第6話 side:H 次の朝と新婚旅行と

僕が目覚めると、ゆうくんは既に起きていて、傍に座りスマホを覗き込んでいた。

普段は当たり前だが一人なので、起き抜けに人がいること自体が久々だ。

双子が小さな頃は僕も実家住まいだったし、二人も何かとよく泊まりにも来ていたが、僕が就職して実家を出てからはそういうことも少なくなった。ゆうくんなどは色々と配慮してか、僕のマンションにも数回しか来たことがない。あーちゃんはあーちゃんでアウトドア派だったので、デートをするにしても外ばかりで、やはり僕のマンションに来ることは少なかった。

ここ数年は、僕が帰省した時に二人が自宅に居たり、母が年に二回は必ず企画する旅行で一緒にいるくらいなもので、こんなに近い距離でゆうくんに接するのは久々だ。

小さな頃から、動き回るあーちゃんとは対照的にゆうくんは僕の隣で静かに本を読んでいることが多かった。そんなことを思い出しながら、手を伸ばしてゆうくんの腰を捉えて引き寄せる。


「・・・う、わ・・・っ、ちょ・・・いきなりびっくりした・・・」


気を抜いていただろうゆうくんは、簡単に僕の腕の中に倒れ込んできたので、それを抱きすくめた。

あー・・・確かに、僕はゆうくんとの距離が、昨日の珍事を皮切りに馬鹿みたいに近いかもしれない。小さい頃は世話を焼き続けたこともあって、抱っこだなんだと近かったが、双子が中学生に上がった頃から身体的な接触は減っていた。

あーちゃんは女の子だし、ある程度の年齢になってからは迂闊に触れるのは怖かったし、ゆうくんも中学生ともなれば小さい時ほど触れ合うことはなく、高校にもなればそれはもっと顕著だったし、僕は僕で忙しかったのもある。

たまに実家に戻った時など、ソファに座る僕の傍でゆうくんは本を読んでいたけれど、邪魔をするのも忍びなくて隣にいるだけだった。

あーちゃんは僕が座っていると、遠慮なく膝に乗ってくるのだがーー実にこれは逃げるまで続いたのだから、結婚を嫌がっているなど思い至りもしなかったーーいかんせん動き回る子だったので数分も僕の元にいないのだ。抱きしめる暇さえなかった。

けれど、昨日から。ゆうくんが僕のとんでもない提案を引き受けたときからーー箍が外れている気はする。

そもそも、抱きしめてみて初めて分かったのだが、このゆうくん、随分と抱き心地がよろしいのだ。男の子なので女性のような柔らかさは勿論ないが、とにかくしっくりとくる。昨晩などは抱いていればよく眠れた。ボディソープなど、同じものを使用しただろうから、お互いに同じ匂いで落ち着いたのかもしれない。

・・・奥さん役の中に僕専用抱き枕という事項も追加していただきたい。いや、追加してもらおう。


「おはよう、ゆうくん。眠れた?」


顔を覗き込むと、目の下にうっすらとクマができていることに気付いた。

ゆうくんは短くため息を漏らし、首を傾げる。・・・可愛い。


「んー・・・あんま、り?色々とあったからかも。まあ、大丈夫。移動中には寝るかもしれないけどね・・・てか、だからさぁ・・・嗣にぃ、近い・・・」


近い、か。何度言われたっけ、それ。まあ、僕もそれは考えてたけれどね。

男の子だし、本当はベタベタすべきじゃないかもしれない。

あーちゃんと触れ合いたかったのだろうか、僕は。結婚すれば触れ合うのも当たり前だし、男女の関係になるのも普通のことだ。夫婦だし。

ただあーちゃんに関して言えば、いくら婚約しているとは言え節度を、と思っていたところもあって恋人同士のような触れ合いはしたことがなかった。デートの時に手を繋いで、送った際に頬か額にキスする程度で控えていたのだ。

それをゆうくんで埋めている可能性が否めないわけではないが・・・どうだろうか・・・いまいちわからない。自分で自分のことが分からないだなんて、ちょっと情けない話だけれども。

あーちゃんはあーちゃん、ゆうくんはゆうくん。

その境は自分でも出来ているつもりだが、元々、この双子自体に好意があるのは大きい。

ゆうくんにすれば迷惑な話なのかもしれない。かと言って、僕にそれを修正する気持ちが生まれもしないので困ったもので、僕は結構我儘だと自覚している。


「近いの、ゆうくんは・・・嫌?」


抱きしめなおしながら、聞いてみる。

嫌なら多少控えて、慣れてもらうしかない。・・・触れるのをやめる、という結論に至らない僕も大分、アレだ。

ゆうくんは、少しばかり困ったような顔をしながら僕を見上げた。


「嫌、じゃ・・・ないけど・・・急にはびっくりする・・・」


そんな言葉と一緒に、頬を赤くしてゆうくんは僕から視線を逸らす。


・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


なんだろう、この可愛い生き物。え、えぇ・・・。

この子、こんなんで大学生活とか出来るのだろうか。無防備過ぎないだろうか。

いくら男の子とは言え・・・世の中、そういうのは関係ない輩だっている。

そもそもゆうくんは中性的だ。あーちゃんに比べれば多少骨ばってはいるものの、服で隠せば僕以外は見分けがつかないと思う。

つまり、男女の双子というよりは女の子の双子に見えてしまう。自分の中性さを若干気にしているゆうくんには言えないが。


「・・・ゆうくん」


僕は片手をゆうくんの頬にあてて、視線を合わせるように、再度覗き込む。


「近っ・・・、ちょ、何?」

「僕以外に、こんなに触らせちゃ駄目だよ?」

「はぁ?いや、俺、男だし・・・触らないよ、誰も。嗣にぃがおかしいだけだろ」


ゆうくんは相変わらず頬を赤くしつつも、困惑を浮かべたまま首を傾げた。

文句を言う姿も、まあ、愛らしいことこの上ない。


・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


よくまあ、高校生活も無事に・・・ああ、そう言えば『ゆうが危なっかしいから離れられない』とあーちゃんがぼやいていたけれど・・・これか!これだね?!この無防備さだ。

僕はその言葉を聞いた時、危なっかしいのはあーちゃんの方じゃないかな?と思ったのだがーーあーちゃんはパルクール等にも興味を持って挑み、よく怪我をしていたし、気がつけば橋の欄干の上にいたりもするしーー僕が近しい存在とは言え、色々とあったとは言え、この状況を受け入れているあたり、結構、ゆうくんは危なっかしいのではないだろうか。

まあ、そこに漬け込んでいる僕はひとまず横においても、だ。

押しに弱いところも、身内だけに限らずあるのかもしれない。

これは注意せねば・・・ゆうくんに何かあっては、あーちゃんにも申し訳が立たない。


「とにかく、いいね?僕以外は駄目だよ?」


念を押して、隙のあるゆうくんの額に口付ける。


「ほら、隙が多い。本当の本当に、僕以外駄目だからね?」

「・・・っ!いや、だからさ!嗣にぃがおかしいんだろ?!なあ、自覚ある?!俺、男だからね?!他の奴らしないからな?!」

「えー・・・僕はゆうくんが小さな頃から可愛いし・・・可愛がってきたし・・・抱きしめもするしキスくらいすると思うよ。もうその辺りは昔の馴染みで諦めてよ。今は奥さんだし。でも他の人は駄目だよ」

「は?!はぁ?!なんだ、それ。なんだそれ?!ねえ、自分の発言のおかしさに気付いてる?!久嗣サン、気付いてますかね?!」


腕の中で文句を言い続けるゆうくんは、キャンキャンと吠える子犬のようだ。

控えめに言っても矢張り可愛い。というか、可愛い以外の言葉がない僕って語彙が少なすぎないか。

しかし、久嗣さん・・・え、その呼び方もゆうくんがすると新鮮でいいなぁ・・・。

奥さん、って感じがするし、正直、興奮する。


「ちょっと!!嗣にぃ、聞いてる?!あーーもう!!離せってば!!」


明後日なことを考えながら、僕はもう一度、ゆうくんを抱きしめる。

嫌ではないようだし、ここはもう遠慮なく触らせてもらおうと決意した。

まあ、なんか暴れてるけど合意なら問題ない。

・・・いやはや、僕も矢張り・・・大分アレだ。


それから。


文句を言うゆうくんを宥めつつ揶揄いつつ、身支度や朝食を済ませて、ホテルを出た。朝食はバイキング形式で、目を輝かせて色々と食べているゆうくんが、これまた可愛かった。華奢な割にはよく食べるので、見てて飽きないのだ。旅行から戻ったら、色々と二人で料理して食べるのもいいなぁ、と思う。僕にしろゆうくんにしろ料理は得意な方だろう。ちょっと楽しみだ。

ホテルを出た後はタクシーで空港に向かう。

飛行機の搭乗まで時間があるので、空港でゆうくんの服を見繕うことにしたのだ。

ゆうくんはタクシーに乗るまでにも何回か「取りに帰る」と繰り返したが、三回目あたりで「それ以上言うとキスするよ、ここで」と返したら黙った。

続けてくれても良かったのに。

空港に着くと、手荷物を早々とカウンターに預けて、ショップを巡った。

3泊4日プラスで今日の分。あまり荷物にならない程度で選びたいとは思ったのだが・・・ゆうくんに似合いそうなものは気が付けば購入していた。いや、それでも厳選はしたつもりだ。ゆうくんは僕が支払うたびに顔を青くして「もういい!そんなに着れない!」と叫んでいたが、今後も考えるとあって邪魔になるものでもない。

僕が驚いたのは、ゆうくんが遠慮がちに数点ワンピースを持ってきたことだ。理由を聞くと、


「うーん・・・気にならないかもだけど、写真とか撮ったときにね・・・女の子の格好の方が、バレないと思うし」


つまり、彼は僕を気遣って旅行先で女の子の格好をする気でいるらしい。


け、健気・・・!


僕はいたく感動してしまって、ワンピースに似合う一式も揃えた。

もちろん、それとは別に色々と揃えて、ゆうくんがまた悲鳴をあげたが。

会計時に店員である女性が「可愛い彼女さんですね」と言うので「とてもね。昨日から奥さんだけどね」と笑顔で答えておいた。

こうしていると、母が昼乃さんを連れ回して色々と買い与えていた理由がわかる。

とにかく楽しいのだ。自分の可愛い子が自分の選んだものを纏うのは。

あーちゃんの時にもそれは思ったのだが、あーちゃんは何せアウトドアを好むので、欲しがるものが少し違った。だいたい連れていかれるのはアウトドア専門店で、そこで色々と持ってきていたように思う。

あれはあれで楽しかったし、今日は今日で随分と楽しい。

買い物がひと段落する頃には、げっそりと疲れ果てたゆうくんがいた。

ちなみに既に僕が選んだ服に着替えてもらっている。

深い青色のカーディガンが似合っていてとても良い。


「ゆうくん、大丈夫?寝不足だしね。気分悪くない?」

「体は大丈夫だけど、心が・・・大丈夫じゃない・・・ねえ、遣いすぎだから・・・!もうちょっと節約しようよ・・・!」

「えー。僕は楽しいし、予算は決めてあるから大丈夫だよ。疲れたなら、飛行機の時間までラウンジで休もうか」


小さく頷くゆうくんを連れて、荷物を片手にラウンジへ向かう。

食べ物や飲み物もあるから一息つけるだろう。

空港のガラス越しに飛行機が飛び立つのをみると、改めて新婚旅行に行くのだな、と感じられた。

相手は本来のお嫁さんではなく、その弟であるゆうくんとだけれど。

いやぁ、人生って色々とあるものだ。

まあ、隣にいる子は可愛いしいいか、と僕は思ったのだった。

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