのだ。


 耳をぐいと引っ張られる。ぐっと、晶の顔が近づいたのが分かる。目では直接見えてないものの、耳と首筋にかけてのの肌が、近づいた晶の体温と吐息を伝えてくる。ちょ、ちょっと顔が熱い。


「あー、確かに、中に大きいのあるねー」


 一音一音の口から発せられるタイミングが分かる。こちらに落ち度はないのにこちらだけとても恥ずかしい。多分無自覚……!

 しかし、やはり大きいのがあったか。ちょっと恥ずかしいが、でもそれでもワクワクする。


「うん、じゃ、痒いのとっちゃおうね」


 多分自覚はないが母性たっぷりなセリフ。どきりとする。恐ろしい子……!なんだか期待と痒みが入り混じって、自分が何を考えているかももうよく分からない。

 しかし、ついに、ついに、なのだ。


 カリッ。


 入れられた耳かき棒は最初、ひどく優しく、深さはどのぐらいかと確かめるかのようにカリ、カリ、と動かされていく。


 くーーーーー……!!張り詰めた水風船に優しく穴が開けられたかのような、そこから中の水がトロトロと流れ出てくるような、そんな感覚。

 さじは耳の中を調べるように、全方位に渡って細かく動かされていく。


 カリカリ、カリ。クリクリクリ、パリッ。カリカリカリ、カリ。サリサリ、サッサッ。


 ふーーーー……!


 痒みの原因らしい、大物ターゲットがどの程度貼り付いているか、どれくらい深いか、晶はあらかた掴めたらしく、耳かきはターゲット周辺を重点的にカリカリし始めた。

 耳の中で、さじが耳垢に擦れる気持ちいい音が響く。


 カリッ、カリッ、ガリッ、さりさり、ガリッガリッ、カツッ、カリッ、カリッ、


 快感のリズムが私を支配する。いつの間にか口はゆるんで小さく開き、無意識のうちに目を閉じていた。意識が耳に注がれている。


「痛くない?」


「んぅ……」


 もはや気持ち良さをちゃんと伝えること叶わず、曖昧な生返事しか返せない。ふふ、と微かに笑い声が聞こえた。


 カリッ、さりさり、さりさり。ググ、グッ、ペリッ、ガリガリ。コッ、コッ……


 耳中の感触と音が硬くなった。大物の根元から攻めているのが分かった。コツコツ、コツコツと音が響く。こんなのを取ろうとしたらちょっとくらい痛みそうだが、晶が上手いんだろう。ゆっくり、ゆっくりと剥がしていく耳かきさばきによって痛みはない。むしろ、その手つきの絶妙な刺激が大変に気持ち良い。それでも、ごそごそと蠢く大きな異物感で、思わず目をぎゅっと瞑る。


 コツッ、ガリガリ、ペリッ、さりさり、ゴソッ、ペリッ、ガリガリ、ペリッ……


「ん、取れそう……!痛かったら言ってね……」


「んぅ……」


 ググ、グ……グッ……バリッ!


 んっ……!

 大きな音が響き渡ったと同時に、それと同じくらい大きな気持ち良さが身体中を駆け巡った。私はあまりの快感に小さく体を屈ませる。


「っよし、取れたぁー……!」


 達成感にあふれた晶の声。さじは、慎重に慎重に耳の中から引き上げられていく


 ズゾゾ、ズゾゾ……スゥッ……スッ。

 異物感が抜け出た途端溢れる、新鮮な空気が耳奥に触れる爽快感。


「わぁー大きい!」


 嬉しそうな声。ティッシュでかさかさと耳かきをぬぐったのち、そのティッシュを私の前に持ってきた。


 気持ち良すぎて、すこしだけ微睡んでいた私はおぼろげに瞼を開く。……うおぉ。確かに大物だ。大きさは2㎝くらい。何年かに一回見るか見ないかぐらいのレベル。こりゃ痒いわけだ。


 うーー、でもまだ痒い……。むしろ、取ったところがさらに痒くなった。うぁーむずむずする。


「晶耳かきすっごい上手い……。ちょーきもちいい……。続きを……どうか続きを……」


「ん、じゃあ続きしよっか」


 やった。やりました。声がにこにこしているのは分かる。


「うん、お願い……」


 普段なら恥ずかしいと思うくらいに蕩けた声が、自然に口から言葉が溢れた。いつもなら恥ずかしいと感じるだろうでも今はもうなんか、どうでもよい。素直にさらけ出したほうがこの耳かきを楽しめるのだ。


「ん。じゃあ残ったのとっていくね。それとね、気持ちいいとこあったら言ってね。赤くならないぐらいだったら、好きなだけ掻いたげるから……」


 思わず飛び出してきた魅惑のセリフの破壊力たるや、晶のふわふわな声と合わさって凄まじいもので、これを聞いて落ちない男子はいるのかと思わせるほどだった。私は女だけど落ちかけた。しかしすんでのところで気を保たせる。

 ここで落ちるようではこの素晴らしき耳かきを享受できないのだ……。

 なんとか返事を絞り出した。


「ありがとうー……。本当に晶の耳かき気持ちいいよ……」


「ほんと?嬉しいねっ」


 得意げに。でもほんと、これほど人にやってもらう耳かきが気持ちいいとは。人にやってもらったのって、お母さんくらいだっけ。お母さん、グリグリ豪快だから痛かったなぁ……。それ以来、自分でやるようになったんだっけ。けど、これを知ってしまっては物足りなくなりそうだ……。


「じゃあ、入れてくよぉ……」


 カリ、カリカリ、さりさり、すぅーっ、カリカリ、クリクリ


 また耳かきが動きだす。

 晶の耳かきは、耳掃除というより、誰かに背中を描いてもらってるような、あの感じ。

 私の反応をよく見てくれてるっぽくて、気持ちよくて少し体を震わせてしまったとこを、他のところをやってるとき、ふいにカリッとやってくれたり、あっ、そこ気持ちいい……と口にすれば、クリクリクリクリ、と小刻みにかいてくれたり。存分に、溢れていた痒みをとろかしてくれる。大物があった場所が特に心地よくて、力を抜いて、優しくカリカリ、カリカリ。過敏になっている肌を絶妙にさじが撫でる。

 耳かきは段々深くに潜っていく。自分でやっても、上手く掻けなさそうな、窪みや耳奥の方。だからこそ、ピンポイントに掻かれると余計にきもちいい。


 カリカリ、カリ、クリクリ、クリッ。カシュカシュ、シュッ、シュッ、サッ、サッ……。

 コリコリ、コシコシ、クリクリ、クシクシ……


 「ふふ。ここ、気持ちいいんでしょ?」


 クリクリクリ、クシクシクシ。


 「んぁー、そこよいー……」


 耳奥など、ともすれば痛みそうな場所も全く痛みは感じない。あるのは心地よさだけ。ぴりぴりとした痒みが、コリコリ、コリコリと刺激され、気持ちよさへと変換されていく……。


何て手腕だ、耳かきにプロがいるとしたらプロ級じゃないか……。お姉さんが羨ましいぞ私は……。


「綿棒もやる?」


「ん、やって欲しい……」


 少しだけちぎっておかれた包装からペリペリと綿棒が取り出され、持ち帰られる。


 しゅこ、しゅこ。


 耳かきより柔らかく、鋭くない掻き心地。綿のふわふわさで、刺激に慣れた耳穴がこんどはやさしく撫でられていく。


 しゅこ、しゅこ、こしゅ、こしゅ。しゅり、しゅり。


 やがて綿棒も奥の方に。やっぱり敏感なんだろうか、口が半開きになってしまうような気持ちよさ。

 

 くしゅ、くしゅ、こし、こし。しゅい、しゅい。


 耳壁に撫でつけられていく綿棒が、多分耳かきで取れない細かな耳垢を取っていくのだろう。次第に、痒みが治まって、部屋の掃除を完璧に終えたときのような満足感が生まれてくる。

 耳の中から、綿棒がしゅう、と抜き取られた。


「こんなもんかなー。じゃあ、仕上げしよっか。……あ、なっちゃん、ふーってして大丈夫?」


「……ふー?」


 あっ、あの「ふー」か。お母さんもやってくれた、最後に細かいのを吹き飛ばすの。


「息吹きかけるやつなんだけど、やる?いや?」


「ん、だいじょぶ。いやじゃない……」


「おっけ。じゃあやるね」


 さら、と髪が書き上げられるおと。口元が耳に近づいてくるのが分かる。


 すぅーっ……ふーーーっ……


 目をくっと瞑ってしまう。いやなんじゃなく、なんともこそばゆかいせいで。耳の中に、人肌の呼気の温かさが満ちる。


 すぅっ……ふーーっ……。ふーっ、ふっ。

 

 慣れると、瞼から力も抜けていく。十分に、ふーを堪能する。


 「……ぃよし!右耳おわり。じゃあ次は反対ね」

 

 わぁ、そっか。せっかく耳かきしてもらってるんだから反対もやってもらえるのか。うれしい……。


「うん、お願いします……」


 ごろんっと、膝枕の上で寝がえりをうつ。晶のお腹が目の前にくる形。

 微かに、くふっと晶の笑い声が聞こえた。……なんでだろ? もはや私は気持ちよさのあまり微睡んでいて、細かいことに頭は回らない。まぁ、いっか。


「ん!じゃあ、またあっためからねぇ……」


 こんどは左耳が晶の指で包み込まれる。もみもみ、ぐむぐむ。次第に、私の意識はどんどんおぼろげになっていった。膝枕とベッドの柔らかさにどんどん沈みこんでいくような。



────────────────────────────────────



「……。寝ちゃった?」


 耳かきを動かす手を止め、声をかけたけれどなっちゃんに反応はない。かわりにすやすやと、静かな寝息だけが聞こえる。


「ふふ。まだ途中なんだけどね」


 残念だけど、耳かきを置いて。手持無沙汰になったので、髪を撫でさせてもらう。なっちゃんの髪は撫で心地が良いので。ショートカットの手触りは柔らかい。

 あんまりにも、警戒のないその横顔。少しだけ苦笑して。けれど、私はなっちゃんに耳かきさせてもらえて、ここまで無防備になってもらえる人間なんだなぁって思うと。結構、照れるかも。


 ふふ、と思わず笑った。安らかな君を膝にのせて。今はもう少しだけ、この時間に浸っていよう。

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