少年兵と王太子『むさ苦しい夏の夜の夢』
小鳥遊ちよび
少年兵と王太子
少年は、かつて兵士ではなかった。
平和な星に生まれ、戦争という言葉すら知らずに育った。
だが気づけば、異星を侵略するための兵士となっていた。
選択肢はなく、それが彼の運命であり、抗う術も知らなかった。
アルミ色のよく揺れる箱――それが宇宙船だと悟るのに時間はかからなかった。
小さな丸窓から、少年は静かに無限に広がる宇宙の海を見つめていた。
冷たい無音の闇は、現実と夢の境界を曖昧にしていった。
宇宙船は間もなく目的の星に到着した。
その星は、少年の想像をはるかに超える不気味な色彩を放っていた。
地球の穏やかな青や緑より、はるかに奇怪で不自然だ。
大地は紫がかったピンクに濁り、濃い緑の植物が禍々しく生い茂る。
海はエメラルドグリーンに光り、まるで毒を孕んだ液体のようだった。
「……気味が悪い」
思わず漏れた声が狭い船内に響き、少年の心にまで反響するようだった。
船が地上に降り立つと、少年は何の前触れもなく指揮官である皇太子殿下の目に留まった。
冷酷無慈悲と噂される殿下に気に入られたのか、少年は突然護衛へと抜擢された。
理由はわからなかった。
殿下は長身で、純白の軍服に金の刺繍を纏い、190センチを超える体躯が威厳を放っていた。
胸に光る勲章は異様な光沢を持ち、滑らかな肌は光を浴びて黄金の稲穂のように輝く。
その大きな黒い瞳には、計り知れない不気味さが宿っていた。
皇太子殿下は時折ちらりと少年に視線を向けては、首をかしげていた。
それだけで少年の心は落ち着かず、小声で「やめてください」と訴えたが、殿下は薄く微笑むだけだった。
ヘリが地上に着陸すると、黒い軍服を纏った屈強な男が敬礼を交わした。
「虐殺将軍」と恐れられる皇太子の右腕だ。
将軍も外見は軍人然としていたが、少年は彼の眼差しにも底知れぬ恐怖を感じた。
二人の会話を聞けば、海域の支配はほぼ完了したが、危険な種族が残っているという。
皇太子殿下が少年を見下ろし、透き通るようなイケメン声で問いかけた。
「この海、どう思う?」
少年はしばし言葉を探し、搾り出した。
「……僕は、海が嫌いです。底が見えないし、どこまで続くのか、何が潜んでいるのかもわからない。生命の誕生は海からだって聞きますけど……ただ、気味が悪いんです」
二人は少年を見つめた。
彼の感覚は、この世界の理から外れた者のように響いていた。
その時、海面が泡立ち、濁った水を割って生物が現れた。
漆黒の硬い殻に覆われ、頭部からは湾曲した巨大な角が生え、長く太い触手が海面を這うようにうねっている。
それが、少年を含むこちらへの威嚇・敵対行動であるとすぐにわかった。
「……これだから、低知能な生物は」
将軍は不機嫌そうに呟き、迷わず黒いアサルトライフルのようなものを構えた。
引き金が引かれ、銃声が海辺に響く。
次の瞬間、巨大生物の顔が炸裂し、赤黒い血と肉片が海に飛び散った。
水面は荒れ狂い、周囲の生物が暴れだし、海は混沌に陥った。
が、ここで激しい波が崖を襲い、少年と殿下を呑み込み、二人は海へ落ちた。
――気づけば、少年は暗い洞窟の中にいた。
遠くから波音が微かに響き、緑色に光る結晶が暗闇を照らしている。
すぐそばに、殿下が横たわっていた。
少年はふらつきながら駆け寄り、抱き起こそうと手を伸ばしたが、動きが止まった。
「……何、これ…」
殿下の顔は異様に変わっていた。
肌は硬く、カニの甲殻のように覆われ、額からは長い触角が揺れ動いている。
口元には鋭い顎が二つ伸び、灰色の液体が垂れていた。
それはもはや人間とは呼べない異形だった。
純白の軍服の中身は化け物であり、少年が見ていた殿下の姿は仮初めに過ぎなかったのだ――
ピクピクと、長い触角が痙攣するかのように動く。
「……まだ、生きてる…」
震える手で異形を見つめ、少年は恐怖に支配された。
皇太子殿下が人間でないと知った瞬間、心の支えが崩れた気がした。
「……ああ…」
少年は静かに息を吐いた。
――最初から、
「人間じゃ、なかったのか…」
呟きは波音にかき消され、洞窟の闇へと溶け込んでいった。
最初から、自分は何を見ていたのか。
一体、何を見せられていたのか。
この結末は、何なのか。
ああ……不気味で、気味が悪い。
「……う、変な夢」
男は汗に濡れた顔を押さえ、ベッドの上で荒い呼吸を整えた。
カーテンの隙間から射す朝の光が、まるで何事もなかったかのように揺れていた。
べたつく口内。水がほしい。
ああ、今日も仕事だ。
おしまい。
少年兵と王太子『むさ苦しい夏の夜の夢』 小鳥遊ちよび @Sakiri
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