第7話 道具をそろえよう

 今日の稽古で4月中の部活は終わりになる。


 入学式から今日まで、目まぐるしい毎日で、1か月があっという間に過ぎ去ってしまった。


 高校生活も慣れてはきたのだが、部活には今だ慣れていない。

 というか、茶道部入部後の4月下旬の時の流れだけ、異様に早く感じられる。


 明後日から5月の連休に入る。

 学校も部活も、しばらくはない日々。

 正直、新生活での疲れが溜まっていた。まあ、その大半の原因は部活なんだけど。

 そんなわけで、この連休は家でじっとしていて、ゆっくりしていたい。

 別にどこかへ一緒に遊びに行く友達もいないことだし。


 しかし、しばらく秋芳あきよし部長たちともお別れかー

 嬉しいような寂しいような。



 部活終わりの帰り道。

 この前同様、僕と秋芳部長、深谷先輩と3人並んで歩いてる。


 そこで思い出したかのように部長が尋ねてきた。

「春山くん?」

「はい」


「今度の連休、何してるの? どこか旅行とか行くの?」

「え? あー まあ、予定はないですけど。家にいるだけです」


「そうなんだ。あのね、連休中に一回部活やろうかなって思ってるんだけど」


 学校休みでも部活やるんですか……

 うっかり予定ないって言ってしまった。


「1日でも茶室を開けて、風通しよくしておきたいんだ。それなら、せっかくだからお稽古もしようかなーって」

「ええ、いいですけど……」


 まあ、1日くらいなら……


「その前に、いい? 春山君」


 そこに深谷先輩が話に入ってきた。


「なんですか?」

「春山君? お金いくらある?」


 えっ? お金? カツアゲですか!?


「なんか変なこと考えてるでしょ!」

「い、いや別に、なにも」


「あなたに、茶道に使う道具を一式そろえてもらいたいから。それにはお金かかるから、いくらまで出せるかってことよ!」


 あー びっくりした。

 そうでしたか。なるほど。


「そしたら一緒に道具、買いに行こう」


 今度は部長が、テンション高めに割って入ってくる。


「一緒に? 買いに? ですか?」


「最低限必要なものは自分用として持っておいた方がいいわ」

「必要なもの?」


帛紗ふくさ扇子せんす懐紙かいし楊枝ようじ、くらいかしらね。全部で1万はしないと思うけど、出せる?」

「ええ、まあ、大丈夫ですけど」


 と、深谷先輩が説明してくれるが、専門用語がよく理解できない。


 ふくさ、は、まあいいとして、扇子? かいしってなに? 楊枝なんかも買うの?

 そのうち、よくわからないバカ高い壺とか茶碗、買わされるんじゃなかろうか……


 難しい顔をしているであろう僕に、今度は部長が優しく話す。


「どこで、どんなの買えばいいか分からないでしょ?」

「そう、ですね」

「そしたら、今度の休みの日、みんなで買いに行こう。私も一緒に選んであげる」


 部長たちと買い物?


 休みの日に買い物……

 

 ショッピング……

 

 ……デート!??


 いやいや、これは部活だよね。

 ショッピングとか、そーゆうのとは違うよね。


「どうしたの?」

「あ、いや別に……」


 これも茶道部の稽古の一つ。

 っていうか、連休の1日がまた消えて、連休じゃなくなった。 


「あの……どの辺まで行く予定ですか?」

「そんなに遠くじゃないよ。電車で終点まで。そこの駅ビルにお店あるから、近いよ」


 休みの日に電車に乗って繁華街まで。

 これはもう完全にデート……じゃない、まぎれもなく部活動。

 部活だけど制服で? いやいや、私服で? だよね。学校じゃないし。 

 部長たちの私服? 見てみたいような……

 って、僕も私服? そんなオシャレしたことないし、女の子と一緒に歩く服なんて。

 そもそも、休みの日に女の子と歩くって、僕の人生初なんじゃ……


「あの部長! その日って制服着ていくんですか?」

「えっ?」


「春山君、なに言ってるの? あなたは休みの日でも、学ランきて買い物行ってるの?」


 深谷先輩に可哀そうな子を見るような目つきでバカにされた。


 確かにそうですけど……


 そうこうしているうちに、分かれ道の十字路に着く。


「詳しいこと決まったらメールするね」

「わかりました。お疲れ様です」

「またねー」


 二人と別れ、家に向かう僕。

 今日も帰ってから、いろいろと考えることが多そうだ。


 一人家に向って歩いていると、後ろから声が……


「春山くんー!」


 部長?


 僕の後を部長が小走りで追いかけてきた。


「春山くん、これ貸してあげる」


 ちょっとだけ息を切らせながら言って手渡してくれたのが、

「帛紗(ふくさ)?」

 今日の稽古で借りて、部活が終わって返した部長の物だ。


「しばらく部活ないから、これで練習してみて」

「あ……はい。ありがとうございます」


「それじゃぁ、またね!」


 そういって笑顔でバイバイと手を振ると、また小走りで深谷先輩が待っているところまで戻っていった。


 ん……これ渡されてもな〜


 とりあえず朱い色が目立つので、ポケットに入れて家に帰った。


 自室に戻って着替えて、しばらく漫画見たりゲームしたりしてゴロゴロしていると、制服の上着のポケットに入れっぱなしの帛紗の存在を思い出した。


 練習……する……のか?


 せっかく部長が貸してくれたんだし、とりあえず取り出してみる。


 しかし、何度触っても、触り心地がいい。

 こうやって触っていると、部長の手をさすっているような感覚だ。


 ……我ながら気持ち悪いこと思ってるよな。


 それを、広げたり、たたんだり。


 そのたびに、あの時、部長に握られた手の感触がよみがえる。


 これじゃあ、練習にならないよ……


 しばらく僕は、手にした朱色の帛紗を眺める。


 そして、ふと、それを鼻先まで持ってくる。


 あっ…… いい匂いがする!?


 線香の匂いだろうか?


 どこか懐かしく、かすかに甘く、優しい匂い……


 これは確かどこかで……そうだ、初めて茶室に入った時、この匂いがしていたような。


 これは茶室の匂いなのか。

 それとも部長の香りなのか……


 あまりにも心落ち着く香りのせいで、

 僕は練習することも忘れ、

 しばらく手を止め、

 香りの中で秋芳部長のことを思うのだった。

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