今のあなたが好き
「フェスタ‥‥?」
日向がスマホで某フェスタのページを見ながら怜に尋ねる。
「不定期に開催されるんだが、今回出店しようと思ってな。ワインと軽食だ」
「楽しそう! キッチンカーや特産品コーナーもあるんだ」
「子どもが楽しめるワークショップもある、良かったら菜穂ちゃんと一緒に来ないか?」
「うん! 誘ってみるよ」
そういうわけでフェスタ当日、怜のバーのテントでは軽食のサンドイッチとワインを販売することとなった。従業員の他に、翔もいる。
「父さんに駆り出されるなんて‥‥」翔がテントを準備しながら何やら言っている。
「悪いな翔、人手が足りなくてな。ひなは妹さんと一緒に来ることになっていて」
「ああ、そうか」
割と有名なレストランも出店しており、会場内は賑わっていた。
翔も手伝いながら営業スマイルで対応していると女性陣が嬉しそうであった。
「僕がいないと誰も来ないんじゃない?」と調子に乗っている。
しばらくして日向が怜のテントにやって来た。
「おお、ひな。菜穂ちゃんは?」
「友達誘って4人でまわっているんだ。キッズコーナーにいるよ」
「そうか」
「翔くん、来てたんだ」と日向に言われ、
「朝早くから準備さ、眠い」と翔があくびをしている。
昼前になるとフードのテントに人が集まって来た。怜のテントにも客が来る。
せっせと準備をしていると日向が菜穂達を連れて来た。
「あ! おじさん!」と菜穂が気づいて手を振っている。
「よく来たな、菜穂ちゃん。お友達もありがとな」と怜。
小学生女子4人、皆お洒落である。
「サンドイッチあるの?」
「そうだよ、子ども用のサンドイッチとジュースのセットだ」
「じゃあこれにする!」
みんなが買って席で美味しそうに食べている。
「父さん‥‥子ども用メニューを準備しているとはな」と翔。
「ここに来るのはファミリー層だからな、子ども用もあった方が親も一緒に買ってくれるんだよ」
「怜さん‥‥僕もお腹空いちゃった」と日向が言うので、怜はサンドイッチとジュースを日向に提供する。
「お兄ちゃん、美味しい! おじさんって料理うまいんだね」と菜穂。
「そうだよ、怜さんは何でも作れるんだ」
「じゃあさ、いつもおじさんのごはん食べてるの?」
「そうだね‥‥(お店で済ますことも多いけど。あ、それでも怜さんが作ってくれるんだった)」
「いーなー♪ いーなー♪」
翔が日向や菜穂達を見つめていた。
「あんなに年が離れていると可愛いくて仕方ないだろうね、ひなくん」
「ひなは妹想いだからな」と怜。
「父さんがちゃっかりおじさんになってるの、面白いんだけど」
「まぁ‥‥本当のことだからな‥‥」
4人の女子達が翔の方を見てヒソヒソと喋っているが、聞こえている。
「ねぇ、あの人カッコいい」
「ほんとだ」
「アイドルみたい」
「だけどさ、もしかしたら初見がいいだけかもしれないよ? ◯◯君みたいに」
「あ、そんな感じするー」
「そんなこと言っちゃだめだよ、一応カッコいい人なんだから」
それを聞いた翔が苦笑いしている。
「父さん、女の子は小学生でもしっかりしているんだね。僕のことをよく分かってるよ」
「確かに‥‥あの子達にはかなわないな‥‥」
そして日向が怜のところへ来る。
「怜さん! 美味しかった♪」
「そうか‥‥みんな喜んでくれたかな」
「おじさん! ありがとう」
「またな、菜穂ちゃん」
日向が4人を連れて入り口にいた母親達の元へ送り届けた。
「菜穂ちゃん達、楽しんでくれたか?」
「うん、キッズコーナーで手作り体験して楽しかったみたい。怜さん、誘ってくれてありがとう」
日向の笑顔に怜も顔がほころぶ。
そして午後はそこまで忙しくなく、翔も休憩を取っていた。
するとそこに拓海ともう1人、同じ年齢ぐらいの大学生がやってきた。
「お、拓海! 来てくれたのか」
「翔、ここすごいな、食べ歩きができそうだ。あ、俺の従兄弟の
「従兄弟か。凪くん、よろしく」
「よろしく」と凪が言う。
一言でいうと透明感のある、綺麗な顔立ちをした不思議な雰囲気の凪。
「従兄弟でもなかなか会えなくてさ、大学からこっちに来ていてやっと最近再会したんだよ」と拓海が言う。
「そうなんだ、同年代の親戚っていいな」と翔。
「凪、このテントの店、お洒落なバーなんだよ。一緒に行かないか?」と拓海が凪を誘っている。
「へぇ、そうなんだ。じゃあ行こうかな」
「あそこにいるのがバーテンダーの怜さんだ、色々話を聞いてくれるんだよ」
「僕の実の父親さ」と翔も言う。
「いいね‥‥そういうの」凪は終始落ち着いた様子である。
※※※
「あ‥‥寝てた‥‥」奥のアウトドアチェアに座っていた日向が目を覚ました。怜の上着がかけられている。
「やっと起きたか、ひな」
「ごめん‥‥手伝うつもりが‥‥」
「そこまで人も来ていないから大丈夫だ。朝から菜穂ちゃん達連れて来て‥‥お疲れだったかな」
「うん‥‥」
怜の上着だと思いながら、まだそれを被っている日向である。
ふと向こうで喋っている翔たち3人を見つけた。日向は怜の大きめの上着を肩にかけるように着てトコトコと歩いて行った。
「ひなくん、お目覚めかい? しかも父さんの上着被って‥‥可愛いすぎるんだけど」と翔に言われる。
「ちょっと疲れちゃって‥‥でも怜さんが上着かけてくれて‥‥」
「ひなくん、惚気るのそこまでね」
拓海が日向に言う。
「従兄弟の凪だ。凪、日向くんだよ。みんな次が3年だ」
「よろしくね、凪くん」
「よろしく‥‥君もバーの常連なの?」
「そうだよ、春休み中はバイトもしていて。怜さんのカクテル、美味しいからぜひご来店ください♪」
「‥‥うん、行かせていただくよ」
横顔が綺麗な凪くん‥‥どんな人だろうと思いながら、日向は怜の元へ戻った。
「‥‥それいつまで着ているんだ」と怜に言われる。自分の大きめの上着を着ている日向も可愛いのだが。
「僕‥‥ちょっと寒くて‥‥」
「むしろ少し暑そうだが? 顔赤いぞ?」
「ええ? そう?」
「‥‥まぁいい。可愛いから許す」
さらに顔が赤くなりそうな日向であった。
そしてフェスタが終了し、片付けも終わってようやく怜のバーに到着した。
従業員が先に帰り、怜、日向、翔の3人が残った。
「ひなくん、その上着‥‥だんだん見慣れてきた」と翔に言われる。
「本当? フフ‥‥」
「ひな、サイズ合ってないから」と怜。
「だって‥‥怜さんに触れているみたいで‥‥」
「ひなくん‥‥本当に君は父さんのことが好きなんだね」と翔が言う。
ここまで実の父親を好きでいてくれるなんて‥‥前は悔しかったけれど、今はむしろ一人でいる父さんを助けてくれてありがたく感じる。僕は‥‥父さんと関わっていくうちに父さんのひなくんへの気持ちや、僕に対する思いも分かった。僕もこれから‥‥前に進まないとな。この2人が今みたいにずっと笑顔でいてくれるなら‥‥それでいいかな。
「ひなくん‥‥ありがとう。君のおかげで僕も変われた。これから恋愛することがあるのなら、ちゃんと相手と向き合うように、少しずつだけど‥‥頑張るよ」
「翔くん‥‥」
「あと父さん、僕だって真面目なところ、あるんだから‥‥就活も甘く考えずにやり切るよ」
「そうか」
「ひなくん‥‥もし父さんと喧嘩したらいつでもおいで」
「おい、翔!」
「ハハ‥‥冗談さ。喧嘩したところでそのぐらい仲がいいとか、言うんだろう?」
「そうだ」と怜。
「怜さん‥‥」と言いながら怜にしがみつく日向。
「おっと‥‥お熱い2人の邪魔になるから‥‥そろそろ帰るよ。お疲れ様」
「お疲れ、翔。ありがとな」
「翔くん、またね」
「ああ、また来るよ」
翔が帰って行った。
帰っていく翔とすれ違う男性。最先端だが個性のあるファッションに身を包み、肩につくかつかないぐらいの髪を束ねている。背も高く身体も鍛えているのか、存在感がある。
「怜がいるのは『ルパン』だから‥‥あのバーか? 今日はもう閉店か‥‥」
※※※
家に帰った日向と怜。
早速、怜に抱きつく日向であった。
「良かったね‥‥翔くん、僕達のこと分かってくれた」
「最初はどうなるかと思っていたが‥‥ひなにも心配かけたな」
「そうだよ怜さんたら‥‥でもいいよ。怜さんのことを、もっと知ることができたから‥‥嬉しい」
「ひな‥‥こんな俺に‥‥」
「待って! こんな俺とか言わないで‥‥怜さんは‥‥今のままでいいんだから‥‥今の怜さんが好きなんだから‥‥」
ブカブカの上着を着た日向が抱きついているのを見て怜はクスッと笑った。
「ひな‥‥上着‥‥」
「あ‥‥何か怜さんに触れている感じがして‥‥ずっと着てしまいました」
「じゃあ‥‥もう俺が直接触れなくてもいいのか?」
日向は怜の顔を見て少し照れたように答える。
「直接‥‥触れてください」
怜に上着を脱がされ、ぎゅっと抱き締めてもらう。この方が‥‥ずっと温かい。
「今日一日頑張った分‥‥ぎゅっとしてもらおっと」
「ひな、途中で寝てたけどな」
「あ‥‥どうしよう」
「ん?」
「昼寝しちゃったから夜、寝られるかな‥‥?」
日向が甘えた声で怜を見つめる。
「でも怜さんは寝ないといけないよね、うん、そうしよう‥‥」
そして日向が寝る支度をしていた。
「怜さん、おやすみなさい」
「ひな‥‥」
やはり怜のことである。日向を自分の方に抱き寄せた。日向は怜の腕をつかんで自分から口付けをする‥‥
いつも通りの甘くて優しい夜を過ごす2人であった。これからもずっとこうして一緒に‥‥
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