万病の覇王 ~ジョブ『キノコ農家』の俺、菌の力で無双する。燃料確保・食料生産・消毒治療・環境保全・疫病攻撃、何でもできます。え、美少女たちが次々に恋の病に罹っている? 何それ、知らん。怖……~
ポテッ党
第1話 『キノコ農家』 恐神キョウマ
『ジョブ キノコ農家』
俺 恐神キョウマの目の前に浮かぶ光る板には、そう記されていた。
「うそ、だろ……」
思わず唖然とした声が俺の口から漏れる。
ジョブとは、このモンスター溢れる現代の地球において、人類文明の基幹となる力だ。
半世紀前の『魔力黎明』によって地球人口が半減していながらも、未だ人類が絶滅していない主な理由でもある。
そのジョブは大別して二種類に分けられる。
高い身体能力値(STR・AGI・VIT)や魔法行使能力などを獲得できる、戦闘職。
そして農耕・牧畜・建築・製造を行うことができる、生産職。
ジョブの数は未だ底が見えないほど多く発見されているが、この二つにまずは分けられる。
そしてこの時代の花形とは、やはり戦闘職だ。
モンスターの溢れる現代においては、自衛の力は必要不可欠だということは想像に難くないだろう。
銃火器すらも弾き、中には核兵器すらもねじ伏せる『怪獣』の存在する現代。そんな時代において人類が未だ霊長の座争いに参加できているのは、ひとえに『超越職』を代表とする超人、あるいは人外のおかげだ。
そんな時代において、生産職はどうしても下に見られがちとなる。
だが必要不可欠な職業であることは疑いようもない。
でも……。
「き、キノコ農家はないだろ……」
十歳のジョブ選定の儀を受け終わった俺は、そう呆然と呟いた。
「まあ、その、何だ。どんなジョブにだって、役立つ所はあるさ。気を落とさずにな」
『神父』のおじさんが、そう言って肩に手をポンと置いてくる。
俺にはソレを振り払うだけの気力もなかった。
「はい……」
そう力なく返事すると、期待で目を輝かせている両親の元へと戻っていく。
「どうだった、キョウマ? どんなジョブだった?」
「きっとキョウマの事だ! 戦士、あるいは剣士か!? いや、いきなり中級職ってことも——「『キノコ農家』」
「「え?」」
「俺のジョブは『キノコ農家』です……」
痛いほどの沈黙が周囲に降りる。
その沈黙を破ったのは下品な笑い声だった。
「ギャハハハハハ!! キノコ農家なんてジョブ、聞いたことねえぞ! どんだけマイナーなジョブ、手に入れてんだよ!」
同い年の前田ケンだ。
そいつは口の端を楽し気に歪める。
「俺の『剣士』と比べたら、そんなの屁みたいなジョブだぜ! いや、キノコだから雑草みたいなもんか?」
「キノコは、菌だぞ……」
「じゃあばい菌みたいなジョブだな!」
「こら、ケン!!」
前田ケンの頭にゲンコツが振り下ろされる。
「人のジョブを馬鹿にしちゃいけないって習わなかったのか!!」
「と、父さん……」
「すいませんね、うちの子が……」
「い、いえいえ。子供のやることですから……」
うちの両親は俺に向き直ると、ゆっくりとこう言った。
「いいか、キョウマ。人の価値はジョブじゃない。どんなジョブでも腐らずにできることをやるのが大事なんだ」
「そうよ。キョウマだったら、大丈夫よ」
「うん……、ありがとう……」
転職したい。
両親の言葉は右耳から左耳に流れていく。
ジョブというのものは転職できる。
だからこのジョブは変えようと思えば変えられる。
しかし。
しかしだ。
初めて就いたジョブは、その当人のジョブ適性を象徴していると言われている。
『剣士』ならば剣を使うジョブ全般に適性があり、槍はあまり得意ではない。
『戦士』ならば、剣も槍も弓も自在に操れる。
『魔術師』ならば魔術を扱うジョブならば、魔術全般に適性があり、『炎属性魔術師』ならば火属性への適性が大きい分、他の属性への適性は小さい。
生産職も同様だ。
『農家』ならば、農耕全般に適性があり、『米農家』ならば穀物類に適性が限定されてしまう。
じゃあ、『キノコ農家』は?
他に何のジョブに適性があるっていうんだ?
「ちょっと、一人にしてほしい……」
そう言って、俺は村の外れへと向かうのであった。
□
「はぁ」
小川に向かって、小石を投げる。
小石は放物線を描いて、ポチャリと小川の中に落ちた。
そしてそのまま流されていく。
俺もあの小石のように周囲の流れに身を任せるだけの人生になるのだろうか。
そんなことを考えていると俺の耳に足音が届いた。
俺の視界の端に現れたのは見慣れた、そしてそれでも整った顔立ちの茶髪を二房三つ編みにした同い年の少女だった。
「キョウマ」
「ミライか。……ミライはどんなジョブだった?」
「私は……」
「遠慮なく言ってくれ」
「『回復術師』だったよ」
「そっか……」
少しだけ彼女も俺のようなドマイナージョブではないか、と期待してしまった。
そんな自分が、情けなかった。
「いいよな。ケンもミライも。戦闘職で。俺なんか『キノコ農家』だぜ。『キノコ』を育てて何になるっていうんだよ……」
俺は石ころを投げ捨てる。
まるで少しずつ自分の将来の可能性を、放り捨てているかのように。
「キョウマはさ。何になりたいの?」
「え? 何って、そりゃあ、剣士や魔術師になって、強くなって、金を稼いで、いろんなモノを買って。そんで……」
「それで?」
「それで、有名になりたい。この現代に名前を残すようなデカい人物になりたい」
「そっか、戦いたいわけじゃないんだね」
「それがどうしたっていうんだよ」
普段はしないような、棘のある口調でミライに問いかける。
「だったら、キノコ農家で有名になればいいじゃん」
「簡単に言うなよ。キノコ育てて、何になるっていうんだよ」
「私のお母さんが『薬師』だから、知っているんだけどね。薬用のキノコのうち、ほとんどは栽培方法が確立されていないんだって。その理由はキノコを専門で扱えるジョブがないからなんだ」
「……もしかして、それを俺にやれと?」
「やるかやらないかはキョウマの自由だよ。でも、世界に名を残すような人になりたいんでしょ。だったら、こんなところでふてくされている暇なんてないんじゃない?」
それに……、と少女は続けた。
「キョウマだったら、どんなジョブでも凄い人に成れるよ」
痛い指摘だった。
そしてその痛みが、俺の固まりかけていた心にヒビを入れた。
そして温かい励ましだった。
その熱が、俺の心に火をつけた。
「いいぜ。やってやるよ」
俺は立ち上がる。
「キノコでビッグになってやるよ!!」
俺も、ミライも、そして俺たち以外の誰も。
知る由もなかった。
彼女の励ましが、俺のみならず彼女自身の命運をも左右する物になろうとは。
それどころか、世界の運命さえも捻じ曲げてしまうとは。
この時点では誰も知る由はなかったのであった。
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