弟の俺が姉の身代わりで新妻になった件
めがねあざらし
第1話 side:U 俺と姉と結婚式と
リンゴーンと教会の鐘が鳴り響く。
三月末日晴天。大変にお日柄もよく。
桜も何とか残っていて、春の光も温かい今日は、結婚式にはうってつけの日。
今日は姉の結婚式だ。
双子の姉で、二卵性だと言うのに不思議と俺達はそっくりだった。
顔も背丈も。お互いに鏡を見ているように似ている。
今まで正確に見分けできた者はほとんどおらず、両親でさえいまだに間違えるくらいにはそっくりだった。
ただ性格はまるで反対だ。自他共に認める生真面目の俺と違って、陽気でわりとちゃらんぽらんで、危なっかしい姉。
そんな姉の結婚式である。
ちなみに姉も俺も18歳を迎えてまだ日は浅い。
先日高校の卒業式を終えたばかりだと言うのに、一週違いでの結婚式。
でき婚か?と疑われそうだが、違う。
真っ当な順序を踏んで、姉は結婚する。ーー隣に住んでいる幼馴染と。
幼馴染は名を、
発端は両親の仲の良さだった。
夫婦ぐるみで―特に母同士が―仲の良かった俺達と幼馴染の両親は、俺達が生まれたあたりから、
「男も女もいるし結婚させて親戚になったら良いんじゃないの!?」
と破茶滅茶な提案をしーーその念願叶って、今に至る。
小さい頃から、姉にしろその幼馴染にしろ互いに両親から言い含められてきたと言うわけだ。
俺達の両親にしろ、幼馴染の両親にしろ、ちょっと・・・アレだな、とは思う。
それに特に反抗もしなかった二人も二人なのだが。
まあ、幼馴染はいい男ではあるのだ。
性格は温厚で、面倒見が良い。
高身長の上に、高学歴で、顔面偏差値もバカ高い。
順調に一流企業に就職して、エリートコースに乗り、尚且つ、家事もそつなくこなす。就職してからは、更に口が上手くなったようにも感じた。
その面倒見の良さで、俺たちの世話も良く焼いてくれた。
俺にしろ姉にしろ、学業面で好成績をキープできたのは、ひとえにそいつのお陰だった。姉は結婚するということで進学はしなかったものの、俺は幼馴染が卒業した難関大学に合格も出来て、新年度から通うことになっている。
どこからどう見たって、結婚するには理想の相手と言えるだろう。
で、姉の結婚式である。
そんな幼馴染と姉の結婚式。
空を見上げれば、青空が広がっており、心地よい春風が俺を撫でて行く。
しかし、俺の心は葬式だ。
現在進行形で読経が頭の中には鳴り響いている。
何せ、まあ・・・姉の相手を、幼馴染のあの男を、桐月久嗣を、ずーーーーーーーーーーっと一途に俺は想っていたのだ、俺は。
※
「は?」
俺は訳がわからずに、頭を傾げた。
なんつった?え、なんて・・・?
「だから!あさが!逃げたのよ!」
俺が呼ばれて連れて行かれたのは花嫁の控室だ。
あさ。
母さんはもう!と叫ぶ。式までは一時間を切っていた。
「え、いや。あさが逃げたまではわかった。それも普通じゃないけど。けどさ?そこから先が意味がわからないんだけど・・・」
俺は眉を顰めて、もう一度頭を傾げる。
母さんがもう一度、もう!と叫ぶ。我が母ながら小柄だし、年齢よりもずっと若く見えるので、仕草だけなら小動物のようで可愛いのだが・・・。
「だから!あさのかわりに!ゆうがお式に出て!」
手に持っていたベールを母さんが俺の胸元に押し付けてきた。
ゆう、とは俺の名だ。春見ゆう。朝夕セットってわけだ。
いや、それはともかく。俺が出る?式に?
「あさが逃げたから、かわりに俺が花嫁衣装を着て、結婚式にでろ、と?」
押し付けられたベールを見下ろしながら呟くと、母さんが大きく頷いた。
「そう!ほら今更お式も止められないでしょ?!それこそ久嗣君に申し訳ないし・・・だから、ね。ゆうが出れば問題解決よ!」
ニコニコしつつ、母さんは言い放った。
いやいやいや、待て待て待て待て。何故そうなった?額に汗が浮かぶ。
いくら俺が嗣にぃが好きだったとしても、ありえないだろう?!
あさの代わりに俺が?!・・・トゥンク・・・になるほどおめでたくないのだが・・・?!
俺は母さんの隣にいる父さんを見る。助けを求めてーーけれど、父さんは、もう、明らかに目を逸らした。
懐柔済みかよ!ああー・・・知ってる・・・父さん、母さんのこと好きすぎるんだよな・・・俺たちにも良い父親なんだけどなぁ。今日はいただけない。
「いや?!いくら何でも!!俺が出るってありえないから!それにさ?!それ本当に大丈夫か?!事件性とかないわけ?!」
「大丈夫よ!あさとゆうはそっくりだし!ね!ほら、前も代役したし!ひとまず今日だけ乗り切って!お願いだから!!それにあさは大丈夫‼さっき連絡きたもの‼」
「ちょ?!おかしいだろ・・・!いやいやいや!無事なのは良いよ!良いけどもさ・・・!」
更にグイグイとベールが押しつけられる。
事件性がなくあさが無事なことには安堵できた、けれども・・・。
それに、そりゃ確かに、俺達はそっくりだ。多分列席者にはバレないだろう。
変な話だが自信がある。が、だ。
「無理だって!母さん!嗣にぃには、あいつには絶対バレる!」
「大丈夫!大丈夫!ほら、もう!時間ないのよ!下着は母さんがしてあげるから!お化粧とかドレスとかもあるでしょ?!とにかく、脱いで!」
今日と入学式の為に新調したブレザーの襟元を母さんが引っ張る。普段はか弱いくせに、こういうときだけどうしてそんな力強いんだよ?!
嘘だろう?!父さんを見ると、やはり明後日を向いていた。
嘘だろうーーーーーーーーーー?!
※
【訃報】結局押し切られた俺【母強し】。
ちーん・・・。
厳かな雰囲気の中、バージンロードを父と歩く。
実はこの練習、俺はやったことがあるのだ。
しかも花嫁側で、更には今着ているものとは違うが、同じタイプのウェディングドレスを着て、だ。
ここで勘違いしないでもらいたいのは、そういう趣味でやったわけではなくーー式の予行演習としてあさの代理でしたわけだ。
母さんが言っていた『代役』とはまさにそれである。
あの日はあさが体調を崩してしまい、推しの強さは母さんに似て天下一品のあさに頼みに頼まれ、引き受けたことだった。見返りはハーゲンダッツ3つだった気がする。高校生にはなかなか高級なアイスだったので渋々引き受けた。
・・・今考えれば、すでにあさは逃げる気だったのかもしれない。
俺に嗣にぃを押し付ける気満々で。
しかし、ありえないだろう。何故、弟を身代わりにするのか。
妹ならまだしもーーそりゃあ妹だってダメだが、性別的な話で言えば、だーー弟って。
ちらりと父を見遣ると、目には涙が浮かんでいる。おい、ちょっとまて父よ。
あんたは俺が俺だと知っていてなんで感動してんだよ。
心の中のツッコミが止まらない。
さて。
新郎まではあと3歩。
イケメンという言葉では足りないほどの男が、こちらを微笑みつつ見ている。
新郎まではあと2歩。
その手が俺達へと差し出される。
新郎まであと1歩。
父が止まり、俺はその腕から手を離して、新郎の手を取った。
そして隣へと行き、0歩。
導かれるままに並び、その腕に手を回す。
幸いなことに、ドレスは長袖だった。レースで首元から腕先まで覆われていて、そこにレースの手袋をしていれば、あさよりも骨ばった俺の身体を上手く隠すことが出来ていた。
祭壇へと一歩一歩進む。
小さな声で「ドレス、とても似合ってるよ」と言うので、これがスパダリの力か、と感服した。
そういや、代役の時も俺とわかっていながらも『可愛いねぇ』とか言ったな・・・。
俺を通してあさを見ていたが故のセリフだろうけれども。
声を出すと当たり前だがばれるので、俺も小さく会釈をかえす。
さあ、祭壇前だ。
することはなんだ?予行演習を思い出せ、俺よ。
ええと、そうだ讃美歌だ。讃美歌を皆で歌った後は聖書朗読があって・・・とか色々と考えていると、いつのまにか誓いの言葉まで来ていた。
緊張してる時の時間の流れは光速だな、と感じた。
「・・・悲しみのときも 富めるときも 貧しいときもこれを愛し 敬い 慰め遣え 共に助け合い その命ある限り 真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
幼馴染が揚々と答える。
まじか。相手俺だけど大丈夫?男だよ?と言ってやりたかったがなんとか堪えた。
そして次は俺だ。低めの声の神父が同じ文言を朗々と読み上げた。
俺はなるべく、なるべく高い声を出す努力をしつつ、尚且つ、せいぜい隣と前に聞こえる程度のボリュームで、
「・・・誓います」
と答えた。一瞬、幼馴染が少しだけ目を見開いた気はしたが、きっと気のせいだろう。気のせいだと思いたい。そして次は、指輪交換である。
手袋・・・外さなきゃいけないよなぁ・・・なんでもこの手袋を新郎前で外すのにも意味があるそうで。『今からあなたのものになります』という誓いの意味らしい。
指のサイズは驚いたことにあさと変わりがないので問題はないが、やはり手はあさのほうが柔らかいし丸っこい。当たり前だが俺は骨っぽい。一応、可愛らしく指先はネイルで飾られているが・・・ええい、ままよ!
俺はゆっくりと手袋を外して、アテンダーに預けた。
まずは指輪を取って、幼馴染の指に嵌める。
長い指だな、とか思いながらも、やはり緊張で手が震えた。「大丈夫だよ」とすかさず幼馴染がフォローをいれてきた。
・・・すげーな、こいつ、本当に。
さて、俺の番だ。動いている分には止まっているよりは気づかれにくいとは思うが、指輪交換で、しかもしてもらう方で手を動かすわけにもいかず、諦めて俺は手を差し出す。するりと長い指が手の甲を撫でて、俺の薬指に銀色の指輪を嵌めた。
ワァイ!これでオクさんだぞ!!(自棄)
しかし、一番の問題は次、だ。
所謂、誓いのキス、というやつだ。
さて、控え室で俺が母さんに向かって言ったことを今一度思い出して頂きたい。
俺が母さんに「あいつには絶対バレる!」と叫んだことは記憶に新しいことと思う。
そう実は、この男・・・幼い頃から、唯一、俺たち双子を見分ける能力を備えているのだ。どっちでshow!というお互いの服を交換する遊びでも百発百中であててくるのだ。他の人間は親でも間違える程に俺らは似ているというのに。
嗣にぃから言わせれば「全然違うよ?なんで間違えるんだろうね?」らしい。
俺たちが逆に「なんでわかるの?」と問いたい。いや、問うた返答がそれだったのだが。
そんな奴がこのベールを捲って、あさじゃないことに気付かないはずがないわけで・・・。
「それでは新婦へ誓いの口付けを」
その掛け声と共に、ベールが捲られる。
そいつは、嗣にぃは、それはもう、蕩けそうな笑顔だったのだが・・・ベールをがなくなった俺の顔を見た途端、
「ゆっ・・・?!」
と声を上げた。それは極々小さくて、列席者が驚くほどではなかったが。
ゆうくん、と呼ぼうとしたんだろうな、と容易に想像がつく。
瞠目した後に、何度か瞬きを繰り返して、驚いた顔で俺を見つめる。
そりゃなーーー!そうなると思いますよ、俺だって!!
なかなかキスをしない新郎に、神父が咳払いを一つした。
そこで漸く相手は我に返り、慌てて、けれど冷静さを装いつつ、目を瞑った俺へと顔を近づける。
それはほんの一瞬で、唇が触れ合って離れた。
俺が目を開けると、なんとも気まずそうに顔を赤らめている。
はっはっは!お前!知っているかな?!なんと今のは俺のファーストキスだ!喜がいいよ!(涙)
そこからはとにかく早かった。まあ、そう行程がないこともあるのだが。
俺たちはフラワーシャワーの中、教会を退場する。
ぱたり、と背中で教会のドアが閉まった。
隣を見ると、にこやかな顔で俺を見下ろしている。
ぅお・・・やだ、これ怒ってそうなんだけど・・・。
「ちょっとだけ、いいかな?」
そう言うと、ぐいぐいと俺を引っ張りつつ歩き、新郎の控室に連れ込まれた。
ーーところで部屋に連れ込まれる前、アテンダーさんが「激しく動くと崩れちゃいますからね!」と注意されたんだが。違うから・・・!違うからーーー!ーー
そして今。
控室に入るなり、俺は壁ドンされていた。
しかも両手でだ。つまり俺の頭の両横にそいつの手がある。逃げ場が皆無。ぉうふ・・・。
「ねぇ、ゆうくん、これ、どういうこと・・・?」
笑顔は崩さないまま言うので怖いったらありゃしない。
俺は誤魔化すためのあーとかうーとか言っていたが、
「ゆうくん?」
もう一度呼ばれて、観念した。
「・・・あさが・・・」
「あーちゃんが?」
「その、逃げて・・・」
「逃げた?!?!」
幼馴染もとい、仮称俺の夫の声が控え室に響いた。
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