熱は全てを晒し出す
翠 蘿玖@とあるお嬢様の見習いメイド
第1話
「はぁ。」
もう、何度目だろうか、溜め息をついたのは。ポタポタと落下する雨粒だけが私の五感を占領する。もう、傘を差す気もおきない。というのも、今日は唯一の友達、紗依が休みだったのだ。毎日楽しく学校に通っているが、それは全て、紗依のおかげだったことを思い知らされる。私みたいな、一人しか友達がいない人間は、その一人がいなければ生活はなにもかも崩れてしまう。比べて、紗依はどうだろうか。友達がたくさんいて、一人や二人いなくたって変わらないのではないだろうか。私なんかが、いなくたって。
私には紗依しかいない。でも紗依には?紗依には私の代わりなんかいくらでもいる。その中でいつも仲良くする人に選ばれた一人がたまたま私だっただけで、小さい頃から一緒だったという要素がなければたくさんいる友達にさえ入っていたか危うい。紗依の特別になることは、きっとできないのだ。はぁ。
そうこう考えていたら、いつの間にかレジ袋をもって紗依の家の前に立っていた。無意識、というわけではないが、体は迷わずそう動いていた。そういえば昔、違う人が出てきたらどうしようと、インターホンの前でうろうろしていたものだ。今考えたら邪魔だし遊ぶ時間は減るしで、迷惑だったかもしれない。そう思いながらインターホンを押す。
「はい。」
お母さんが出たのだろう。機械越しにこもった、懐かしい、優しい声が返事をした。
「あ、香菜です。お見舞いに来ました。」
「あら香菜ちゃん。待っててね、今出るよ。」
──ガチャ。
インターホンを切る音がして、足音がこちらに向かって響いた。
「久しぶり。来てくれてありがとうね。さ、上がって上がって。二階の右の部屋にいるから。」
そう言って、紗依のお母さんは家にあげてくれた。いつも遊んでいた部屋をちらりと覗くと、様子が大分変わっていた。かつて絵本が並んでいた本棚は厚みのある本ばかりになり、おもちゃ箱はどこかに消え去っていた。ただ、お揃いで買ったくまのぬいぐるみだけは、変わらず居座り続けていた。階段を登り、案内された部屋をコンコンッと二回、ノックした。
「香菜ちゃん、来てくれたんだあ。うれしいなあ。」
そう答える紗依の声は、いつにも増して、ふわふわと飛んでいってしまいそうだった。よく似合う可愛らしいパジャマを着た紗依の、触りたくなるような頬は少し赤かった。
「体調どう?これ、フルーツとスポーツドリンク。食べれそうだったら食べて。他に欲しいものあったら買ってくるから言ってね。」
紗依の声を飛ばしてしまわないように、出来るだけゆっくりと、優しい声で言った。これをコンビニで選んでいる時、こんなに一緒にいたのに香菜の好きな食べ物をよく知らないことに気付いて、とりあえず風邪でも食べられそうなものだけ買ってきた。
「うわあ、ありがとう。体調はまあまあかな。香菜ちゃんはいっつも優しいよねえ。」
熱でぼんやりしているせいなのか、今日の紗依はちょっと恥ずかしいことをストレートに言ってくる。
「ねぇ、香菜ちゃん。話してたら気が紛れて良くなる気がするの。なんか話そうよ。」
そうだなあー、とにこにこと考えている。そんな紗依に、なんだか目が離せなくなっていた。あ、と紗依が声をあげる。
「そうだ、恋バナしようよ、恋バナ。私、実はスキな人がいるんだあ。誰なのか当ててみて。」
「………え?」
一瞬、私の時間が止まった。胸の一番奥底で、真っ黒な何かが物凄いスピードでぐるぐると渦巻いている。なんで、好きな人がいるのは良いことなはずなのに、嬉しいはずなのに、動揺が収まらない。全身から汗が噴き出る。
「その子はねえ、すごく優しいの。」
やめて。
「心配性だからいつも準備万端で、尊敬しちゃう。」
聞きたくない。
「でも、予想外のことが起こると、オロオロしちゃって、そういうところも本当に可愛い。」
これ以上紗依を取られたくないの───。
「ふふ、ほんとに鈍いなあ。最後のヒントだよ?さっき、優しいって言ったよね、だから、それで今も、看病してくれてるんだ。」
「……???」
え?え?どう言うこと?今来ているのは私だけのはず。この家の、私が見ていないどこかににいるっていうこと?
何故か紗依が頬をふくらませ、ゆっくりと深呼吸をする。そして。覚悟が決まったかのように、口を開いた。
「もうっ、まだ分からない?貴方が好きっていってるの、香菜ちゃん!」
「えっ。」
えっ、どういうこと?どゆこと?私?えぇ?
「もう、受け入れてもらえるかもらえないかなんて、考えるの面倒くさくなっちゃった。」
熱くなった紗依の繊細な手が、私の頬に触れた。妙に鼓動が速くなっていくのを感じる。
「ねえ、好きだよ、大好き。香菜ちゃん。」
───このとき、やっと気付いた。今まで、全く気付かなかったんだ。どうして紗依以外に友達がいなかったのか、いや、作らなかったのか、どうして紗依が他の人と関わるのが嫌だったのか。でも、やっと分かった。
好きだったんだ、恋愛的に。
それだったら、もう、こんなに嬉しいことはない。私はチャンスを逃さない。
片方の手で、紗依の手に触れた。もう片方の手は、紗依の頭に添える。
「紗依、今日、紗依が休みですごく寂しかったよ。…明日、休むね。」
「え、なん……」
紗依に顔を近づける。これからなにをされるのか理解したのだろう。言いかけていた言葉を途切らせた。余計に赤く染まった紗依のピンク色の唇に、唇で触れた。
「……っ!」
唇を離し、愛おしい紗依の、目元に光る水滴を舐める。
「世界で一番、愛してる。」
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