第25話 颯の怒り

「あの女は?」

「あの女?でございますか?」

 大然のもとに向かおうとする颯が使用人に聞く。

「いやいい。親父は?」

「広間にいらっしゃいます。碧泉家のご当主様がお見えになっております」

「光樹様が?」

「はい」

「わかった」

 伸子のせいで翠が危ない目にあったこと、怒りのままに大然に言おうとした颯は出鼻をくじかれた。だがこのままではいけないと広間に向かうとちょうどお茶を持った使用人が立っていた。

「俺がお茶を出そう」

「颯様、よろしいのですか?」

「ああ、親父に話があるんだ」

 渡された盆を持ち、大きく息を吐く。

「失礼いたします」

 襖を開け颯が入ると、広間の中央に座る大然と光樹が驚いた。

「どうした」

「光樹様にお茶を」

「わざわざすまないな颯」

「いえ」

 光樹と大然の前にお茶を置くと盆を持って後ずさる。

「颯、翠はどこだ」

「…」

「屋敷にいないようだがお前と一緒だったか?光樹が聞きたいことがあるらしくてな、呼んでくれるか?」

「今は…無理です」

「どこかにでてるのか?」

「いえ、今しがた一緒に戻ってきました」

「ならば…」

「…それが…気を失っていて、今は無理です」

「どういうことだ、何があった」

「…それは」

「言えぬのか」

「…黒い面の女に…」

「黒い面の女!?さらわれたのか?月は翠の護衛についていなかったのか?」

「皆の目を盗んで、屋敷から連れ出されたのです」

「連れ出された!?一体誰に?屋敷に不審な者が入ったとは聞いてないぞ」

「…あの女が…身代わりに翠を連れ出したのです」

「あの女とは誰だ!誰が翠を身代わりに…」

 言葉の途中で大然の顔色が変わった。思い当たる人物の名を光樹の前で口に出すことはできなかった。

「颯、翠殿は無事か?」

「はい」

「それはよかった…翠殿に何かあれば早季が哀しむ。大然様、今日のところは失礼いたします。また明日にでも伺わせていただきます」

「そ、そうか悪いな」

 光樹が部屋を出ると、大然が口を開く。

「あの女とは…伸子か?」

「…母上が亡くなった後、あの女を母と呼ぶのが嫌だった。だが親族に詰められている親父を見て、紫雲の当主として後妻を取るのは仕方ないことだとも理解していた」

「颯…」

「だがどうやっても許せなかったのは、翠と月を使用人にしたことだ」

「…ああ」

「親父が何も言わないなら、俺が強くなるしかないと今まで我慢してきた」

「そうか…」

「でも今日のことは、許せない。あの女を殴っても気が収まらない」

「わかった…」

 そう言うと、伸子を広間に呼びつけた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る