むさ苦しい夏の夜の夢

小鳥遊ちよび

第1話 少年兵と王太子

少年は、かつて兵士ではなかった。


平和な星で生まれ、戦争の概念すら知らずに育った。

しかし、いつの間にか彼は、異星を侵略するための兵士となっていた。

選択肢はなく、それが彼の運命であり、抗う術も知らなかったのだ。


アルミ色のよく揺れる箱――それが宇宙船だと理解するのに時間はかからなかった――

その小さな丸窓から、少年は静かに無限に広がる宇宙の海を眺めていた。

冷たい無音の闇は、彼に現実と夢の境界を失わせるようだった。


宇宙船は出発して間もなく、目標の星に到着した。

その星は、少年の予想をはるかに超えた色彩であった。

少年が思い描いていた地球の穏やかな青と緑よりも、遥かに奇怪で不気味だった。


大地は紫がかったピンクで、そこに濃い緑が不自然に広がっている。

海はエメラルドグリーンに染まっており、全体的に毒々しい光景だった。


「気味が悪い…」


思わず漏らした言葉が、狭い船内に重く響いた。

その声は、宇宙の冷たさに触れ、少年自身の心に反響するようだった。


星に降り立った少年は、何の前触れもなく指揮官である皇太子殿下の目に留まった。

冷酷無慈悲と恐れられる殿下に気に入られたのか、少年は突然護衛に抜擢された。

なぜ自分が選ばれたのか、少年には理解できなかった。


皇太子殿下は長身で、軍服に身を包んだその姿は、威厳と冷たさを帯びていた。

少年の背丈は168センチ程度だったが、殿下はその頭一つ分、いやそれ以上に高く見えた。190センチは優に超えるだろう。

純白の軍服には金の刺繍が施され、胸には数多の勲章が煌めいていたが、その勲章はどこか異様な光沢を持っていた。


彼の肌は滑らかで、光に当たると、黄金の稲穂のように輝いて見える。

その大きな、黒くまん丸とした瞳には、何か不気味な光が宿っているようで、少年にはその視線の奥に何が映っているのか、計り知れなかった。


皇太子殿下は、たびたび少年に興味を示し、ちらちらとその視線を向けてきた。

何度も顔を屈めて少年を覗き込み、首をかしげる。

その行為に少年は戸惑い、小声で抗議したが、殿下はやめず、少年にはただ、彼がなぜか微笑んでいるように感じた。


彼との距離は縮まることなく、ただ一方的な視線が続いた。


その瞳の奥に、どこか人ならざるものの冷たさが潜んでいた。


ヘリが地上に降り立つと、黒い軍服を身に纏った屈強な男が敬礼を交わした。

彼は「虐殺将軍」として知られており、皇太子殿下の右腕だった。


その将軍も、外見は一見して軍人である。

しかし、少年からすると彼の眼も皇太子殿下同様に、苦手だった。どれだけ優しそうな色をしていても。


少年は彼らの会話に耳を傾けた。

どうやら、海域の支配が完了したという報告だが、まだ危険な種族が存在するらしい。


皇太子殿下はふと少年に問いかけた。


「この海、どう思う?」


少年は少し間を置いてから答えた。


「僕は…海が嫌いです。底が見えなくてどこまで続いているのかもわからない何が潜んでいるのかもわからないし生命の誕生は海からという言葉も聞いたことがありますが...........ただ、気味が悪いです」


その言葉に、皇太子殿下も将軍も、しばし少年を見つめた。

彼の言葉は、まるでこの世界の理から外れた感覚を持つ者のもののようだった。



突如として、海面が波打ち、巨大な角を持つ生物が現れた。

その生物は、虐殺将軍に挨拶するために姿を現したが、皇太子殿下の存在に気づいた途端、威嚇の態度を示した。


「これだから、低知能な生物は…」


虐殺将軍は不機嫌そうに呟き、素早くライフルを構えた。

一瞬の躊躇もなく、彼は引き金を引く。

銃声が轟くと、巨大な生物の顔は炸裂し、赤い血と肉片が海に飛び散った。

その瞬間、周囲の生物たちは混乱し、海は暴れ狂ったように渦巻き始めた。


その混乱の中で、少年と皇太子殿下は、激しい波に飲み込まれ、海へと落ちた。


気がつけば、少年は洞窟の中にいた。

波の音が遠くから響く中、彼はゆっくりと身を起こし、あたりを見回す。

洞窟には、天井や壁など所々に緑に光り輝く結晶が生えており、それが真っ暗なはずの洞窟内を照らしていた。



だから、視界が確保できた。



すぐそばに、何かがある。



そこには、皇太子殿下が横たわっていた。




少年はふらつきながら殿下の元に駆け寄り、その身体を抱き起こそうとした。

だが、その瞬間、彼の手が止まった。


「……何、これ…」


皇太子殿下の顔が異様に変わり果てていた。



その肌は硬く、カニの甲殻のように覆われており、彼の額からは長い触角が揺れ、ぴくぴくと動いていた。



口元には鋭い顎が二つも伸びており、灰色の液体がゆっくりと垂れていた。




その顔は、もはや人間とは呼べない異形のものだった。

純白の軍服を纏いながらも、その中身は化け物であり、少年がかつて見ていた姿は仮のものに過ぎなかったのだ.........いや――――――


「……まだ、生きてる…」



震える手で、その異形を見つめる少年の心は恐怖に支配されていた。

皇太子殿下が人間ではないことを知ってしまった瞬間、少年は何かを失ったように感じた。



「……ああ…」


少年は、静かに息を吐いた。




――――――最初から


「人間じゃ、なかったのか…」


その呟きは波の音にかき消され、洞窟の中にゆっくりと溶け込んでいった。


ああ、すごく不気味で、気味が悪い




いやな夢だ。

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