父と母

日向が時々、怜のバーの2階で一晩過ごすようになってからも、母親の留美や義理の父の耕造は気にも留めなかった。

高校生の時ぐらいから、日向が家族と夕食を取ることはほとんどなかったからである。


実の娘の菜穂を可愛がる耕造達にとって、日向はいてもいなくても同じような存在であった。ただ、次期社長候補だからと学費などは払ってくれるため、そこに関しては有り難く思っている日向であった。(社長にはなりたくないが)


耕造や留美にとってそこそこ良い大学に入ることが出来て、なおかつ自分達に反発せず、言うことを聞く日向は利用しやすかった。(正確に言えば力で言うことを聞かせたようなものであるが)

日向を次期社長として某取引先のお嬢さんと結婚させておけば、会社は将来安泰だと考えていた。

あの子は自分達の駒。この先も思いのまま。



若くして日向を産んだ留美は20代の一番良い時期(と自分で思っている)を子育ての時間に取られてしまったと感じていた。もともと美貌には自信がある。自分だってもっと楽しみたかった。悔しさと母親になりきれない自分‥‥そんな留美が耕造と恋に落ちた頃は幸せの絶頂だった。


耕造のためなら、ということで日向のことがどんどん後回しになっていく。それでもこの気持ちは止められなかった。やがて菜穂を妊娠し、今は家族3人で幸せに暮らしている‥‥そんな自分に酔っていた。


それでも日向は息子である。

留美は何となく最近の日向の様子が前と違うような気がしていた。

緊張がほぐれているような雰囲気である。何かあったのかしら。まぁいい、私には関係のないこと。何かあれば夫がうまく言ってくれるわね。


日向が今日も出かけていった。また帰って来ないつもりかしらね。

高校生の時も家にいないことがあったため、そこまで気にならないが‥‥最近は嬉しそうに出かけていくのだ。何かあったのか? 彼女でもできたのだろうか?

いや、あの日向に限って、大してコミュニケーションも取れない日向に‥‥彼女なんてできるわけがない。


母親がそう思っていることも知らず、日向は怜のバーに向かって行った。



※※※



結婚して一人前と言われていたあの頃、昔からある有名企業の社長であるにも関わらず、独身だった耕造は周りから変わり者扱いされていた。

あの年で結婚できないのは訳があるに違いないと。


実際、この年になると要求する女性の水準がますます高くなり、結婚なんてできないと半ば諦めていた。

そんな中で出逢ったのが留美だった。自分よりも一回り以上年下であり、美しく話も合う。そして未亡人で小さな子どもがいるとのこと。


夫に先立たれたシングルマザーを受け入れたとなれば自分の評判も上がるに違いない。そう思って彼女との結婚を決めた。

正直子どもは好きではなかったが、彼女との間に菜穂を授かった。そして自分の子どもはこんなに可愛いのかと初めて思った。

ただ、世間的にはシングルマザーを受け入れたということで、留美の息子である日向にも最低限のことはしてやらねばならない。


代々男性が社長ということもあり、血の繋がりはないが、流れとしては日向が次期社長になるであろう。そして自分は会長にでもなって経営権は握っておきたいものだ。

何よりも‥‥留美と菜穂の2人を幸せにしたい、その気持ちでいっぱいであった。


「パパ」菜穂が来た。

「どうした? 菜穂」

「‥‥やっぱりいいや」


最近菜穂は思春期に入ったのだろうか。あまり話すことがないような‥‥まぁ留美が適当に相手してくれるであろう。


「お兄ちゃん今日もいない‥‥どこに行ったのかな。パパにお兄ちゃんの話するとまた怒られそうだから、聞けないや」

菜穂が自室で呟いていた。

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