第6話「アルメリア、暴走する」
「3日と持たないなんて、どうなってるのかしら、あの程度では手温かったのかしらねぇ……?」
食事がまともにもらえないのなら、いい加減この家を出ても良かったのだが、
生活能力が限られている自分が外で自活するのは中々大変だろう、とアルメリアは思った。
下手をするとそれこそ春を売る立場になるか、前世の能力を活かして暗殺者か冒険者にでもならないといけないのだから。
住む所だってすぐには用意できないだろうし、家を出たら詰むのは目に見えている。
世知辛い世の中ねぇ、とアルメリアは嘆息した。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる、って言葉が前世の記憶にあるくらいだものねぇ。ちょっと、強烈なのを屋敷全体にお見舞いしょうかしら?」
アルメリアは、要らなくなった古いドレスのあちこちを切り裂いてあえてボロボロにし、ついでだから汚しを入れた、今夜は戦争だ。
夜もふけた、というにはまだ早く、屋敷の人びとがそろそろ寝ようかという頃、ガン、ガン、ガン、と扉や壁を叩きながら移動する者がいた。
何だなんだと扉を開けて廊下を見た者たちは、皆悲鳴を上げて肝を冷やす。
ボロボロの服をまとったアルメリアが、ナイフを片手にもう片方の手に持った棒を壁や扉に叩きつけながら歩いているのだ。
その目は虚ろで、ぶつぶつと「ハラ……、ヘッタ……」などとつぶやきながら、亡者のように歩いていた。
どう見てもまともじゃないので、皆あわてて扉を閉じて部屋に立てこもる。
が、間の悪い者はどこにでもいるもので、もろにハチ合わせしてしまった者がいた、仕事を終えて部屋に戻ろうとしたメイド長だ。
「ひいっ!?」
メイド長はアルメリアに関しては若干のトラウマがあるのと、
最近アルメリアが大人しいので、先日の報復をと思って食事の用意を止めたという後ろめたさもあって、アルメリアがついに飢えておかしくなったと思ってしまった。
冷静に考えれば食事の用意を止めたのは今朝なのだから、たったの一日でそんな事になるわけもないと多少でも考えれば気づきそうなものではあるが、動転してしまってそこまで思い至らない。
まして、眼の前に「ヒト……、イタ。クウ、ハラ、ヘッタああああああああああああああああああ!!」
などと叫びながら棒やナイフを振り上げてこちらに向けて走ってくるアルメリアの姿があっては、悲鳴を上げて回れ右して逃げ去っても無理からぬ事だろう。
アルメリアも調子に乗って「クワセロオオオオオオ!! マズハ片腕エエエエ!!」と追いかけ回すものだから屋敷内は大騒ぎになるしかなかった。
メイド長は屋敷中を追いかけ回されて、ある部屋に逃げ込んだが、見ていたアルメリアに扉を棒で何度も何度も叩かれた音で脅されまくり、部屋の隅で半泣きになりながらガタガタと震えて震えるしかなかった。
「いたぞー!」
しかしこの暴走をいつまでも侯爵側が放置するはずもなく、武器を持った私兵がアルメリアを見つけて追いかけてきた。
アルメリアはさすがにここで暴れると屋敷に何らかの被害がでてしまうので、その場から離れる。
屋敷内の狭い通路では逃げるのも限界かと判断したアルメリアは屋敷の外へ出る
わざわざ外まで追ってはこないだろう、と思っていたら、わざわざ追いかけてきた。
「仕事熱心な事ねぇ」
と、アルメリアは呆れながらわざわざ相手の有利な場で相手をする事も無かろうと、棒も何も投げ捨てて敷地内の森へと向かう。
「探せー! まだそう遠くへは行っていないはずだー!」
追手の私兵達は手に松明を持ち、まるで山狩りだ。だが、今のアルメリアはただ逃げるだけではない、己の体に働く重力を操る地の魔法力を活用して、木を駆け上がって身を隠す。
松明の明かりが眼下にチラチラと見える、こちらを見つけられないようだ。向こうも一応令嬢として育てられたアルメリアが、木の上にいるとも思っていないのだろう。
「さて、反撃するような事じゃないけど、ちょっと驚かせてあげようかしら?」
アルメリアは手のひらに魔法力を集め、それを爆弾のように木の下にいる私兵達の集団目掛けて投げ落とした。
瞬間、閃光が走り、爆発音が轟く。
「うおっ!?」
「なんだっ!?」
「魔法か!? 使えるなんて聞いていないぞ!」
「上だ! 木の上だ!」
私兵達は、突然の出来事に驚き、混乱した。しかしアルメリアの居場所も気づかれてしまう。
「逃げたぞー!」
「そっちへ行った! 上だ!」
アルメリアは木から木へと飛び移り認識を撹乱する。私兵達もそれを追うように松明を手に追いかけ回す。
追ってくる私兵達にアルメリアは、木からぶら下がって眼光も怪しく「ニンゲン……、カエレ」と、もはや人間を辞めたかのような声で兵士達に魔法弾の雨を降らせ森の中も大混乱になった。
調子に乗ったアルメリアは「あははははははは!」と笑い声まで上げている。
「何をバカな事をやっているのですか!」
突然、凛とした声が森の中に響き渡り、 皆夢から覚めたように動きを止めた。
やがて、松明の明かりに照らされ、現れたのは姉ヴェロニカだった。
「いつまでこのような事をするつもりですか! このような卑しい事をして恥ずかしくないのですか!」
「……」
姉は木の上にいるアルメリアの位置を性格に見抜いており、鋭い視線を投げている。
しばし睨み合う二人。そして、沈黙に耐えられなくなったアルメリアは、その場から姿を消した。
次の日、アルメリアは屋敷の面々の前に綺麗なドレスを着て現れた。その前に父の侯爵が怒りの形相で詰め寄る。
「アルメリア! 何だ昨晩の騒ぎは!」
「何、と申されましても、私に心当たりは何も無いのですが」
「何を白々しい! 屋敷を騒がせてお前は何をしたいのだ!」
「皆様夢でもごらんになったのでは?そんな令嬢がいるはずありませんでしょう?」
と、優雅にターンして見せておちょくるアルメリアに、侯爵は敵を見るかのような目で顔を真っ赤にさせている。
アルメリアの方にしても、父に対して家族としての親愛の情が無いわけではないが、そもそも自分の存在は、父親の下半身が緩いせいだろという気持ちがあるので、二人の溝は深い。
そこへ、姉のヴェロニカも姿を現した。自分のような中途半端なドレスではなく、今日もまた完全武装できらびやかなドレスに優雅な所作。
アルメリアも思わず見とれそうな姿の姉は、アルメリアを前にしても冷静な様子だった。
「アルメリア、いつまでそんな事を続けるつもりなの?」
自分を咎めるような声にアルメリアは劣等感を刺激され思わず姉を睨みつける。
「そんな事、と言われましても、私に対しての今までの事を思ったら、大した事ではないでしょう?」
その言葉に姉はため息をつき、優雅に両手を広げるだけだった。
「貴女の置かれている状況に同情しないわけではないわ、でもね、世の中どうにもならない事もあるのよ?」
その言葉に、アルメリアの方は怒りを覚えるだけだった。
「どうにも、ならない、事、ねぇ。だったらこれはどうするのかしら?」
アルメリアは姉の周囲に何十本もの魔力の刃を生成してみせた、その全てが姉に向けられている。
いきなり魔法のようなものを使われたので、周囲からも悲鳴のような声が上がった。
「さぁどうするのかしら? こんなどうにもならない状況で、魔法の使えないお姉様は?」
そう、前世の記憶から魔式を使える自分とは違って、姉は魔法学園に入学するまでは魔力を封じられている。未熟な精神で魔力事故を起こさないためにこの国の魔力を持った国民全てが処置されている事だ。
今ならば姉との立場は全く逆転している、アルメリアはそう思ったが、ヴェロニカは眉一つ動かさなかった、自分の生命に関わるようなこの状況であっても。
「随分と余裕ね? 私がちょっと力を込めれば、この全てが貴女に突き刺さるのに」
「だったら、どうだって言うの?」
挑発するようなアルメリアに、姉は毅然とした態度で返すだけだった。その貴族然とした態度は、誇り高くも傲岸不遜にも見える。
昨晩と同じようににらみ合いが始まる、しかし何十本の刃に囲まれようとも姉の表情は揺らぐ事もない。
ここで衝動のままに姉を刺した所で、きっと、死するその瞬間までこの姉の表情を崩せそうに無い。
アルメリアは、どうしようもない敗北感を感じ、無言で魔力の刃を消して踵を返した。
後ろから父の声が聞こえるが、無視してその場を去るしかできなかった。
この分ではまた食事抜きかしらね、とか自室で思っているとドアが叩かれた。
がちゃりとドアを開けてみると、食事の載ったワゴンがある。拍子抜けしたアルメリアが部屋の外に出ようとすると、頭上から水が入ったバケツが落ちてきた。
当然、それはアルメリアを直撃し、せっかくのアルメリアのドレスがずぶ濡れになってしまった。
あまりにも古典的過ぎる罠にアルメリアの方が怒りに震える。
無言でバケツをその場に置き、昨日の騒ぎの時にも着た古いドレスに着替える。
アルメリアにはどうしても許せない事があった、これからやるべき事はただ一つだ。
「根性を、叩き直してあげるわ」
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