第1章 世界樹の巫女、もとの世界に帰還する
それは世界樹の物語のエピローグ
――
初めてあなたと出会った日。
口にしたその言葉を、私は絶対に忘れない。
■■■
「本当に行くの?」
アスが感情を表に出すのは珍しいと私は思った。冷血王子と影で言われていた彼だ。そんなアスは、世界樹の守護者――守護者――勇者パーティーの一人。ウィンチェスター王家の王位第一継承権をもつ。そして魔術と世界樹オタク。今思えば、それすら愛おしい。
世界樹が朽ちかけていた。
そのチカラを取り戻す方法は、魔術で、どうこうなるものじゃなかった。
花を咲かせ、緑を増やし、空気を清浄化すること。妖精が住める土壌を作ること。古代技術を追い求め、戦争を繰り返してきた国々。その行いは、根底から間違っていたのだ。
私たちは、真理を説き。時に荒涼とした大地を耕し。世界樹の加護を失った。世界樹の加護を失った魔獣を討った。それも今となっては懐かしい、と目を細める。
世界樹の花びらが風に揺れて舞い散る。
桃色の花びら。
それは、私がよく知っている桜。
ソメイヨシノ。
花びらは、大地に――万物のモノにふれた瞬間、まるで線香花火のように散っていた。
今もきっと分かっていない。
八百万は、地に空に
輪廻の鈴を鳴らす
りん、
まわるめぐるかわるふれる
花びら果実そして種
妖精達が歌う。私は銀の羽を見やる。本当にキミ達は綺麗だ。心の底からそう思う。羽根に光が反射して、虹を描く。
『本当に帰っちゃうの?』
鈴がなるように、妖精のエルまで囁く。銀粉を撒きながら。光がさらに乱反射して。まるで光が波紋をうつように煌めいて。それこそが、世界樹が活力ある証拠だった。光が乱反射して照らす
私は振り切るように、コクンと頷いてみせた。
未練はある。
未練だらけ、だ。
(アス、ずるいよ)
王子に向かって、心の中で八つ当たりをした。
このタイミングで、そんな顔を見せるのズルいと思ってしまう。気落ちが揺れてしまう。決めたのに。ちゃんと決意したのに――。
雑音。
あぁ、最後くらい思い出したくなかったのに。
雑音。
回廊ですれ違いざまに囁やかれた、あの言葉を忘れることができない。
――聖女様、おつとめご苦労様でしたな。後は、そう早急にお国へご帰還願えますか? 世継ぎの問題もありますので。貴女が殿下のお隣で、
ねちゃっ。
あぁ、そんな擬音が似合いそうな、笑みを浮かべる。こっちの世界でもあっちの世界でも、同じように笑みを浮かべる人がいるのは、変わらない。
雑音。
ざつおん。
ザツオン。
13歳でこっちの世界に呼ばれて、今日14歳になった。スマートフォンはあっという間にバッテリーが尽きて使えなくなったけれど。
生徒手帳のカレンダーに、丸をつけて。こちらのカレンダーとのズレを理解するのに、とても役に立った。でも何よりも、私はこっちの世界の住人じゃないと。そう意識するのに、本当に役にたった。
お父さんとお母さんを忘れないように。幼なじみの
アスは、王位継承権第一位。
そして世界樹の守護者。
彼は後継を残さないといけない。
妃は多ければ、多いほど良い。
その血筋が何より問題なのだという。
私にはよく分からないけれど「政治」って、こういうことらしい。
ここからは「政治」に価値がある子女が立たなければ、国が沈んでいく、そうお役人さん達は言う。
(……分からない、分からない)
私には、まるで分からない。
でも住む世界が違う。
それは分かる。
だから、変な期待はしない。
それで良い。
私は背中を向けた。
王子の顔を見るのが辛い。
好きだったよ。
本当に好きだったの。
逃げ出したくて、仕方がなくて。
実際、逃げ出す騎士さんもいるなかで、貴方は私の傍から離れなかった。
私のワガママなんだ。
他の子に甘い言葉を囁くアスを見たくない。
ただ、それだけ。
周囲の皆さんが許してくれたとしても、私が認められなかったの。ただ、私だけを見てほしかったから。
あぁ、ダメだ。
気付けば、涙が溢れてしまう。
「聖女様、そろそろ」
お役人さんの言葉に誘われて、私は魔法陣の中央に立つ。
色という色が溢れ出た。
「
アスが私の名前を呼ぶ。
お願い、呼ばないで。
これ以上、呼ばれたら未練が残る。
私は、諦めたんだ。
諦めることは得意だから。
ちゃんと、諦めるから。
ごうごうと風が吹く。
アスが何を言っているのか、もう聞こえない。
と、妖精エルが魔法陣の光をかいくぐって、私の腕にしがみついてきた。
「な、何を――」
世界樹の守護者と世界樹の妖精は、共存すべき存在だ。世界樹に花を咲かせるだけが目的の聖女とは、根本的に役割が違う。
エルが私に触れることで、回線が繋がる。
必死にアスが、私に向かって語りかける。
雑音。
ザツオン。
ざつお――。
――貴方を守るよ、世界樹の名にかけて。
「ユグドラシルの樹の下で、俺は君に永遠の誓いをたてたんだ。忘れたなんて言わせないよ?」
そうアスは言っていた。私は目を大きく見開く。
「櫻、俺は――」
無情にも、そこで視界は暗転した。
いつまでもいつまでも、アスの声が。
私の耳の奥底で残響したんだ。
【カクヨム10ver】世界樹の下で、君に誓う 尾岡れき@猫部 @okazakireo
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