第18話 体育祭 ~愉快な仲間たち~

 学校には様々な行事がある。入学式から始まり、生徒総会や課外授業、修学旅行などと。

 そして生徒には、この行事に熱心に取り組む者と、まったく興味なく消極的な者の両極端に別れると思う。


 僕はその後者の方だ。


 今日は5月の体育祭。

 日頃の体育の授業で習得された成果を発揮する行事だ。


 校庭のグラウンドを囲むように並べられた椅子に座って、僕はただ時間に流されるまま、ぼんやりとあたりを眺めていた。


 もう僕の出番は終わってしまった。


 午前中に1年生の短距離走。昼過ぎの1年生クラス別の大縄跳び。


 なにも目立つことなく、普通に終わった。

 あとは他の人の競技を眺めるだけの消化試合。


 別にリレーの代表でもなければ、部活対抗種目にも茶道部は参加していない。


 無事に何事もなく終わって帰るだけ。


 そんな僕とは真逆で、どこのクラスにも、どんな行事にも必死に取り組む人たちもいる。


 例えば今、僕の目の前にいる、うちのクラスの男子三人。

 千葉君、落合君、有田君。

 陽キャラで無駄に行動力のある彼らは、クラスの中心的生徒だ。皆からは、三馬鹿トリオとか言われている。

 たいていこの三人が一緒になって騒いでいるのだが、今日も例外なく盛り上がっている。


「あの子、かわいくね?」

「いやー ちょっと胸が足りないわー」

「それになんか、芋っぽいんだよなー」


 ……真剣に体育祭に参加しているわけではなく……勝手に女子生徒に対する評論会を開催していた。


 全校生徒を巻き込んだイベントで、普段部活以外で先輩後輩と接することのない生徒は、この日に初めて目にするクラス以外の生徒もいるのだろう。


 体操着は上が白いシャツで、下がジャージか、女子はハーフパンツ。それが学年によって色分けされており、僕らの1年は赤色で、2年が緑。3年が青となっている。

 そのため体操着に着替えると、学年が一目瞭然で、憧れの先輩や、気になる後輩を探すのに役に立つ。


 で、この三馬鹿さんは体育祭をいいことに、普段お目にかからない女子先輩たちを吟味しているというわけか。


 しょうもないこと、するよなぁ……


 でも向こうにいる、うちのクラスの女子のグループも、

「ねえ、今の先輩、見た? ちょーかっこいいんだけど」

「どこのクラスかな? 後で声かけちゃおうかな」

「ねえ、それよりも、サッカー部のキャプテン知らない? イケメンって聞いたんだけど?」


 ……んー どこもいっしょなんだな、考えることは。


 そうこうしているうちに、体育祭のプログラムは、2年生女子短距離走の種目に。


 勝手に盛り上がる三馬鹿。

「よし、きた! 今日一番の見どころ!」

「今年の2年生は創立以来一番の美少女ぞろいって言われるからな」

「これはぜってー 見逃せねーぜ」


 まるで競馬中継見ている、おっさんみたいだ。


「やっぱり2年生と言えば家庭科部の部長、花堂はなどう先輩だよな!」

「あの、知的で落ち着いた雰囲気!」

「それでいて家庭的で良き妻、お母さんって感じの、まさしく大和撫子って感じの!」


 ふーん そんな先輩がいるんだ。


「いやでも、秋芳あきよし先輩もなかなかだぞ」


 僕は知っている名前を耳にして、身体がピクッと反応してしまった。


「茶道部の秋芳先輩も可愛いんだよなー」

「なんかアイドルみたいで、明るくて活発な」

「花堂先輩に、秋芳先輩かー 選べないなー」


 勝手に自分たちとは縁のない先輩二人を評価するとは……

 まあ、しかし、部長の評判はなかなかのようだ。見た目は正統派美少女アイドルだもんね。

 実際の性格を知っているのかどうかは別として……


「そう言えば茶道部の他の部員も美人ぞろいっていうじゃん」


 またもや茶道部という言葉に、僕の体は反応して、ピクッと震える。


「そういえば、うちのクラスに誰か茶道部のやつ、いなかったっけ?」


 ……

 ……それ……僕です。


「ちょうど今から2年女子の短距離、始まるから見て見ようぜ」


 2年生女子の種目かぁ……

 茶道部の部員として、ここはせっかくだから先輩方の勇姿でも拝んでおこうかな。 


 一番最初に発見したのが、遠野先輩。


「あれが、遠野先輩だぜ!」

「小っちゃいけど、出るとこは出てるんだよな」

「制服姿は、めっちゃ可愛いんだぜ! ギャルみたいでさ!」


 遠野先輩の評判って、そんな感じなんだ。

 僕的には小悪魔的な先輩だと思っているのだが。

  

 あー 遠野先輩、やる気ないなー 

 全力で走ってない。絶対手を抜いて走っている。

 こういうのに興味なさそうだもんな―



 次に目にしたのが南先輩。


「南先輩、スポーツ万能なんだよなー」

「いい姉貴って感じだよな」

「あれ、そういえばこの前、うちの生徒が南先輩にさらわれてなかったっけ?」


 ……

 ……それ……僕です。


 さすが南先輩、他の走者を抜いて、1位となった。

 かっこいいよね、やっぱり。僕よりか身体能力は上なんじゃないだろうか。

 どちらかというと男子よりか、隣の女子たちがキャーキャー騒いでる。



 その次は深谷先輩。


「いやー でかいな」

「うむ、大きい」

「サイズはいくつなんだ?」


 深谷先輩の存在価値って、胸の大きさだけなのか?

 結構いいところも……あると……思う……のだけど……


 いやー 遅いなー 深谷先輩。

 まぁ、胸に大きな重り付けてるようなハンデを二つ抱えてるから、しょうがないか。

 深谷先輩って、勉強できそうだけど、運動は苦手なのかな?


 そして最後となった秋芳部長。

 周りの男子どもが色めき立つ。


「うぉー あきよし先輩!」

「結婚してくれー!」

「俺に先輩のお抹茶、飲ませてくれー」


 ……バカを隠し通そうとしない、すがすがしいまでの三馬鹿トリオ。


 しかしこの周りの雰囲気。

 やっぱり人気者なんだな、部長って。

 もしかして、秘密裏にファンクラブとかあるんじゃない? 


 部長の勇姿は、周りの人だかりによって拝むことはできなかったが、どうやら2位でゴールしたようだ。

 足、速そうだもんね。

 いつも動き回っているような印象するし。


 しかしまあ、茶道部の先輩方は結構な人気なんだな。

 僕に言わせれば、みんな変人奇人の部類だと思うのだけれども。


 ともあれ、こんなことをしながら無事に体育祭は終わりを告げた。


 いやー 何の事件も起きなくてよかった。



 僕たち生徒はいったん着替えた後、ホームルームのため、自分たちのクラスへと戻っていった。


 ……そこでは、先生が来るまでの間、三馬鹿トリオが僕の席の前で騒いでいた。そこに他の男子生徒が群がる。


「これなら、いくら出せる?」

「昼飯、3日分!」

「まだまだ!」

「5日分!」

「よし、決まり!」


 いったい何をさっきからやっているんだろう?


 ちょっと僕は席を立ち、中を覗き見る……


 スマホの……画面を見て……

 って、画面に写ってるの、体操着姿の女子生徒じゃん!

 盗撮だよ、盗撮!

 体育祭の時の写真を撮って、それをみんなで共有してるんだ。

 やめてよ!

 そんなことすると、校内スマホ所持禁止とかになっちゃうから!


 そして三馬鹿トリオ筆頭、千葉君が叫びだす。


「そして今日一番のベストショット、奇跡の一枚です。これは見せるだけ、誰にも渡しません!」


 なんなの、ベストショットって。

 奇跡の一枚って?

 体育祭は、いつからコスプレ撮影会になったんだ?


「なんとこれは、秋芳先輩の奇跡の写真!」


 え? 部長の?


 それを聞いた瞬間、

 神聖なものが汚された、僕だけの秘密基地を発見されてしまったような、何とも言えない喪失感が僕を襲った。

 

 やめてくれよ、部長はそんな扱いを受けるような人ではないんだから……


 でも僕はその画像が何なのか確認したくて、群衆をこじ開けて見ようとする。


 するとそこには……


 奇跡の一枚と称するのふさわしいほどの、美しい部長の姿が……


 長い髪を持ち上げ、鉢巻を締めようとする瞬間の写真。

 風にたなびく艶やかな黒髪と、見あげるような顔に凛とした表情。


 部長……すごく……奇麗だ……

 これは確かに決定的瞬間かもしれない。


「これは誰にもやらねー 見せるだけ!」

「ふざけんなー」「独り占めすんなー」「ずりーぞ」「自慢したいだけじゃないか!」


 周囲から罵声を浴びせられ、さすがに困ったのか、

「じゃあ、それに見合う写真と交換といこうじゃねえか!」


 そういうと皆一斉にスマホを取り出す。


 僕も無意識にスマホを覗き込んでいた。

 部長の写真が欲しい、というわけでもないが、なんとかして取り返したいという思いのほうが強かったのかもしれない。


 でも、買ったばかりのスマホ。

 体育祭ではずーっとしまったままだったし。

 画像ったって、茶道部の写真しかない。


 ん〜〜

 しこも、茶道部で撮った写真は、正直誰にも渡したくない。

 僕にとって大事な思い出であり、なにかと交換するような安っぽい代物なんかではない。

 そういう次元の問題ではないのだ。


 ……でも、その写真、欲しいなぁ……


「春山も、なんかいい写真持っているのか?」

「え?」


 急に千葉君に声を掛けられびっくりする。


 ……っていうか、僕の名前、知ってたんだ。 


「お前もおとなしい顔して、そういうのには興味あんのな」


 と言って僕のスマホを覗き見る。


「ちょっと、なに勝手に……」

「うおぉぉぉー!! これーわぁ!」

 

 僕のを勝手に見始めた千葉君が、急に叫び声をあげた。


「これ……誰だよ……めちゃくちゃ、可愛いじゃんかよぉぉ……」


 かなりの衝撃を受けたかのような、声を震わせ、体を揺らす千葉君。


 誰だよって、みんな知ってる茶道部の先輩しか写って……


 あっ……!


 ……



 ………これ、



 …………僕です。


 この前、化粧させられて撮られたやつだ……


「おい、これ、誰だよ! 教えてくれよ!」

「え? さ、さぁ…… 僕も先輩からもらったんで……」


「おい、ちょっとみんな! きてくれ!」


 あっ!

 ああ―――!!

 大変なことに!

 やばいことになってきたぞ!!


「この子、めちゃくちゃ可愛くね!?」

「やっば、レベル高」

「誰かしらね?」

「わかんねーな。でも、うちの制服だろ。緑のスカーフだから2年生?」


 やばいやばい。どうしよう……

 とんでもないことに、なってきたぞ。


「頼む、春山! この画像くれ! この奇跡の一枚と交換で」

「え? えー えっと…… 

 んー まぁ…………いいよ」


「よっしゃー!」

「……そのかわり、ほかの人に渡したりネットとかに載せないでよ」


「了解! よし。毎晩、画面越しに、この子とキスして寝るぜ」


 うっっわっ! きも!


 えらいことになってしまった。

 でもこうして、部長の奇跡の一枚の写真を手に入れることができた。

 ……しかし、失ったものも大きかった。


 誰にも知らない、知られちゃいけない。

 その写真が僕だということを……


 女装癖があるとか思われたら、僕はもうこのクラスには、学校にはいられなくなる。


 さっき、茶道部の先輩方を変態呼ばわりして、申し訳ありませんでした。

 僕もその変態の仲間入りを果たすことになりました……

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