裏切る悪役に転生した俺、闇堕ちイベントを回避したら主人公の覚醒イベントのフラグが立たなかった

上洲燈

第1話

「それでは本日の講義はこれで終わりです」


 窓の外では雪がチラつく中、終業のチャイムが鳴り響く。

 俺はこのアルベール魔法学院に通う二年生のドレノ・ベリスである。


「ドレノ、帰ろうぜ!」

 

 声をかけてきたのは同じクラスのヴィニウス・クライフ。

 品行方正で成績優秀、さらには眉目秀麗で、男女問わず誰からも好かれている。


 なぜそんなハイスペックなのかというと、ヴィニウスは主人公だからだ。


 ここはかつて日本で人気を博していた学園ファンタジーのゲーム、『アルカナヒストリア』の世界である。

 前世ではブラック企業の社畜をしていた俺は、主人公であるヴィニウスの親友でもあり相棒でもある、ドレノに転生してしまったのだ。

 

 そして今は共に、ゲームの舞台となるアルベール魔法学院に通っている。


「ちょっと、また私を置いて行こうとしたでしょ!」

 

「いやいや、そんなつもりはないって!」


 続いて現れたのは俺たちと仲の良いフィリア・ココット。

 亜麻色の髪をハープアップにしたやや幼さの残る可愛らしい丸顔の彼女は、このゲームのメインヒロインである。


「いいから早く帰ろうぜ、外寒いし」


 俺がそう言うと二人もついてくる。

 そしてフィリアを中心に三人並んで学園寮に帰る、俺たちはいつもこうだ。


 自分が転生した、それもゲームに登場するキャラになったと気づいた時は本当に驚いた。


 だが今では毎日学校に通って講義を受け、友人たちと笑いあい、休みの日には街に遊びに出かける。

 そんな前世では経験することのなかった青春を過ごしている。


 一つ違うことがあるとすればこの世界にはモンスターが存在しており、優秀な魔術師の養成機関である学院に通う生徒は、時にはモンスターと戦う必要がある。

 しかし主人公のヴィニウスはもちろんのこと、その仲間である俺も生まれ持ったスペックは高く、今まで苦労したことはない。


 今日までずっと順風満帆な人生を送ってきた。


 しかし、俺は一つだけ大きな問題を抱えている。


「もうすぐ聖誕祭の時期か、楽しみだな」

 

 寮に戻る道中、華やかな雰囲気の街を目にしながらヴィニウスが言った。


 聖誕祭とはこの国の建国を祝う、一年で最も大きな祭り。

 街中が鮮やかに彩られ、国中の人が首都であるこの街に集まり、朝から晩まで一日中騒ぎ続けるのだ。


 そして同時に『恋人たちの日』とも呼ばれている。

 どこぞのクリスマスの上位互換みたいなものだ。


「ドレノとフィリアはなんか予定あるのか?」


「ねぇよ、んなもん。せっかくの休みだし、家でゆっくり寝るだけだ」


「そりゃ勿体無いって、なら一緒に遊ぼうぜ!」


 友人との充実した学生生活を送ってる一方で、二度目の人生においても生憎彼女なんてものはいない。

 なので聖誕祭の日はいつも家で過ごそうとして、ヴィニウスに連れ出されている。


 だが今年の聖誕祭はいつものそれとはまるで違う。


「フィリアもそれでいいだろ?」


「えっと、私は……」


 フィリアは俯いてしまった。

 頬は赤く染まっているが、明らかにそれは寒さによるものだけではない。


「えっ、お前まさか……彼氏ができたのか…….?」


「ううん、そうじゃない……けど」


「ああー、寒い……俺はさっさと部屋に戻るわ、じゃあまた明日な」


 そうこうしているうちに寮に着いた。

 俺はそそくさと帰っていく……フリをして隙を見つけて魔法で姿を消し、二人の近くで息を潜める。


「それよりフィリア、好きな人ができたのか?」


 フィリアは何も答えない、ただ目を逸らすだけ。

 それが何よりの答えだった。


「そうだったのか。上手くいってるのか?いつでも相談に乗るぞ」


「うん、ありがとう」


 やはり原作の通りだ。

 二年生の冬、フィリアは初めて恋をする。

 そして聖誕祭を一週後に控えた今日、それが発覚するイベントが起きるのだ。




 これこそが俺が抱える人生最大の問題である。




 実はドレノはプライドが高いキャラだ。

 魔法の名家であるベリノ家の長男であり、一族においても類い稀なる才能を持つことから常に期待を寄せられてきた。

 事実その才能は本物で、これまで努力をせずともあらゆる分野において一番を取り、周りから尊敬の眼差しを向けられてきた。


 自分こそが最も優秀だと信じて疑わなかった。

 エリートが集うアルベール魔法学院に入学し、ヴィニウスと出会うまでは。


 ヴィニウスは優れた才能を持ちながらそれに驕ることなく努力を重ね、あらゆる点においてドレノを上回っていた。

 この学園において、ドレノは二番手であり続けた。


 しかしヴィニウスは少しもそれを誇ることはなく、周りの人に対して、ドレノに対しても何事もないように接する。


 それによりドレノのプライドは大きく傷ついたのだが、それでも平静を保っていられたのはフィリアがいたからだ。

 密かに恋心を抱いているフィリアの存在が、ドレノの心の支えになっていたのだ。

 

 だがこうして盗み聞きをした結果、フィリアはヴィニウスに想いを寄せていると気づく。

 恋愛においてもヴィニウスには勝てない、心の支えであったフィリアすらも奪われようとしている。


 その結果、嫉妬に狂ったドレノは聖誕祭の日に闇堕ちしてしまう。

 そして怒りから覚醒したヴィニウスの手によって、ドレノは命を落とすのだ。




「それじゃあまた明日!」


 走り去るフィリアに向かってヴィニウスが手を伸ばす、だがそれは空を掴んで終わる。


「フィリア、俺はお前のことが……」


 白い息とともにそう吐き出してから、ヴィニウスも去っていった。


「まあ、色々とキツイんだろうな……」


 生憎俺にはドレノの気持ちはわからない。

 ゲームでヴィニウスが凄いのは知っているので今さら対抗心なんて起こらないし、この結末を知っている以上フィリアに恋心を抱くこともない。


 つまり俺が闇堕ちする要素は皆無なのだ。


 このままイベントを回避すれば死ぬこともないだろう。

 

「しかし寒すぎだろ、早く帰ろ」


 これ以上寒さに耐えられないので急ぎ足で部屋に戻る。

 まあ特に気にすることなく普段通りに過ごしていれば、なんの問題もないだろう。

 

 この時の俺はそう思っていた。


 まさか闇堕ちイベントを回避した結果、世界の命運を背負うことになるだなんて、この時の俺は夢にも思わなかった。

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