言の葉の軽重

「ボルヌが出頭したそうだ」


 その言葉、その意味、それの指し示す事実に、マンセスは驚愕し、背を向け続けていた現実を直視する。彼が振り返り、見たのは、彼を直視せず、目線を逸らした同僚の姿だった。

 マンセスの中で停滞していた何か、何とも知れぬ何かが、濁流となって彼を飲み込んだ。怒りか、悲しみか、諦めか、はたまた別の何かなのか。それらの中で彼が強く感じ得たのは、驚愕、であった。


「君等はボルヌにも手を出したのか⁈」


 マンセスの怒号に似た叫びは、その場全体を震わせた。先程まであった冷静さなど、彼にはもうなかった。冷静さを取り戻す為に非現実の世界に、思い出の園に逃避する事などもうできなかった。現実に目を向けてしまった彼が、今更目を逸らす事など不可能だったのだ。

 ユーラはマンセスより更に過酷な心境にあった。彼はマンセス程に、現実に目を向けていなかった。逸らし続けてきたのだ。マンセスが背を向けてくれていたからこそ、彼は直視できたのだ。自身が招いた、現状に。


「そう言う旨の命が、クダされたからだ」


 ユーラはマンセスの問いへの答えをこれしか持ち合わせていなかった。どれほど言葉で着飾ったところで、本質は変わらない。身軽なはずの言葉は、しかし、心を軽くはしてくれない様だった。口を閉じるたびに彼の心は重く、沈んで行っていた。

 マンセスはそんなユーラの重さのない軽薄な言葉に即座に反応した。彼には話したい事も、話すべき事も沢山ある。それになんの意味がなくとも、彼はそうせざるを得なかった。


「いつから星座会は参事会の飼い犬に成り下がったのか⁈幾世紀も前の先達が何故ナニユエに魔法のイタダキを創ったのか、その意味すらも忘却の彼方にホウムり去ったとでも言うつもりかッ⁈」


「否ッ!断じて否ッ‼︎」


「ならば、今のこの状況は何なのだ?」


「七博士の過半数が、参事会に委ねるべき、と決した結果だ。採決の時立ち会っていなかったのは…マンセス、君とボルヌだけだった。不運だったとしか言いようがない。参事等はあの場を我々の忠誠心を確認する場にしたのだ」


「どういう事だ?何を参事会の裁可に委ねたと?」


「以前君から要請があって検討していた『神樹探索』を承認するか否か、だ」


「なるほどな。それでは私とボルヌが立ち会えてないわけだ。しかし、そこに参事会を巻き込む事を提示したのは誰だ?」


 マンセスの声に、ユーラはたじろいだ。最も聞かれたくなかった事だった。彼が、彼自身からも守ってきたもの、必死に目を逸らしてきたもの、決して知られたくなどなかったものを、見たくもない自分をこの雨の中、晒す。

 引きつった口は、脆弱な彼自身の意思の様に、弱々しい声を押し出した。雨音でかき消される事を、少し期待したからでもあった。


「もう、わかっているだろうに」


 それまでの言葉と同じ様に、軽薄で、無責任な言葉だった。万事相手任せ、流れ任せの醜い声。その醜さはかき消される事なく、マンセスの心の泉を汚して行った。

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