第1章 世界樹の巫女、もとの世界に帰還する

それは世界樹の物語のエピローグ


 ――貴女キミを守るよ、世界樹の名にかけて。


 初めてあなたと出会った日。

 口にしたその言葉を、私は絶対に忘れない。




■■■





「本当に行くの?」


 アスが感情を表に出すのは珍しいと私は思った。冷血王子と影で言われていた彼だ。そんなアスは、世界樹の守護者――守護者――勇者パーティーの一人。ウィンチェスター王家の王位第一継承権をもつ。そして魔術と世界樹オタク。今思えば、それすら愛おしい。


 世界樹が朽ちかけていた。

 そのチカラを取り戻す方法は、魔術で、どうこうなるものじゃなかった。


 花を咲かせ、緑を増やし、空気を清浄化すること。妖精が住める土壌を作ること。古代技術を追い求め、戦争を繰り返してきた国々。その行いは、根底から間違っていたのだ。


 私たちは、真理を説き。時に荒涼とした大地を耕し。世界樹の加護を失った。世界樹の加護を失った魔獣を討った。それも今となっては懐かしい、と目を細める。


 世界樹の花びらが風に揺れて舞い散る。

 桃色の花びら。


 それは、私がよく知っている桜。

 ソメイヨシノ。


 花びらは、大地に――万物のモノにふれた瞬間、まるで線香花火のように散っていた。


 くうに。そして気脈へ還る。13歳の時、こちらに呼ばれた私は、まるで意味が分からなかった。

 今もきっと分かっていない。



 八百万は、地に空に

 輪廻の鈴を鳴らす


 りん、りんりん

 まわるめぐるかわるふれる

 花びら果実そして種




 妖精達が歌う。私は銀の羽を見やる。本当にキミ達は綺麗だ。心の底からそう思う。羽根に光が反射して、虹を描く。


 『本当に帰っちゃうの?』


 鈴がなるように、妖精のエルまで囁く。銀粉を撒きながら。光がさらに乱反射して。まるで光が波紋をうつように煌めいて。それこそが、世界樹が活力ある証拠だった。光が乱反射して照らす王子アスの表情は――今にも、泣きそうで。


 私は振り切るように、コクンと頷いてみせた。

 未練はある。

 未練だらけ、だ。


(アス、ずるいよ)


 王子に向かって、心の中で八つ当たりをした。


 このタイミングで、そんな顔を見せるのズルいと思ってしまう。気落ちが揺れてしまう。決めたのに。ちゃんと決意したのに――。


 雑音。

 あぁ、最後くらい思い出したくなかったのに。

 雑音。

 回廊ですれ違いざまに囁やかれた、あの言葉を忘れることができない。



 ――聖女様、おつとめご苦労様でしたな。後は、そう早急にお国へご帰還願えますか? 世継ぎの問題もありますので。貴女が殿下のお隣で、王太子妃面おうたいしひづらをされるのは、非常に迷惑ですからな。


 ねちゃっ。

 あぁ、そんな擬音が似合いそうな、笑みを浮かべる。こっちの世界でもあっちの世界でも、同じように笑みを浮かべる人がいるのは、変わらない。




 雑音。

 ざつおん。

 ザツオン。



 13歳でこっちの世界に呼ばれて、今日14歳になった。スマートフォンはあっという間にバッテリーが尽きて使えなくなったけれど。


 生徒手帳のカレンダーに、丸をつけて。こちらのカレンダーとのズレを理解するのに、とても役に立った。でも何よりも、私はこっちの世界の住人じゃないと。そう意識するのに、本当に役にたった。


 お父さんとお母さんを忘れないように。幼なじみのこう君を忘れないように――そして、日本を忘れないように。


 アスは、王位継承権第一位。

 そして世界樹の守護者。


 彼は後継を残さないといけない。

 妃は多ければ、多いほど良い。

 その血筋が何より問題なのだという。


 私にはよく分からないけれど「政治」って、こういうことらしい。


 ここからは「政治」に価値がある子女が立たなければ、国が沈んでいく、そうお役人さん達は言う。


(……分からない、分からない)

 私には、まるで分からない。



 でも住む世界が違う。

 それは分かる。

 だから、変な期待はしない。


 それで良い。


 私は背中を向けた。

 王子の顔を見るのが辛い。


 好きだったよ。

 本当に好きだったの。

 逃げ出したくて、仕方がなくて。

 実際、逃げ出す騎士さんもいるなかで、貴方は私の傍から離れなかった。


 私のワガママなんだ。

 他の子に甘い言葉を囁くアスを見たくない。


 ただ、それだけ。


 周囲の皆さんが許してくれたとしても、私が認められなかったの。ただ、私だけを見てほしかったから。


 あぁ、ダメだ。

 気付けば、涙が溢れてしまう。


「聖女様、そろそろ」


 お役人さんの言葉に誘われて、私は魔法陣の中央に立つ。

 色という色が溢れ出た。



さくらっ!」


 アスが私の名前を呼ぶ。

 お願い、呼ばないで。


 これ以上、呼ばれたら未練が残る。

 私は、諦めたんだ。

 諦めることは得意だから。

 ちゃんと、諦めるから。



 ごうごうと風が吹く。


 アスが何を言っているのか、もう聞こえない。

 と、妖精エルが魔法陣の光をかいくぐって、私の腕にしがみついてきた。


「な、何を――」


 世界樹の守護者と世界樹の妖精は、共存すべき存在だ。世界樹に花を咲かせるだけが目的の聖女とは、根本的に役割が違う。

 エルが私に触れることで、回線が繋がる。



 必死にアスが、私に向かって語りかける。

 雑音。

 ザツオン。

 ざつお――。



 ――貴方を守るよ、世界樹の名にかけて。



「ユグドラシルの樹の下で、俺は君に永遠の誓いをたてたんだ。忘れたなんて言わせないよ?」



 そうアスは言っていた。私は目を大きく見開く。



「櫻、俺は――」



 無情にも、そこで視界は暗転した。

 いつまでもいつまでも、アスの声が。

 私の耳の奥底で残響したんだ。


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【カクヨム10ver】世界樹の下で、君に誓う 尾岡れき@猫部 @okazakireo

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