第15話 お化粧をしよう
今日の放課後も、僕は真面目に部活に専念する。僕は部活のある日は毎回参加している。
しかし今日は珍しく、いつもは来ない先輩が一人来ていた。
不真面目な遠野先輩が部活に参加していたのだ。
深谷先輩がお点前の稽古をする。
それを、
今日の遠野先輩は、化粧も控えめのようだ。
ネイルも付けていないし、貴金属も付けていない。
化粧なんてしなくても遠野先輩は十分可愛い。
僕的には、今日みたいな素朴な感じの方が好きだ。
久しぶりであまり話す機会がないので、つい声をかけてしまう。
「遠野先輩って、あんまり部活には来られないんですよね?」
「まーね。遊んだり、バイトだったりでねー」
「じゃあ、今日は?」
「そーねー バイトなかったし」
そう、気怠そうに話す。
チャラチャラしてて不真面目で、なんでこのような人が茶道部に入ってるんだろう?
「それにー 今日は体育あったから。爪とかメイク、落としちゃったからねえー」
「なるほど」
部活に来る基準って、そんなもんなんだ。
「茶道の時は、口紅はひかえないとねー
あとぉ、指とかにアクセサリーつけたりするのもー」
「そうなんですか?」
「お茶碗ー 傷つたりするからねー
だから時計もしないしー リングもなしー」
「へー」
そこで僕は、根本的な疑問が浮かんだ。
「なんで化粧するんですかねえ?」
「はあ?」
「いや、別にそのままでも遠野先輩とか、きれいじゃないですか」
そういえば部長は化粧も指輪などもしてない。それでいて十分きれいだから。
する必要なんてないのに、なんでそんな面倒なこと、女子はするのだろうか?
は――――
っと、遠野先輩は悲しそうに、深く長いため息を吐いた。
「もー わかってないなー 春くんはぁ!」
「はい?」
「メイクしなくても成り立つ女の子なんてぇー
ほんと一握りの、本物の美人くらいよー」
「そうですか?」
そう言われて、僕はなぜか部長の方に顔を向ける。
部長は「ん?」という顔をしている。
「カナちゃんも言ってやってよー 女の子って大変だって」
「そうね、お化粧も大切よね」
「そうなんですか?」
「お姉ちゃんとか、毎日やってるけど、これはマナーだって」
「化粧がマナーなんですか?」
「そう、社会の身だしなみだって」
まー そう言われれば……そうだろうけど。
「男だって、ひげ剃ったりするでしょー」
「はぁ……」
「大変なのよー、毎日メイクするのってー」
「まぁ……」
「女の子同士の関係もあるしー」
「ん……」
「男の子への見た目もあるしー 自分自身の自信を待たすためもあるしー」
「へぇ……」
矢継ぎ早に持論を唱える遠野先輩。
……よく分からないけど、まあ、そういうことなんだろう。
「春くん、わかったー? 女の子のすっぴんは、裸も同然なのー」
「は、裸? そんな、また、大げさな」
「もー 全然、分かってないでしょー 春くん!」
「いやー 何となく事情は分かりましたから……」
「ホント、ハズイんだからー! じゃあ、春くん、今から裸で外、歩いてよー!」
「いや、それはちょっと……」
やばいやばい、なんか遠野先輩、怒り出した。
この人たち怒らせたらヤバそうだ。
本気で僕を裸にして、外へと放り投げかねない。
「すみません、僕の勉強不足でした。すみませんでした」
「もー!!」
ここは平謝りして、なんとか怒りは静まったようだ。
「でも、部長はお化粧してないですけど、マナー違反じゃないんですか?」
「私の場合はね、茶道とか、わびさびの世界観とかあるからね。でも、少しくらいはするよ。身だしなみとして」
んー 全然、よく分からない。
「春山くんには、まだ早いかもね」
「すみません、ちょっと分からないです」
「なんか、むかつくわねー 他人事みたいで。
女の子の気持ちなんてー 分かんないんでしょー!」
僕、また変なこと言ったのだろうか、遠野先輩がまたイライラし始めてしまった。
「いや別に、そこまで言ってはいないです、って」
「じゃあ、春山くんもお化粧してみたら? 女の子の気持ちわかるかもよ」
「はあぁ?」
また部長がとんでもないこと言い放った!
「いーね、やろうやろうー」
それに乗っかる、今さっきまで怒っていたはずの遠野先輩。
「ちょっと、待ってください。今、部活中ですし……」
「今、メイク道具持ってくるからねー」
ちょっと、本気? 本当にやるの?
遠野先輩、めちゃくちゃ張り切って、やる気満々じゃん。
部活ではそんな姿見せないのに。
ここは早いとこ、逃げよう……ああっ!
部長に、いつの間にか後ろに回り込まれ、羽交い絞めにされた!
「春山くん。せっかくだから、やってみよう、ね」
「やめてください!」
助けを求めようと深谷先輩の方に視線を向けるも、静観を決めた先輩は一人静かにお茶を飲んでいる。
あぁ、僕は、茶道部唯一の良心に見放されてしまった……
そして、小さなポーチを持って戻ってきた遠野先輩が、僕の目の前に……
「春くん、じっーとしてないとぉー 顔に穴開くよぉー」
穴!? なんで!?
化粧ってそんなに怖いの?
「目ー 閉じてー」
こわいこわいこわいーって!!
「やめてください!」
「口閉じないと、粉、入っちゃうよー」
粉? 何の粉?
変な薬じゃないの?
身動き取れない僕の顔一面に何かでパタパタされて、瞼を先っぽでシュッシュされて、口に何か塗られて……
「眉毛も……ちょっと、剃っちゃおうかなー」
えー!? 剃るって、なに?
こわいこわい……
~数十分後~
「できたー」
遠野先輩の声で、部長の羽交い絞めも解ける。
「ふー 我ながらよくできたー」
「すごい! 春山くん、かわいいよ!」
……かわいいとか言われても嬉しくないんですけど。
カシャカシャ!!
えっ?
部長の構えたスマホから?
シャッター音が鳴り響く!?
「ちょっと部長、やめてくださいって」
もう疲労感がマックスで、抵抗する気力も、動く元気もない……
「ねえ、みーちゃん、見て見て! 春山くん、こんなに可愛くなったよ!」
連れてこなくていいですよ、もう……
かったるそうにやって来た深谷先輩が、まじまじと僕の顔を覗き見る。
目を細め、顔を舐め回すように見られる。
そして一言。
「なんか…………かわいいじゃん。むかつくけど」
まさかの好印象!
いったい僕はどうなってしまったのだ?
「見てみる?」
「はい……」
部長から手鏡を受け取る。
おそるおそる、僕は鏡の中を覗き込む。
……すると?
なんと!?
鏡の中には、その辺に普通にいそうな女の子の顔が!?
大きなクリクリした目に、うっすら桃色がかった肌。
つやつやの唇は、落ち着いた朱色とピンクの間の自然な色に。
……って、よく見れば自分自身の、僕の顔だってわかるし。
見慣れたよく知っている僕の顔が、女の子みたいになっているので、なんだか気持ち悪い。
横では相変わらずの部長が、目をうるうるさせて、
「春山くん、すーっごく、かわいいよ。わー かわいいー」
と、身体をねじらせて、一人悶えてる。
「もうちょっと、髪の毛が長かったらねー」
「持ってるよー ウィッグ」
もう……好きにしてちょうだい……
「髪が長い方が、もっとかわいいー 私とおそろいの長さだね」
「悪くないねー」
二人の先輩にもてあそばれる僕。
今日、結局、僕、一度も練習してないや……
「ねぇ、こうなったら、制服着せちゃおうか?」
え?
「あたしの入るかなー 体操着持ってるから、脱ごうか?」
えっ!? え!?
「ちょっと待っててー 服、脱ぐからー」
遠野先輩が恐ろしいこと言ってる!
女子の制服、着せようとしてるの!?
「まっ、待ってください。それだけは、それだけはダメですって!」
「なんで? せっかく可愛くなったんだから、女の子の制服着て、みんなでお散歩しようよ!」
「ダメです! 絶対にダメです!」
そんなことしたら死ぬ!
社会的に死んでしまう。
少なくとも、学校には来れなくなる!
「じゃあ、上着脱いでねー」
「嫌です!」
……その後、セーラー服を着せられた段階で、
土下座して散歩までは回避させてもらいました。
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