第19話 間男の崩壊~序~

「は……お、おい……今なんて言った?」

「さっきも言っただろう……出演する舞台の降板が決まったと言ったんだ。それにともなって、しばらくの間活動休止だ」


 それは、ゆうとが実彩子に殴られた翌日のことだった。

 事務所から緊急の呼び出しを受けたゆうとは、マネージャーから舞台の降板についての説明を受けていた。

「な、なんで……!」

「……とりあず、座れ。そして、これを見ろ」


 必死に怒りを押し殺すマネージャーはゆうとを着席させると、スマホを見せた。

 そこには。



『お、俺は……あ、あの松田ゆうとだぞ! 朝ドラで有名になって、イケメンだからモデルの仕事もするようになった、あ、あの松田ゆうとだぞ!』



「やめてくれよ!」


 慌てて、ゆうとは動画を止めた。


 それは、実彩子とゆうとが揉めた時の動画だった。通行人が撮った動画がSNSにアップされていたのだ。そしてリプ欄は、かなり荒れていた。

 


『きもすぎワロタ』

『ダサすぎるwww』

『女に殴られて泣くとかwww』

『コイツ、よくよくみたらブサイクじゃね?』

『ゆうと君って、本当はこんなんだ。ファンだったのが恥ずかしい』



「誰だよ、勝手に動画を撮ったのは! 誹謗中傷って言葉を知らねぇのか、クソが!」


 顔も名前も知らない、それも何百人もの人に悪口を言われるのは、ゆうととしてもダメージがでかかった。芸能活動や女遊びに支障をきたすのが分かっていたからだ。


(これも全部、あのバカ女のせいじゃねぇか……)


 髪を掻きむしりたい気持ちを必死に抑えるゆうとは、とあることに気づいた。


(そうか、わざわざこの動画を俺に見せたってことは……!)


 ゆうとの胸の内に、希望が宿る。

 彼の考えはこうだ。


 所属する事務所において、自分はかなりの売れっ子だ。そんな自分を手放すのは、事務所としても惜しいのだろう。このリプ欄には少しだけ真実が混ざっているが、当然嘘だって混ざっている。だからこそ弁護士を立てて、誹謗中傷を送った人物と戦い、この件をデマとして世間に認識させるのだと。そして精神的に傷ついた自分を、休ませるための期間でもあるのだろうと。


(仕事ができなくなるのは痛いけど、まぁ仕方ねぇな。その間に、新しい女を調達すればいいし)


 説教されてるはずのゆうとは、すぐに立ち直るや足を組むと、マネージャーに問いかける。


「んで、俺はいつまで休んどけばいいんだ?」

「……何を言ってるんだお前は」


「は? だから、事務所でこの動画をなんとかしてくれるって話じゃないのか? ま、確かにこの俺がいなくなると、アンタ達も仕事がなくなるだろ──」

「お前はもう何も口を開くなっ!」


 ゆうとの言葉を遮るマネージャーは、彼の胸倉を掴み上げる。


 血走った目でゆうとを睨むマネージャーには鬼気迫る気配があった。その雰囲気に充てられたのか、ゆうとは小さく悲鳴を漏らすと、口を閉ざしてしまった。


「お前のせいで、わが社の信用がどれだけ損なわれたと思っているんだ……」


 怒りで声を震わせるマネージャー。


 ゆうと──主演の不祥事のせいで、舞台は中止になる可能性だってあった。様々な人の協力あって中止こそならなかったが、急遽代役を立てないといけなかった。そして、宣伝ポスターなど、全て作り直しになる。当然、それらの費用は事務所が負担しないといけなかった。


 それだけじゃない。


 同業他社含めて取引先は、ゆうとのような問題児を抱えている事務所として認識することになる。つまりは、そんな事務所と仕事をしたい取引先が少なくなるのだ。


 怒りをなんとか抑え、マネージャーは話を進める。


「さっきも言ったが、お前は舞台の降板が決まっている。今回の不祥事とお前の今までの仕事態度。それらを踏まえて、契約の更新はしない、この意味が分かるな?」

「…………え?」


 足場から崩れ落ちるような衝撃と共に、ゆうとの頭の中は真っ白になった。そのせいで、マネージャーの言っていることが理解できなかった。


「元々、お前の評判は最悪だったんだ。それでも、たくさんのファンがいるし、実力があったから目を瞑ってきた。だがこんな不祥事がでたら、事務所側でもかばいきれない」


 そこで言葉を区切るマネージャー。

 そんなはずないって分かっている。なのに、まるでマネージャーの言葉が刃となって、首につけられているような錯覚を味わっていた。


「先の事を考えたんだ。お前のクビを切る方が事務所にとってプラスになるだろうなって」

「……い、いやだ」

「今更、何を言ってるんだ」


 歯をカタカタと鳴らす、ゆうとにマネージャーが鼻で笑う。

 ゆうとにもようやく、状況が飲み込めてきた。


 しかし、頭では理解していても、受け入れられない。

 そんなゆうとに対し、マネージャーは何やら楽しくなってきたのか、今にも歌い出しそうな口調で話しかける。


「いいか、もう一回言うぞ」

「……や、やめ──」

「お前はもうクビなんだ。もう二度と、俺達の前に現れないでくれ」


 冷ややかな視線を向けるマネージャーに、ゆうとは固まって動けなかった。


(俺が何をしたって言うんだよ……そこまでの事をしたのか、ど、どうしよう……)


「た、頼むよ……! 今度から真面目に働いてやるからさ!」


 切羽詰まった声をだすゆうとに、マネージャーは呆れたようにため息を吐く。


「俺から、芸能の仕事を奪わないでくれよ! た、頼むから……何でもするからぁ……」


 しまいには、涙ぐんだ声を出すゆうと。


「芸能の仕事がないと、俺が俺じゃなくなる……パーフェクトな俺の将来がぁ……!」


 心をえぐられたような激しい痛みが、ゆうとを襲っていた。芸能界で仕事する自分が、ゆうとは好きだった。パーフェクトな自分にはお似合いだからだ。しかしクビになれば、もう芸能界にはいられない。今回の動画の件も踏まえて、みじめな生活を送ることは確定だろう。それどころか、綺麗な女性とセックスだってできない。


 ゆうととしても、何とか回避しないといけなかった。


「た、頼むよぉ……お願いします、クビにしないでくださぃ……」


 自分のやったことを後悔し始めたゆうとだったが、もう遅すぎた。悪い行いをすれば、その罪は必ず自分の元までやってくる。


 えんえんと泣くゆうとを見るマネージャーは苛立たし気に舌打ちをした後。


「おい、コイツをつまみ出すから誰か手伝ってくれ!」

「い、いやだぁ……やだぁ……!」


 それからゆうとは、事務所の人間に引きずられるようにして、外に放りだされてしまった。


 すると、パシャリと音がした。


 ゆうとが顔を上げると、そこにはニヤニヤとした表情でカメラを構える男性が数人いた。マスコミだ。今回のスクープを報道しようと、事務所の前で待機していたのだろう。


 泣き腫らしたゆうとの顔を見て確信したのか、フラッシュ音が次々に鳴る。見出しの一面としてはできすぎだった。


「う、うわぁあああああ!」


 たまらず、叫び声を上げるゆうとはマスコミたちから走って逃げていく。


 だが、この時のゆうとはまだ知らなかった。

 罪の重さに比例して、その罰は逃がさないように必ず追いかけてくる。

 ゆうとの崩壊はまだ終わらないのだ。


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 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 また明日、更新します。

 返信できていませんが、コメント等、いつも本当にありがとうございます!

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