第2章 世界樹の聖女、子育てをはじめました
聖女と新たな世界樹のプロローグはテンポ・ルバートに
夢、というよりは。
きっと、意識に飛び込んできたのだと思う。
――世界樹と聖女は、同調しやすいからのぉ。
樫の木お爺ちゃんの、穏やかな声。あれは世界樹と聖女の関係について、講義をしてもらった時だった。
――若い
ふぉっふぉっふぉ。
お爺ちゃんの優しい声が響いて、そして――。
掻き
消える。
(……んっ)
情報量が多い。
気脈から、
文字。
言語。
魔術。
気脈。
でも。
頭が
痛い。
が
できな
い。
あ
アス。
そう呼んだら――。
遠くで。
「櫻っ!」
そう私の名前を呼んでくれて――。
どうしてだろう。
アスに抱きしめられたような。
そんな。
夢を見た気がした。
■■■
ごぉごぉごぉ。
不思議な光景が、眼下に広がる。
高校生のお兄さんと(あの制服は、見たことがある)それから、巫女装束のお姉さん。お姉さんの後ろには、同じく巫女装束の幼女。それぞれ、お兄さんは赤い龍。巫女さん達は青い龍に、またがり空を駆ける。私はそんな夢を見ていた。
「お嬢、わざわざ空から行く必要あるか? それと、確かに御庭番は許可を出したけどさ、当日、行くってどうなん?」
「紺野君、状況は予断を許さないんですよ。良いですか? 世界樹の新芽が結界で守られている。これも、ほんの数日のことです。守護者がいないのであれば、手を差し伸べるべきです。そうですよね、
「はい、姉様。そう思います」
小百合と呼ばれた、幼い巫女さんはコクンと頷く。
「でも、世界樹だろ? 強く逞しく生きていくんじゃねぇの?」
「甘いです、甘過ぎです。激甘です。甘納豆です」
「……意味わかんねぇし」
「でも、マサ君は放っておけないよね」
「マーちゃんの悪いクセ。もう少し、ちゃんと考えるべき。でも、仕方がない。お嫁さんとして、私がサポートするから、任せて」
「ちょっと、青葉? 一番はボクだよ。マサ君とボクが今日、デートなんだからね」
「帰りは私。マーちゃん、今夜は寝かせないって約束したもん」
「いや、寝かせないとは言ってな……」
赤龍、青龍。そしてお兄さんのやり取りに、お姉さんはクスリと微笑む。
「はいはい、そこまでですよ。これはデートじゃないですからね。それにしても……ふむふむ……これだけ、しっかりした結界なら、本体は当分、大丈夫そうですね」
「はい、姉様」
巫女さん達は頷き合う。
「……お嬢、珍しいな。もしかして、焦ってる?」
「それほどのことですよ。たったの数刻で、浄化をした榊原さんもさることながら、世界樹の種です。この地の御神木など、足下にも及びません。小百合に匹敵するほどです」
お姉さんの言葉に、妹分の小百合ちゃんは、フルフルと首を横に振る。
「私以上、だと思うの」
「そう……」
巫女さんが、頷くのと同時に。風が凪ぐ。
「清浄な霊気が、渦巻いていますね」
その声に呼応して、龍も旋回する。
かつて御神木が立っていた場所に、盆栽かと思わせる、桜の木が立っていた。
「芽、じゃないの?」
「聖女の魔力が行使された地ですよ。ただ、流石に想像をこえてますね。これは、やっぱり――」
巫女さんは言葉を切る。
「なに?」
「いえ、庭番見習の子達、消されなくて良かったと思っただけです。少なくとも、局長さんは意図を汲んで、気にかけてくれるでしょうから」
「……え? そんな展開だったの?」
「そりゃ、そうですよ。
「「了解です!」」
2匹の龍は声を合わせ、ゆっくりと降り立った。
そこには、3歳くらいの女の子が、半泣きになりながら、誰かを探しているようで。桜の花片を描いた着物を身に包んだ出で立ちは、まるで昔の自分を見ているようだった。
「ママ……パパ……どこ? ママ……!」
どうしてだろう。
その声を聞いただけで、胸が張り裂けそうになるのは。
「あらあら」
巫女さんは、手をのばした瞬間。
ぱちんっ。
見えない何かが、弾け――幼女との間の何かが巫女さんの手を阻む。
「大丈夫ですよ。心配しなくても」
にっこり笑う。それから、もう一度、髪を撫でる。今度は、抵抗はなかった。
「私達はね、
「お姉たんは、パパとママを知っちぇるの?」
「少しだけ。お姉ちゃんも、パパとママのお友達になりたいと思っていますよ」
もう一度、その髪を撫でる。
「さぁ、紺野君」
「ん?」
「出番ですよ」
「俺が、このガキを案内するのか? 冗談は止めてくれって。絶対、人見知りして泣かれるパターンじゃん。俺、子どもの扱いは良く分からないぞ?」
「寝言は寝てから言えです。それとも、最近は緩いお仕事ばかりで退屈でしたか?」
「どこが! むしろ、適正な労働環境と、待遇向上をお願いしたいわ!」
「あら、音無家はホワイト経営で有名なんですけど…… 適正な査定の結果だと思います。確かに、清浄な空気に包まれて、感知しにくいと思いますが。怨人の出現ぐらい察っして欲しいものです」
「鬼か?! まだ、半径3キロ。余裕だろ」
「この子を前に、怨人と接触するつもりですか。紺野君……鬼ですね」
「鬼だよ、悪かったな! 仕方ないじゃん、鬼だもん」
そう言いながら、お兄さんは渋々といった
月明かりが射さない、闇に潜り込み――そして、消えた。
「「大丈夫」」
龍がいた場所には、制服姿の女子高生が二人。
二人は、幼女の髪をそっと撫でる。
「「ママの所に、すぐ行けるからね」」
影が。
陰が。
蠢く、
暗闇が。
真っ黒に
歪んで。
怨嗟と
いう怨嗟を。
月明かりに一瞬、照らされた。
まるで影絵のようだった。
巨大な鬼が、影をその手で捕らえる姿が、一瞬垣間見えて。
雲が流れる。影絵は消える。
暗闇が
まっくろに
歪んで。
消える。
消えた。
消した。
雲が
流れて
凪いで。
清浄な空気が、巫女さんの髪を揺らす。
月明かりが、あの子達を照らした。
あの子が巫女さんに、優しく手を引かれたかと思えば。龍へと誘う。
雲が流れる。
まるで、早送りのよう。
月を一瞬、隠す。
でも――その隙間から、月光が世界樹を照らした。
葉が揺れる。
龍に幼女はまたがり。巫女さんが、優しく抱きしめた。
雲海を飛び越え、月に接近するような勢いで、空を駆け上がる。
「ママ……」
どうしてだろう。
この子を抱きしめなくちゃ。
そう思った私は、手をのばして。
(……あれ?)
暖かい感触に触れた気がして。
「無事に
そんな巫女のお姉さんの言葉を最後に、私の意識は落ちて。
■■■
それから。
ぽふん、と。
そんな音を聞いた気がした。
■■■
ちゅん、ちゅん。
小鳥たちのさえずりが、まるで歌のようだった。
カーテンの隙間から、朝陽が差し込む。
眩しくて、思わず目を閉じてしまう。
(……昨日は色々なことがあったよね)
思考が混乱して。
でも、全部が現実だと認識したら。
嬉しくて。
唇が綻んで、止まらない――。
私の頬に、手が触れた。
「……もう、アス。えっち」
意識が朦朧としたなかで、自分が何を言っているのか、よく分からない。ただ、アスが傍にいることが、たまらなく嬉しい。
だって、ビックリしたんだもん。
まさか、アス達、ウィンチェスター王国使節団の
微睡みながら、そんなことを思う。
ペタペタ。
ほっぺから、おでこへ。
アス、時々、子どもっぽい時があるもんね。そういうアスも好き。でも、手が小さい――?
目を見開く。
夢の中でみた女の子が、嬉しそうに。
満面の笑顔で。
愛くるしい
「ママっ!」
その子は私に向かって、確かにそう言ったのだ。
■■■
「ママ、だい、だい、だい、だい!
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