一石三鳥?

「本当に綺麗だったわね‥‥怜さんの元奥さん」

景子がアルバイト帰りに歩きながら呟く。

今日は亜里沙もこの後デートだって言うし‥‥そうだわ、久々に怜さんのバーに1人で行ってみようかしら。

以前にも1人で行って怜に相談に乗ってもらったこともある景子。今日ももしかしたら怜と2人で話ができるかもしれないと思い、バーに入って行った。


「いらっしゃいませ」

カウンターに通された先には既に奈津江が座っていた。

怜さんの元奥さん‥‥? どうしよう。いや、ちょっと待って‥‥まず何故元夫のバーに来るのかが気になる。そしてうまくいけばイケメンの翔くんとも仲良くなれる。さらに美容のことも聞けるのであれば‥‥一石三鳥だわ。

そんなことを考えながらそーっと奈津江に近づく景子。

「いらっしゃい」と怜。

「あら‥‥この前の‥‥」と奈津江が微笑む。それだけで景子はドキドキしてしまったが、

「あの‥‥お隣よろしいですか」と言った。

「ええ、もちろんよ」


景子が話す。

「私や亜里沙も怜さんには色々と話を聞いてもらいました。このバー、いいですよね」

「そうね‥‥」

「最近いらしたのですか?」

「まぁ‥‥そんなところかしら‥‥怜くんがいると聞いてね」

「翔くんも少し前に来ていました。みんな怜さんと話すと落ち着くみたいですね」

「そう‥‥怜くんのいい所ね‥‥」


奈津江がゆったりと話すため、なかなか話が進まない。ただの世間話で終わってしまいそうだ。景子は考えながらこう言った。

「今日は亜里沙もデートで‥‥けっこう周りは彼氏がいるから気になっちゃうんです」

「そうなの‥‥あなたも魅力的よ」

「ええ? そんな‥‥あ、そうだ。どうしたらそんなに綺麗な肌になれるんですか?」

「ふふふ‥‥特別なことはしていないわよ。自分の肌に合ったものを使っているだけよ」

「‥‥ちなみにどこのブランドを‥‥」

「〇〇かしらね‥‥」

高級ブランドに驚きである。


「すごいわ。かっこいい息子さんの翔くんがいて、なおかつ綺麗でいられて‥‥女性の憧れです」

「そう言ってもらえるなんて‥‥嬉しいわ」

「私、怜さんにも憧れているし、このバーに来ると嫌なことも忘れて楽しめるから‥‥」

「ふふ‥‥いいわね‥‥」


奈津江が話す。

「私もね‥‥昔、怜くんに初めて会った時は‥‥何も考えずにただ彼のところに向かったわ。だけど‥‥もう少し時間をかけても良かったのかも‥‥なんてね。今更気づいたって‥‥もう遅いのよ」

怜の方を見る切ない表情の奈津江。

「すごく綺麗な人でも色々とあるのですね‥‥」と景子。


「怜くんにも‥‥大切な人がいるって聞いたから‥‥それを聞くとああ、そうなんだって思って‥‥どんな人か見てみたい気もして。もちろん、邪魔をするつもりなんてないわ‥‥ただの好奇心かしらね。きっと‥‥私なんかよりも純粋で、可愛いらしい女性ね。その人を見たら‥‥もういいかな。怜くんが幸せなのがわかればそれで‥‥もう十分」


景子は話を聞いて、奈津江なりに怜のことを気にかけているんだなと思った。そういえば‥‥亜里沙も以前、ちゃんと諦めがつかないと前に進めないようなことを‥‥言ってたっけ。

‥‥とその前に。奈津江は怜と日向の関係を知らないのでは? 怜の相手が女性だと思っている。これは‥‥言うべきなのか。

というか‥‥日向とも会ったことがあるならその時に言わなかったのか‥‥?



「いらっしゃいませ」という声とともに日向と翔が現れた。

「まさかひなくんと帰り道で会えるとは思ってなかったよ‥‥やっぱり僕達、そういう運命なのかな」

「ちょっともう‥‥これ何回目なの? 翔くん‥‥」

ここまでくると待ち伏せされているような気がする日向である。


「あれ、母さんまたいるのか」

「こんにちは‥‥あ、景子さんも」日向が奈津江を見てまた大人しくなった。

「ふふ‥‥今日はたくさん話せたから‥‥そろそろ失礼するわね‥‥ありがとう。景子ちゃん」

そう言って奈津江は店を出て行った。


「景子さん、翔くんのお母さんと話したの?」と日向が言う。

「うん、色々話が聞けたわ」

「何か‥‥言われた?」

「綺麗で緊張したけど‥‥大丈夫よ」

翔と日向がカウンター席につく。

「あ‥‥怜さん! 怜さんの元奥さん、日向くんと怜さんの関係を知らないみたいよ」と景子が言う。

「え?」怜と日向が同時に言った。


開店前に日向と2階のソファにいるところを見られたので、てっきり知っているものだと思っていたが‥‥

「はっきり言ってたわ。怜さんの大切な人は‥‥自分なんかよりも可愛いらしい女性だと思うって」

「え‥‥僕、あの時‥‥怜さんの手を握ってたのに」

「あら‥‥仲良いわね。あの感じだと日向くんだとは思っていないかも」

「そうなんだ‥‥ということは僕がひなくんと付き合っていることに‥‥するかい?」

翔が日向に近づく。

「こら、翔」と怜。

「ハハ‥‥冗談さ、父さん」


景子が言う。

「怜さんの大切な人を一度見て、怜さんが幸せそうならそれでいい、みたいなことも言ってたわ」

すでに会っているのですが‥‥と日向と怜は思った。

「ということは‥‥母さんは僕のことも聞くと驚きそうだな。言うつもりなんてないけどね、しばらくは」と翔。

元夫と息子の好みのタイプが一緒で、しかも男性です、ということである。


「そうか‥‥気づいてそうにも見えたが‥‥奈津江はそういう価値観なんだな。まぁ、ほとんどの人がそう思うだろうけど」と怜。

「怜さん‥‥どうするの?」と日向。

「機会があれば話すって感じだな‥‥そもそも別れているのだから。聞かれてもいないのにこちらから言うのはどうかと」

「確かにそうよね」と景子。



家に帰った日向と怜。

「やっぱり普通に隣にいるだけじゃ、僕と怜さんは恋人同士には見えないのかな」と日向が言う。

「それもそうだな。ただ‥‥あの時けっこう‥‥俺達‥‥」

バーの2階のソファで抱き合っていたので、そこそこ距離は近かったはずなのだが。そしてそのことを思い出した日向は顔が少しずつ赤くなっていく。


「あの日‥‥甘えていて怜さんから離れたくなかった日だ」

「大体いつもそうじゃないのか? ひな」

「え? もう怜さんたら‥‥それじゃあ今日は、離れて寝ちゃうもんね」

「‥‥そうか」

そう言いながら、怜は日向を後ろから抱く。

「‥‥怜さん、仕方ないなぁ。今だけだよ」

「ソファも好きだろう? ひな‥‥」

「うん‥‥」と日向が言いながらソファに連れて行かれる。


「あの時のひな‥‥可愛いかった‥‥」

「んっ‥‥怜さん‥‥」

バーの2階のソファで、奈津江に見つかるまで2人で口付けを交わしていたことを思い出す。何でだろう‥‥ソファに怜さんといると安心感がある。前からあの2階のソファで怜さんと過ごしていたからかな。

怜さんの腕の中にぴったりとおさまる僕‥‥温かくて‥‥もっと‥‥もっと‥‥好きになる‥‥



そしてお風呂に入り、ベッドに入って並んで寝ている2人。

「恋人って言ったら大体男女になるの、どうしてだろう。子孫を残すため?」

「それはあるだろうな。ようやく最近になって、多様性とか言われてきたからな」

「僕は‥‥今幸せだから‥‥いいんだよね」

「フフ‥‥」


怜が日向の方を向いて触れようとしたら、日向がひょいと避けた。

「今日は離れて寝るもんね‥‥あっ」

日向がそのままゴロンと転がったため、ベッドから落ちそうになる。それを怜がしっかりと抱き寄せた。怜の顔も近い。

「あ‥‥怜さん‥‥やっぱりだめだ‥‥もっと‥‥近づきたい‥‥離れて寝るなんて‥‥無理だから‥‥」

「俺もそうさ‥‥ひな」

甘いキスをしながら、2人は抱き合って眠りについた。

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