ライバル

「よお、翔」

彼は翔の附属高校時代からの親友、拓海(たくみ)である。ノリが良くて明るく翔とも気が合う。2人は大学でも同じ学部に進学した。

「随分ご機嫌だな、また新しい彼女でもできたのか?」

「拓海、もう彼女を作るのは‥‥やめたのさ」

「は? そんなこと言ってすぐに声かけられるだろ? モテる男は辛いってか? ほら今もあの辺の女子がみんな見てる」


「拓海が相手してやりなよ、僕は新しい自分になるのさ」

「翔、お前‥‥男の俺から見ても格好いいな」

「その言葉、聞き飽きたよ。さて‥‥この後、僕は行く場所があるんだけど‥‥一緒に来るかい?」

「行く場所って?」

「雰囲気のいいバーを見つけてね、良かったら」

「お、おお‥‥行くよ」


ここだけの話であるが、拓海は附属高校時代から翔に憧れていた。360度どこから見てもクールな姿に惚れ惚れしてしまう。その上、あの優しい声で話されると男性だってドキっとするものだ。そんな翔と親友と言われるまで仲良くなれたのは‥‥正直奇跡に近いと言っても良いかもしれない。そう思いながら、いつも翔のことを見ていた。


なので、これまで翔が付き合った彼女も把握している。いつも女子に言い寄られてそのまま付き合って、しばらくしたら別れるということも知っている。だから気になるのだ、翔は本当はどんな人が好きなのだろうかと。拓海自身もこれまで彼女がいたことはあったものの‥‥ここまで何かと気になるのは親友の翔のみである。

この気持ちが親友だからなのか、それともそれ以上の想いなのかは‥‥拓海にもまだわからない。(ちなみに今、彼に恋人はいない)



そして翔に連れて来られたバー「ルパン」。黒基調のレトロなバー。さすが翔だ、俺には縁のなさそうなお洒落なバーだなと拓海は思った。

「いらっしゃいませ」と怜。

「父さん、こちら僕の親友の拓海。拓海、僕の父さんだ。最近やっと会えたんだよ」

「そうなのか? それは良かったな。あ、よろしくお願いします。翔とは附属高校からの仲でして」と拓海が言う。


息子の翔から拓海を紹介された怜。高校時代からの親友か、そう呼べる仲間がいて良かったなと思う。

「拓海くんか、よろしくな。さてメニューをどうぞ」と怜。

「おい本格的だな、翔。どれが美味しいんだ?」

「今の時期はホットワインやホットの‥‥このカクテルとか、美味しいよ」

さすが翔‥‥お酒にも詳しい上に、父親がお洒落なバーでバーテンダーをしているとは。拓海はますます憧れが強くなる。


「翔は何やっても格好良くて、本当にいい奴なんですよー!」

拓海がホットカクテルを飲みながら怜に話す。

「そうか、息子が世話になってるな」と怜。

「俺もだいぶ翔には世話になってるんで」

翔と拓海、怜の3人で話が盛り上がっているとそこに日向が現れた。

「怜さん! あのさ、今日ね‥‥」と日向が嬉しそうに怜と話している。


それを見た拓海が翔に言う。

「お父さん、慕われてるな。すげぇ」

「拓海‥‥今は僕の父親だって言わないで」

「え?」

「理由はまた話す。今からあの人は普通のバーテンダーだ」

「あぁ、わかったよ」


日向が翔に気づいた。

「翔くん! 今日も会えたね、お疲れ様」

「やぁひなくん、今日も可愛いね」

拓海が隣で吹き出しそうになる。こんな翔‥‥見たことない。どうなっている?

「ちょ、ちょっと翔くんたら‥‥あれ? 翔くんの友達?」と日向が拓海を見る。

「ああ、僕の親友の拓海。拓海、彼は日向くん。あ、ひなくんって呼ぶのは‥‥僕だけだからね? 前に来た時に会ったんだ。冬休みにはここでバイトもしてたのさ」


何か熱心だな、翔。ひなくんって呼んでおいて『可愛い』とまで言って‥‥そう思いながら拓海は、

「日向くん、よろしくな」と言った。

「よろしくね、拓海くん。怜さん、新しいお客さん来ると嬉しいね」と日向。

「そうだな」と怜。



「ひなくん‥‥いつもこのぐらいの時間に来るの?」と翔が尋ねる。

「大体そうかな。毎日ってわけじゃないけど」

「そうか、もっと‥‥君と過ごしたい」

「ええっ? そんなに僕と‥‥?」

「君は見ていて飽きないからね、本当に‥‥可愛い」


日向が怜の方をちらりと見る。何とかしてほしそうだ。見ていて飽きないって‥‥俺と同じこと考えているじゃないか、と怜は思う。やはり親子だからなのか? 好きになるタイプが同じだとしたら‥‥まずい。ひなを翔に取られそうだ。だが翔は‥‥俺のたった一人の息子でもある。嬉しそうな息子を見ていると、こちらからは何も言えない。

そもそも‥‥翔は俺とひなの関係を知っているのか? 何故かひなが来てからは、俺と他人のように接している。まるで俺が父親だということを隠すかのよう。


怜は日向の方を見つめる。翔は息子であるものの、ひな‥‥お前を翔には渡したくない。

「少し酔っているかな? 無理は禁物だぞ」と怜が翔に言う。

「僕はそこまで酔わないよ。本気でひなくんのこと‥‥考えてる」

翔に見つめられる日向。こんな格好いい人にずっと見られると恥ずかしくなってくる。

「あ、僕‥‥レポート書かないといけなかったんだ、怜さん‥‥先に帰ってるね」

そう言って日向は店を後にした。

どうしよう‥‥怜さん以外の人にドキドキしてしまうなんて。きっとみんなそうだよね‥‥あんなに格好いい人に話しかけられたら‥‥ほぼ全員恥ずかしくなっちゃうよね? 怜さんはどう思ってたんだろう。僕のこんな姿見て、変に思われてないだろうか。



「あぁ‥‥ひなくん、帰ってしまったね。父さん」と翔。

「翔、もういいのか? 父親モードで」と拓海が言う。

「大丈夫さ、拓海」

怜は気づく。やはり日向の前では自分のことを父親だとあえて言わないようにしているのか‥‥?

「父さん、僕‥‥気づいたんだけど」

翔が怜の方をじっと見る。怜は一気に緊張してくるのを感じていた。


翔が怜に言う。

「あのひなくん‥‥父さんのこと好きだよね?」

隣でまた拓海が吹き出しそうになった。

「翔‥‥お前‥‥気づいているのか?」と怜。

「ひなくんを見ればわかるよ。あれは恋愛感情さ。それに父さんだって『ひな』なんて呼んでるじゃないか。あとは‥‥ひなくんがさっき『先に帰ってるね』と言った。同棲しているの?」


怜はしばらく黙っていた。

「フフ‥‥そういうことか。ひなくんは父さんのこと‥‥息子がいるって知ってるの?」

「いや‥‥知らない」

「それじゃあ、きっと‥‥驚いてしまうね。あの純粋なひなくんのことだ。もし好きな人に息子がいたと分かれば‥‥」

「翔‥‥何が言いたいんだ」

「僕の父親だということは黙っておくから、その代わり‥‥ひなくんと僕の仲を邪魔しないでくれるかな?」


「何だと‥‥?」

「初めてなんだ、自分から誰かを好きになったのは。ひなくんとこれからもっと仲良くなりたい。僕は彼を‥‥振り向かせてみせるよ。父さんには負けないから」

「翔、それなら本当のことを言った方がお前に有利になるだろう? 俺がお前の父親であることをひなに黙っててくれるって‥‥何故なんだ」

「バラしてしまってひなくんを手に入れるなんて、そんな狡いことはしたくない。父さんと僕で、ひなくんが本当に好きになるのはどちらなのか。そう考える方が‥‥面白くなりそうだろう?」

「翔‥‥お前‥‥」


「だから、父さんとはこれからはライバルになるね」

「‥‥」

まさか息子にここまで言われるとは。いっそのこと、全てひなに話せたらとも思うが‥‥今の幸せが壊れてしまうのではないかと思うと、言いづらい。

「拓海、そういうことなんだ。僕は‥‥ひなくんに会ってから変わった気がしたんだ」と翔が言う。

「そうだったのか‥‥」

拓海も翔が日向を好きになったということは、なかなか受け入れられなかった。

「一番身近にいる男性は俺なのにな」

「ん? 拓海‥‥何か言った?」

「いや、何でもない」

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