第7話 side:U 買い物と新婚旅行と

カイモノツカレル。


この一言に尽きる。あれやこれやと買っていく嗣にぃを、俺は血の気引かせながら見ているだけしか出来なかった。とにかく、買うぞ、この男・・・。

そういえば、あさがデートのたびにでっかい袋いっぱいに、何かを持っていた気がする・・・あれもしかして全て嗣にぃに買わせていたのかもしれない。

豪胆すぎる・・・いや、俺の肝が小さいのか・・・いやいやいや。今日だって幾ら使ってたかざっと計算しただけでも胃が痛い。

それでも隣を見れば嬉しそうな嗣にぃがいるわけで。

俺を甘やす事が嗣にぃを甘やかすと言う構図になるのならば、俺は今を享受するしかないのだろう。・・・胃薬欲しい・・・。

ちなみにだが、洋服だけでは飽きたらず大きめのキャリーまで買われた。

『ゆうくんのイメージだね!』なんてニッコニコ顔で。

いや、便利だよ。便利だけれども!お安い量販店に売ってるものではない、そのキャリーは俺の小遣いではほいほいと買えないものだ。

どんだけ高給取りなんだろうか・・・嗣にぃ。桐月家の恐ろしさを久々に見た。

一年で、この関係は終了するわけだが・・・出ていく時に、これ持って行っていいのだろうか?大丈夫ならば、これに入るくらいにしないとなぁ・・・。

今回は新婚旅行という体なので甘えることにするにしても、そこから先はきっちりと嗣にぃの財布を絞めなければ。

そりゃ嗣にぃは麗華さんの跡を継ぐ人だから老後の心配なんてのは、限りなく杞憂に近いのだろうけど、貯金なんて幾らあっても良いものだし、俺がいなくなった後はちゃんとしたお嫁さんを貰うだろうから、結婚式だって重ねてあるのだ。


ーー俺がいなくなった後のお嫁さん。


はっ、と気付く。そうか。あさがいないということは、他の女性と結婚するのか。嗣にぃ。

あさなら良かったのだ。あさだけなら許せた。俺はーーでも、あさはいない。

きっと帰ってきたとしても、信念を曲げないあさが嗣にぃと結婚することはないだろう。


ーー他の女性と、嗣にぃが。


隣を歩いている人を見上げる。

おおよそ凡人とはかけ離れた容姿に、付随する学歴と経済力。

性格だって悪くない。釣書に書ける以上に良いところなんて沢山ある。

どこからどう見たって、結婚するには理想の相手。

あさなら良かった。あさだけ許せた。

なのにあさはいなくて、嗣にぃは他の女性と結婚する。しかも遠くない未来に。

年齢を考えても、その後の子供のことを考えても遠くない未来、に。


ーーいやだ。それは、いや・・・だ・・・。


ストレートにそうとしか思えなくて、心にドロリとしたものが溢れる。

『ゆうは私がいないとなーんにも出来ないんだから!』

いつもそんなことを言っていた、あさの声を思い出した。

俺はそれを言われるたびに、はいはい、と流していた。けれど。

まさか自分の幸せ自体があさの上に成り立っているなんて、まるで気付けていなかった。

あさがいたからこそ、俺は嗣にぃの近くにいれただろうし、目で追うこともできた。ずっとそれが続くと思っていた。

それが、それも、出来なくなる。


「ゆうくん?大丈夫?」


いつの間にか、俺は立ち止まっていたらしい。見上げていた嗣にぃは数歩先にいた。俺を心配して戻ってくる。


一年。

たった一年、されど一年。


先のことを考えるのは、ひどく苦さを伴って、辛い。

この始まりは、片思いが叶ったような錯覚があって嬉しいけれど、実際は違う。


一年。

たった一年、されど一年。


あさなら、どうする?どう考える?俺はどうするべきなんだろうか。

でも既に物事は動き始めているし、俺は嗣にぃのお願いを、自分の気持ちで受け入れた。ならば、今、立ち止まっても仕方ないのだろう。


「ゆうくん?」

「・・・ん、大丈夫。少し疲れただけ」


手を伸ばして、嗣にぃの空いている手を握る。ちょうど嗣にぃのそれは左手で、昨日交換した銀色のリングが光っていた。指を絡めると、握り返される。


「懐かしいね。昔はずっとこんな風に手を握って歩いてたよね」


ふふ、と嗣にぃが笑う。小さい頃は何も思わずに、ただただ嗣にぃとあさを追っていた。今もさして変わらないけれど、それも出来なくなると理解するとなかなかにきつい。ああ、でも、今はそれよりも嗣にぃの傷心を癒す方が最優先だ。色々と考えてしまうと辛いから、それは一旦心の奥底に閉まっておこう。

逃げだとわかってはいるけれど。

俺も見上げながら、笑った。


「・・・奥さん役なら、手を握った方がそれらしく見えるかな、って」

「そうだね。じゃあ、外にいる時はずっと繋いでないと」


おどけた風にそう言う嗣にぃに、そうするつもりだよ、と返すと少しばかり目を見開いた。けれど嗣にぃはすぐに笑顔に戻って、


「よろしくね、奥さん」


と、また笑ったのだった。



昨晩眠れなかったこともあり、飛行機に乗った後はすぐに寝落ちしていたらしい。気が付けば羽田にいたはずの俺は大分空港に到着していた。

地方空港ということもあってか、人はそんなに多くない。比較的空いていて、手荷物受け取りの場所にも混み合うことなく進めた。

預けた荷物の回収のために手荷物受け取りのターンテーブルを眺めていると、その上に大きな寿司が回っているではないか!


「え、寿司っ」


と思わず声に出してしまっていた。


「面白いデザインだねぇ。特産が海産物だからかもしれないね。ここを出たところに足湯があるらしいよ」

「え、すご・・・てかリサーチ完璧だね。嗣にぃ」

「まあ、多少はね。これくらいならガイドブックに書いてあるくらいだから。この辺はあーちゃんに鍛えられたなぁ・・・あーちゃん、地理は得意だったからね・・・」

「ああ。いや、あれは地理が得意だとかではなく・・・」

「「専門家」」


嗣にぃと俺の声が重なって、二人で笑った。

あさは勉強が苦手なくせに、何故か地理だけは恐ろしいくらいに出来ていて、それは実生活にも及んでいた。一度行った場所はルートを覚えてしまうし、そもそも地図を見るのが趣味で出かける時は事前に把握してしまうのだ。そしてそれだけでは飽き足らず、観光や特産物にまで波及する。


「あーちゃんが知らない部分までカバーしようとすると、もう、専門書を読み込むしかなくてね。国内ならツアーガイド出来るくらいに僕も詳しいと思うよ・・・」


若干、嗣にぃは遠い目をしていた。

あー。ねぇ・・・男の沽券ってやつかな。あさは爆進するタイプだったし、あれはもう、野生の勘みたいなとこもあったように思う。

ところで、二人でそんな話していたらお互いに荷物を見逃し、二巡させていた。

慌てて荷物を受け取り、その場所から出る。すると嗣にぃから聞いた通り、足湯もあった。そちらは人がまあまあ居たので、帰りに空いてたら寄ってみることにする。

俺が自販機で飲み物を買っている間に、嗣にぃはレンタカーの手続きを済ませており、あれよあれよと言う間に、俺は助手席だ。手際良いなぁ・・・。


「車があった方が好きな場所に行けると思ってね。いやぁ・・・これも随分とあーちゃんに鍛えられたから、安心して乗ってていいよ。それなりに僕も運転は好きなんだけど、もう何せ、四駆とか軽じゃないことを後悔するような場所が多かったからね・・・」

「あ。そういえば・・・スリル満点ドライブ、とか聞いたことある気がする・・・」

「ああ、それそれ。いや、運転してる僕がスリル満点だったよ。よりによって、谷とか崖近くの車幅ないところを進ませようとするんだよね。近道、とかで。まさか事故とか起こせないし、かと言って狼狽している姿を見せるのも嫌だったからなぁ・・・頑張ったよ」


るんるん気分で笑顔のあさと青い顔した嗣にぃと。目に浮かぶようだ。

今回借りた車は国産車だったが、普段、嗣にぃが乗っているのは外車だ。こだわりがあるわけではないが、体格で選ぶとそちらになるか国産車でも大きな車になるとかで・・・、わぁ、俺もそんな悩みもってみたーい(棒)。

軽快に車は走り出す。車内では良く喋ったように思う。

嗣にぃの仕事のことを聞き齧ったり、大学のことをーー俺が四月から通う大学は嗣にぃの出身校だしーー聞いたり。

昨日から何かと接触してくる隣の人が、運転中はそういうことがなかったせいも多分にあるだろう。

触られるのは嫌じゃない。まあ・・・好きなので、触られるのは嫌じゃない。けれど、も・・・こっちは意識しまくりだっつーの・・・。

しかし会話の中で、さりげなく褒めたり、可愛いねと言われたり・・・いや、もうね。コミュニケーションお化けって凄いわ。

俺は人が嫌いなわけではないが、あまり多くであれやこれやするのも得意でなければ、気が回る方でもない。注意はしつつも、一歩遅れがちだ。なので嗣にぃみたいなタイプは素直に尊敬する。


「なんか、嗣にぃ見てると・・・俺、就職できるか不安になる・・・」


ぽろっと漏らすと、嗣にぃは少しばかり考えて、


「いやぁ・・・心配ないと思うよ。まあ、何せ母がもう・・・」

「え、麗華さん?麗華さんがどうかしたの?」

「いや。ゆうくんは将来、何になりたいんだっけ?」


言葉をやや濁した後に、質問された。え、気になるやん、それ。

あーでも、将来か。将来の夢がないわけではない。が、ご時世的にその職業が花形かと言われるとわからない。


「うーん・・・、俺、本が好きだから・・・図書館司書とかになれたら嬉しいかなぁ・・・」

「昔から、そう言ってたもんね。大学もその為の文学部なんでしょう?だから、まあ・・・大丈夫だよ。大学も、就職も。勉強や生活で僕が何か役に立つならなんでも言ってね?」


とか、微笑で言われると心臓が高鳴る。もう、ね。嗣にぃの顔面好きすぎぃ・・・。て、いやいや。落ち着け、俺。昨日の今日と、何かと怒涛すぎて俺の情緒もアンバランスだな、とつくづく感じる。

そんなこんなで車内時間は経過していった。あっという間に宿に着いていた。

雑木林の中に施設を置いている宿で、離れがあり、そちらに泊まるらしい。

宿の人に案内されながら、木々の下を歩く。

あー、あさが好きそうだ。俺も割と好きかも。あさは朝晩構わず散歩に行くだろうな、これ。そういえばここ、麗華さんが母さんに話していたところではないだろうか。母にプレゼンするために持ってきた資料にあった気がする。『昼乃、ここの離れに二人で泊まらない?』と迫って無碍にされてたところだ。麗華さん、母さんの前では残念な感じになるのが本当に面白い人なのだ。

案内された日本家屋調の建物の中に入る。こじんまりとはしているが、洋室と和室で二間続いており、二人で泊まるには十分な広さだ。

内風呂も完備されており、源泉かけ流しらしく、とても贅沢。室内を見回っていると、


「良い部屋だね。ゆうくん、こちらに来て少し休んだら?お茶を淹れたから。その後は外に出てみようか?観光は明日にゆっくりするとしても、近くをちらっと見るのは悪くないと思うよ」


既にお茶を用意してくれた嗣にぃに呼ばれた。至れり尽くせりってやつだが、これ、本来ならば奥さん役であり俺が気を遣うべきところなのでは・・・!


「あ。ごめん・・・なんか嗣にぃばっか動いてる気がする・・・」


呼ばれるまま、座卓に向かうと嗣にぃが笑顔で座り、迎えてくれた。

対面に座ろうとした俺だったが、手を取られて引っ張られる。


「大丈夫。今から癒してもらうから」


うん?どういう・・・?


「え?えっ・・・ちょ、えっ・・・っ」


引っ張られて辿り着いた場所が場所が・・・嗣にぃの膝上だった。

ぎゅ、っと抱き込まれて、髪に頬ずりされる。


ちょ、ま、ええええええええええええええええええええええええええええええええええ。

なんで?!どうしてこうなった?!

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