それぞれの想い

あれから奈津江がバーに来なくなった。

「怜さん、今日も奈津江さん来ていないの? 被りのアクスタ結局渡せないなんて‥‥」と景子。

「そうだな、しばらく見ないな」

「怜さん‥‥何か言ったんでしょう?」

「いや、特に何も」

「怪しい‥‥」

「何故俺なんだよ‥‥フフ」


「時期的に年度末も近づいてきたし、忙しいのかもしれないわよ」と亜里沙。

「それでもあれだけ怜さんのことじーっと見てて急に来ないことってある? あ、もしかして‥‥私が推しを熱く語り過ぎたせい‥‥?」

「それは違うと思うよ」と言いながら翔が現れた。拓海も一緒だ。

「母さん、景子ちゃんとすごく楽しそうに話していたからさ」

「確かに‥‥なかなか翔のお母さんと緊張せずに話せる人はいないからね」と拓海も言う。


「翔くん‥‥(これは翔くんのお母さんに認められた、つまり私は翔くんと‥‥♡ やだやだ変な妄想しちゃったわ♪)」

「景子、ニヤニヤし過ぎだから」と亜里沙に言われる。

「父さん、もしかして‥‥ひなくんとのことを母さんに言ったの?」と翔。

「いや、言ってないが‥‥」

みんなに怪しまれる怜であった。



しばらく経ち、日向が店に来た。

「怜さん‥‥疲れたぁ‥‥」

奈津江がいないと甘えモードになる日向である。

「やぁ、ひなくん。今日も可愛いね。疲れているのかい? 僕が癒やしてあげようか‥‥」

「はぁ‥‥僕は怜さんに癒されに来たんだから」

「おっと‥‥正直な君も素敵さ」

「何でそうなるんだ‥‥翔」と拓海が呆れている。


奈津江が来なくなってからは日向はこれまで通り、怜と仲良さそうに話している。

「まぁ‥‥日向が元気そうだから良かったのかな‥‥」と亜里沙が言う。

「そうね、ちょっと奈津江さんの事情は気になるけど‥‥またどこかで会えるかもしれないし」と景子。

「僕とひなくんのことも‥‥いつか母さんに話せる時が来るのかな」と翔。

「おい、そうはさせん」と怜に言われる。

「‥‥そのぐらいはっきりと母さんに言えばいいのに」


そうすれば‥‥僕だって‥‥ひなくんを諦めることができるかもしれないのに。

翔が少し寂しげな表情をしている。

「分かってるさ‥‥父さんがひなくんを絶対手放さないことぐらい‥‥だから母さんにもちゃんと認識してもらいたいんだよ。そうすればもう‥‥僕は‥‥母さんも納得するのなら‥‥ひなくんのことはこれ以上は‥‥」


翔の言葉を聞いた拓海。あれだけ日向を口説こうとする翔である。てっきりまだ日向のことを諦めていないと思っていた。

しかし、実の父親が相手であり、母親にもそれが分かってしまえば‥‥これ以上は難しいと考えてたんだな‥‥

「翔、きっと‥‥どうにかなるよ。そのタイミングが来たらきっと‥‥色々と動き出すんだ。俺は翔の味方だから」

「拓海‥‥今日のお前‥‥何か格好いい」


「ええっ? そ‥‥そうか?」

拓海が明らかに動揺している。何だこれは‥‥翔の方が格好いいに決まってるのに‥‥

「拓海くん‥‥翔のこと、頼んだよ」

怜は拓海の様子を見て、フフッと笑った。



家に帰った日向と怜。

「怜さんはあれから奈津江さんが来なくて‥‥気になる?」

「これまでもそういう客はいたからな。何か事情があるんだろうけど‥‥翔は気にしていたな」

「お母さんだもんね」

「俺も‥‥ひなのことを言ったつもりでいたのだが‥‥それでも奈津江は分かってくれると思う。だからお前は気にするな」

「うん‥‥」


怜が台所で何か準備している。

「怜さんどうしたの?」

「フフ‥‥家でも作れるように材料を買っておいた。ひなのための‥‥」

手際良くカクテルを作っていく怜。

そして出来上がったのは、あのピンク色のノンアルコールカクテルであった。


「れ‥‥怜さん‥‥」

すでに顔が熱くなる日向である。

「これで毎日‥‥ひなの可愛い姿が見られると思うと‥‥フフ‥‥」

「あの‥‥それじゃあ怜さんも一緒に飲もうよ」

「ん?」

「僕だって‥‥怜さんと同じ気持ちなんだから‥‥あ‥‥あいしてるんだから‥‥」

「ひな‥‥」

「うわっ」

カクテルを飲む前に怜に抱き抱えられてしまう日向であった。



※※※



気を取り直して、2人で乾杯してノンアルコールのローズカクテルを味わった。

「美味しい‥‥怜さん‥‥」

「うん、この甘酸っぱい感じ‥‥何だか俺までドキドキしてくるな、ひな‥‥」

「怜さん‥‥」

すでに真っ赤になっている日向。怜のことを見つめている。

「怜さん、理性‥‥抑えられなくなった?」

「何だその質問は‥‥フフ‥‥」

「だってこのカクテル‥‥そういう意味もあるでしょう?」


「うーん‥‥飲む前から抑えられない‥‥お前の顔を見ると‥‥」

「え?」

そのまま日向は唇を塞がれ、甘い香りがふわっと漂うのを感じた。とろけるように甘くて優しくて幸せな感触‥‥もうだめだよ怜さん‥‥僕‥‥どうなっちゃうの‥‥?


「もっと味わいたいな‥‥ひな‥‥」

そう言われながら怜に何度も口付けされ、身も心も溶けてしまうのではないかと感じる。

「れ‥‥怜さん‥‥僕からこうするって目標決めたのに‥‥」

日向は瞳を潤ませて怜に言う。

「それじゃあ、どうぞ」

「‥‥あ‥‥やっぱり‥‥怜さんが‥‥いいです‥‥」

「フフ‥‥」


ローズカクテル‥‥毎日飲んでいたら僕はどうなってしまうのだろう‥‥怜さんをこんなに求めてしまうなんて‥‥そして怜さんにこんなに愛されてしまうなんて‥‥ああ‥‥もう‥‥このまま‥‥


ひなが頬を紅く染めて照れる姿が‥‥本当に可愛い‥‥カクテルがなくても可愛いひなだが‥‥ローズカクテルを飲むともっと甘くて愛おしくて‥‥お前に夢中になってしまう‥‥これではもう‥‥離れられないではないか‥‥



甘い甘い夜を過ごす2人。

こうしてしばらくは、ローズカクテルが毎晩出て来るようになったのであった。

ただし、翌日が早い時を除いて‥‥

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る