第9話 side:U 風呂と葛藤と
「へ?・・・一緒に・・・入ろうって言った?」
落としたスマホを拾いつつ嗣にぃを見る。
成人男子二人ですよ?俺、18歳だから成人よ?嗣にぃには俺が小学生くらいに見えてないか?
聞き違いの可能性があるので聞き返えしたが、
「え?言ったよ。昔は一緒に入ってたし、ここのお風呂も実家に負けず劣らず大きいし、二人くらい大丈夫だよ。背中流してあげるよ」
風呂の方を指差しながら、嗣にぃはにっこりしつつ答える。
俺の手からまたスマホが滑り落ちた。
マジか。え、マジか。待ってくれ。本当に待ってくれ。
この人、どれくらい距離近いの?俺のこと好き過ぎない?ねえ、好き過ぎない?!
・・・いや、そういう意味じゃないのは重々承知だよ?!俺とは好きのベクトル違うのは承知だけどな?!(泣)
これ、奥さん枠だから一緒に入るのだろうか?それとも幼馴染枠だろうか・・・。
わからん・・・この男の考えがさっぱりわからない。ええい、もう聞いたほうが早い。
「一緒に入るのって・・・その、奥さん役だから?」
スマホを再度拾いつつ、俺が質問すると、嗣にぃがきょとんとして俺を見た。
お、おお・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
あーーーーー違いましたねーーーーーーーーーーー!!!!
なんで俺もそっちで質問したのかな?!
幼馴染だから?っていえばよかったじゃんね?!
やだ!もう!はっず!はっず!無理!無理!無理!無理!
俺はスマホをベッドの上に投げ出して、自分も顔を隠すように同じ場所に突っ伏す。
帰りたい、今すぐ帰りたい・・・!もう帰して!神様!
「ゆうくん、面白いなぁ。奥さん役かぁ。じゃあ僕の背中流してよ」
はぁ?!無理・・・!
ベッドに顔を埋めながら首を横に振る。
お先にどうぞ、ともう一度繰り返したが、何せ俺は布団に顔を埋めているので嗣にぃは聞き取れなかったらしく「え、なに?」と言われた。
今ね、俺ね、きっと真っ赤なんですよね。だって耳まで熱い。顔をあげれるわけがない。
相手に見えない程度で、ほんの少しだけ顔をあげて、右手で風呂の方を指差す。
「・・・お先に、お一人で、どうぞ・・・」
と、告げた途端に、視界が変わった。
「ひぇっ・・・えっ・・・?!」
なんとまあ・・・脇の下に両手を入れられて、背中から抱き上げられたのだ。
ちょ、嘘だろ?!確かに俺は嗣にぃからしたら小さいだろうよ!
日本人の平均身長171センチちょっとよりも低いしな!でもさぁ!さっきもだけど、なんで易々と抱え上げるわけよ?!俺にも男としての矜持がだな・・・?!
「はいはい、一緒に入ろうねー。背中を流し合いっこしよう。髪も洗ってあげようか?昔は泣いてたもんねぇ。今日は下着も揃えたからあるもんね?」
そこじゃねぇええええええええし!
抱えられて、運ばれる。暴れるとキスするよ、なんて後ろから言うので(本日二度目)大人しくするしかなかった。もうやだ・・・。
※
というわけで。
連れて来られた風呂場。脱衣所で下ろされた。
脱衣所もそれなりに広い。俺たち二人がいても狭く感じることはなかった。
嗣にぃはさっさと服を脱いでいく。うえぇ・・・眼福だけど地獄・・・地獄・・・。
そういえば大分には地獄温泉なんてのがあると聞いたけど、今、まさに!!温泉の前で地獄でーーーす!
ここで俺の性的嗜好について少し語りたいと思う。
俺の性的嗜好は実は自分でも謎なのだ。
男が好きなのか、女が好きなのか。さっぱりわからない。
というのも、初恋からして嗣にぃなわけで、あまりにも小さい頃から嗣にぃばかりを追っかけたせいか、変に筋金入りの嗣にぃ好きになってしまっていた。
小学校から高校までは男女共学であったので、当たり前に女子との触れ合いもあった。ただ俺のそばには常にあさがいて、つるむのは矢張り男子だ。
友人と海に行こうが着替えをしようが興奮をしたことはないので、男が好きかと言われれば首を傾げるしかない。かといって友人が持ってきていたエロ本の類にも興奮をしたことがないものだから、女が好きなのかもよくわからない。
桐月久嗣に興奮しますか?と聞かれれば、それは、まあーーYES、だ。
いっそのこと、性的嗜好が男に向いているとかならば諦めて他の人に行けるのにな、とも思うのだが・・・目の前にいる男にしか、そういう意味での興味がわかないのだからどうしようもない。ため息しか出ない。
つまり、今の所俺の性的嗜好は桐月久嗣その人なのである。
淡白気味な俺のメインディッシュは嗣にぃなので。
「ゆうくん?あ、僕が脱がしてあげようか?新婚さんっぽく!」
俺がなかなか脱がないことにーーあんたをチラ見してたからだよ!ーー不思議に思ったのか、嗣にぃがとんでもない提案をしてきた。手が俺の着ているカーディガンにかかる。
ほんっと、何なの、この男・・・!
「ちょっ・・・ばっ、大丈夫だから!自分で脱げる!嗣にぃ、先に入っててよ!すぐにいくから・・・!」
手を叩き落として、既に裸になってしまっている嗣にぃの嗣にぃを拝見しないようにしながら、両手で背中を押す。びくともしなくて泣けた。うおおおおお、なんで動かないいいいいい!ウォールヒサツグかよ。
「わかったわかった。先に入ってるよ。早くおいでね」
笑いながら、嗣にぃが浴室に中へと入っていく。
わぁ、引き締まった背中と腰から臀部にかけてのラインが堪らない・・・。
そういえば社内のジムに行ってるとかどうとか話していた気がする。
触ってみた・・・いやいやいや!本当に、俺、落ち着いて!落ち着いて!俺の俺も!
俺は深呼吸を二度三度と繰り返した。
うふふー、久嗣サンはご存じないでしょうが、俺は絶賛あなたに片思い中なんですよねぇ・・・うふふー・・・。
Q:男は性的に興奮したらどうなるでしょうか?
A:ナニが雄々しく立ち上がります(ただし個人差あり)
で、今。好きな男が裸で目の前にいるわけだ。俺の前に・・・。
興奮せずにいられるだろうか?いや、いられまい。だって男子だもの。まる。
といっても、嗣にぃを見て著しい興奮を覚えるわけではないのでーーそれは流石に好きとか通り越した変態だーーまだまだ大丈夫ではある。ぎりぎりの均衡ではあるが、俺の俺は大人しくしてくれている。
興奮してきたら円周率でも思い浮かべるしかないだろうか。
それとも苦手な物理か?
のろのろと脱いでいた服も、そろそろ無くなってしまう。
「ゆうくーん」
ひぇ。呼ばれてしまった。これ以上はもう引き延ばせないだろう。
俺は全裸になると、フェイスタオルを一枚手に取り、腰に巻く。多少隠せば何があってもマシだと・・・思いたい。
浴室へと続く扉を開くと湯気がむぁっと俺を包んだ。奥には湯船に浸かり、俺を手招く姿が見える。
濡れた髪を掻き上げた姿が色っぽい・・・落ち着け、俺。大丈夫だ、大丈夫。
平常心を保つのだ。
「気持ち良いから、早くおいで」
「さ、きに・・・身体洗う。その、ゆっくり浸かっていいよ」
そそくさと、逃げるように洗い場に向かう。バスチェアに座っていると、
「え、ちょっと待って。ほら、背中を流してあげるからさ」
声をかけられた。そこはするのか・・・湯を上る音に後ろに近づく気配。
振り向いたら色々とアウトな気がして、身体を抱え込む。ふは、と背後で嗣にぃが笑った。
「なんか、随分と緊張してるねぇ。あまり頑なだと悪戯したくなるよ?」
「だって、そりゃ久々だし?!・・・っあっ?!」
俺の後ろに陣取りながら、嗣にぃが言うなり、俺の背中の真ん中を、背骨に沿って嗣にぃの指が滑った。
「ひゃ、んっ・・・!」
思わぬ感触に高めの声が漏れてしまい、口を片手で押さえた。しかし指はそこで止まらず、首の根元から首筋を撫でて、耳の下を擽る。
「やっ・・・あ、っ・・・やめっ・・・つぐにっ・・・」
「知ってる?ゆうくん。今撫でたところは性感帯なんだよ。あと、この辺とか」
人が興奮しないように頑張っているのに、指は真逆に動く。長い指先が耳の下から前へと回ってきて、喉仏の上をゆっくりと撫でていく。ぞくりとしたものが走り、力が入らない。俺はぎゅっと、両腿に入らない力を入れる。
やめやめやめ!脳内ではうるさく止めに入るのに、実際に出る声は引き攣っていくばかりだ。
なんとか片手をあげて、喉元にある嗣にぃの指先に絡めた。
「やぁ・・・も、やめ・・・無理だから、ぁっ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
本当にもう!無理だから!勃つ勃つ勃つ!円周率ってなんだっけ?!
3.141592・・・それ以上は覚えてないじゃん、俺・・・!!
動き自体は阻止できたので、深呼吸を繰り返す。
幸いにも、もうそれは奇跡的に勃起はしなかった。よかったあああああああああああああああああ!セーフ!セーフ!新婚旅行一日目で死ぬとこだった。
俺が脳内で慌てている間に、嗣にぃは随分と静かになっていた。
「・・・嗣にぃ・・・?」
振り返ると、薄く目元を赤くした嗣にぃが俺を見下ろしている。
え、何。どしたん。この人・・・。俺、変な反応してしまっただろうか。したか?!したのか?!
自分の仕草なんて客観的に見たことないので、皆目見当つかない。
やだなぁ・・・マジで一日目から爆死かもしれない。気持ち悪いとか思われたらどうしよう。いや、そもそも触るなよって話ですけどね?!
絡めた指を、軽く握る。
「嗣にぃ・・・?」
すると、我に返ったように嗣にぃの身体が僅かに揺れた。
「嗣にぃ・・・?」
「・・・いや。大丈夫。ゆうくんがあまりにも可愛い声で啼くから吃驚しちゃった」
ふふ、と今度は嫣然と微笑んだ。
はぁ?!なくってなんだ、なくって!俺は蝉じゃねーぞ!あとその顔で微笑むのやめてほしい!
せっかく無事だった俺の俺が反応しちゃいそうになるので!!!!
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