一緒にいたい

僕は結局、亜里沙に誘われたサークルに所属はしたもののたまに行く程度であった。やっぱりお酒が飲めないとこの先も生きづらいのかな‥‥なんて思いながら。


ほんの少しで酔い潰れて怜さんに2回もお世話になり、申し訳ない気持ちはあるものの、それでも僕は気づいたら「ルパン」に来てしまう。この場所が落ち着くのだ。

バーの雰囲気が自分に合うのか、それとも怜さんと話したくなるのか‥‥


そして緊張しながら、「ルパン」に入ってみた。

「いらっしゃいませ」

カウンターに案内してもらうとそこに怜さんがいる。

「お、ひなじゃねえか。ちょうどお前にピッタリのカクテルを考えたところだったんだ」

「僕にピッタリの‥‥?」

「そう、ノンアルコールカクテルだ」

「ノンアルコール‥‥あるの?」


「最近では飲まない人も増えてきているからな。あとはひなを見て‥‥ノンアルコールもあった方がいいかと思ってな」

「それ‥‥美味しいの?」

「美味いに決まってるだろ」


グラスに注がれたのは前みたいな柑橘系のカクテル。透き通るようなオレンジ色。

「大丈夫だ、ノンアルコールだぞ」

なかなか飲まない僕を見て怜さんがニッと笑う。僕はゆっくりとグラスを口に近づけた。

ゴクリ。

甘酸っぱい味‥‥そこまで濃くなくてあっさりしている‥‥でもジュースとは違う奥深さも感じる。


当然であるが酔わずに普通に飲めて、美味しいと感じた。

「怜さん、美味しい」

「良かった」

「これなら僕でも大丈夫だね、だけど‥‥本当に他にノンアルコールを飲む人がこの店に来るの?」

バー、イコールお酒のイメージしかないので日向は不思議に思った。


「何人かで来る客で、1人だけ飲めないということもあるからな」

怜はそう言ったが、本当のところはこのようなバーはお酒を楽しむ人たちが来る場所であり、ノンアルコールを準備したところで注文するのは日向ぐらいかもしれない。


それでも日向のためにと思い、作ってみたのだった。これからも日向がここに通ってくれるなら‥‥そう考えて。


「サークルに入ったと言ってたな、ひな」

「うん‥‥」

「フフ‥‥その感じだとまだ慣れてないか?」

「うん‥‥」

「まぁ、大学は様々な場所から色々な人間が集まるからな」

「うん‥‥」


さっきからうん‥‥としか言わない日向。

それが彼らしいといえば彼らしいが、バーテンダーの俺ばかり喋るのも良くないのでは? ただ日向はその大きな瞳でこちらをジッと見ている。



彼の瞳が俺を逃さないのか。

俺が彼の瞳をずっと見ていたいのか。



もしくはその両方なのか。



「何か‥‥あったのか」と怜が尋ねる。

「何も‥‥ないです」

「なら、いいんだが」

「何もないけど‥‥僕にはここにくる時間が必要なんです」

「‥‥そう思ってくれるなら嬉しいよ。ここはそういう場所だからな。少しでもリラックスできるのなら」


「ここの雰囲気‥‥好きなんです」

「いいだろう? なかなかないぞ? 最近のバーでは」

「あとは僕、怜さんのことが‥‥」

「‥‥」

「‥‥」


その続きの言葉が日向からは出て来ない。

怜さんに会いたい。

怜さんの声が聞きたい。

怜さんに今みたいに‥‥見つめられたい。


思うことはたくさんあるのに、言葉にできない。一言で済む簡単な言葉ではないような気もするが‥‥あえて一言でというのであれば‥‥



「怜さんと一緒にいたいよ‥‥」



必死に絞り出した一言であった。あの6年前の大雨の日から、その気持ちだけで生きてきた。

家でどんな仕打ちが待っていようと、どんなに厳しいことを言われようと‥‥


はたから見れば母の再婚相手のおかげで優雅に暮らしているもの。そして何も苦労していないだろうと思われ、誰にも言えなかったこの6年間の苦しみは‥‥


怜さん、あなたになら‥‥見せられる。

あなたの前でなら‥‥涙を流すことが許される。

優しく包み込んでほしい‥‥僕のことを。



※※※



怜さんと一緒にいたいよ‥‥



ひなが俺と一緒に‥‥?

ああそうか、ひながこの6年間でどうしていたのかは分からないが、きっと周りの誰も想像できないような、自分なりに思うところがあったのだろう。

その生半可な気持ちではない、真剣な気持ちから出てきた言葉は‥‥



俺の心の深い場所まで響くものであった。



「‥‥俺と一緒にいたいのか」

日向が首を縦に振っている。

「それなら、今日みたいに開店時間に来てくれればいつでも‥‥」

日向が俯く。


そうか‥‥本当に一緒にいたいということか?

「ひな、ここでバイトするか?」

日向が顔を上げる。その目が俺を捉えて離さない。

「ちょうどウェイターが今月で一人辞めるんだ。ただ、ここに来る客は様々だ。客の一人一人に合った対応も必要となってくる。それでも良いのなら」

「‥‥」


さぁどうする? ひな‥‥


「‥‥毎日?」

まず時給を聞いてくる者が多いというのに、ひなは毎日ここに来れるかを確認してくるのか。

「シフト制ではあるが、皆の希望もあるからな。それに応じる形だ」

「‥‥アルバイト、します」

「そうか、助かるよ」


日向がまた泣き出しそうな顔をしている。しかしそれは‥‥哀しみからくるものではなく、嬉しさのあまり、と言ったところだろう。


実はお前よりも‥‥俺の方が楽しみだったりしてな。

いつもどこか不安そうなひなを、俺が見守ってやりたい。

そう、ただただ守りたい。彼の恐れているものがあるのなら。


胸の奥が熱くなってくるような気がする。このまま‥‥ひなを2階に連れて行きたいとさえ思ってしまう。

俺にここまでの欲望が出てくるとは‥‥どういうことだ。


答えはもう出ているが‥‥

これまで感じたことのない想いに戸惑う。

それでも‥‥


「この後2階に‥‥来るか?」

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