魔装ガールズ 第3話

 また、いつかのユメをミる。

 黒いカラス《クロウ》。それは軍勢クロウ

 ソラを覆う。仰向けになって、だれかはぼんやりと見つめている。

 ―――ああ、空が終わる。

 どうしようもなく、それらは世界を覆いつくしていく。

 なぜだろう、こんなにも哀しい。

 終わりが、終わりに向かっていく。

 ただ、哀れだとも思う。それらは、ただそれだけのためのものだから。

「……どうでもいいことね」

 だれかはだれか《ワタシ》の知らない言葉で独り言ちる。

 ゆっくりと立ち上がる。

 ああ、向かうのだ。あの終わりに。

 だれかは歩みを止めない。それを受け入れていた。

 死に向かうとわかっていて、丘を登るのだ。

 それをひとは宿命と呼ぶのだろう。

彼女はそれを受け入れていた。

 自分で、その宿命を選択したのだ。

 それは、とても尊いことで。

 私にはとても……。

「出来るわ」

 誰かが言った。わたしに言った。

「それをあなたが選んだなら」


……まどろみが醒めていく。


アバン


「若葉、聞いているの?」

「……えっ!」

 勢いよく頭をあげると、西条光の顔面があった。

 めっちゃにらんでくるけどどうがんゆえに正直そんなには怖くない。

「え、えぇっと、なんの話でしたっけ?」

 はあ、と光はこれ見よがしに溜息を吐いた。

「補充要因として二名、コネクタが増えるという話よ。日本の保有する『宝玉jewel』は四つ。あなたとカナリアが二つを保有していて、残り二つ分のめどが立ったから」

「あ、あー! そうでした! その話でした! いやー、仕事仲間が増えるの楽しみですね! カナリアさん!」

「……そう?」

 話を振られた千樹カナリアは不思議そうに小首をかしげる。紫苑の澄んだ髪がなびいた。

「私は、私のすべきことをするだけで、そんなに変わることはないと思う」

「えー、カナリアさんはうちが一緒でも嬉しくないんですか?」

「ん、若葉と一緒に戦うこと自体に思うことは特にない」

「えぇ……」

「でも若葉に出会えたのは、嬉しいこと。ご飯がおいしくなった」

「うんうん、そうですよね! そういうことがあるかもってことです。ないかもですけど」

 だれとでも仲良くなれるわけないでしょ。というのは友達の斎田ひなたの言葉だったような気がする。

 なんの意図があって若葉に言ったのかを彼女は知らないが、その言葉自体は彼女も理解していた、

「それで、どんな人が来るんですか? その補充人員って」

「会えばわかると思うけど……そうね……」

 光は手を顎につけて、思い出す。

「一人は、白戸焔。『橙』の『宝玉』を使うわ。そうね、元気な感じの子かしら? 年齢は若葉、貴女と同じだったはずよ。

 もう一人は、月詠凪。『灰』の『宝玉』を使うわ。若葉より年下だったはずよ。大人しい感じだったわね

 ……うん。まあ、あえばわかるわ。さ、今日の集まりはこれでお終いよ」

 ぱんぱんと光は手をたたこうとしたところで。

「こんにちはー!!」

 ばたんと対策室の扉が勢いよく開かれた。

 そこには明るい髪色のちんまい元気な少女がいた。



 夜が明けたのに薄暗い路地裏。

残暑がアスファルトを焼く9月の半ばにおいて、日の光が差さないその場所は、季節外れにひどく肌寒い。

酔っぱらいの男がその路地裏に迷い込む。顔は赤らみ、視点は定まらず、足取りも千鳥足。路地の壁にもたれかかる。

不意に男が反応を示す。薄暗い影に重なる重たい影を感じたからだ。

視線の先に靴が見えた。酷く汚れているがどこかの高校のローファーのような感じだ。白い靴下をなぞるように視線をあげようとして、

頭が落ちた

アカイ、アカイ、血が噴水のように噴き出して路地を灰色から真っ赤に染める。

頭だけがこてんと落下(おち)た、いやに間抜けなスプラッタ。

波紋が広がる紅い水たまりには、首無し死体と、それからどこかの高校の女子生徒の姿が写っていた。



 プレハブで出来たかりそめの校舎に電子音のチャイムが鳴る。

 UB――未知の化け物が若葉たちのいる学校を破壊してから二か月半が立っていた。

「起きな、若葉」

「……むぅ」

 のっそりと若葉は机に突っ伏した状態から起き上がった。

「なに? あんたも夜更かしとか覚えたの?」

 そう、委員長で若葉の友人である、ひなたは軽口をたたく。

「んー、あんまり夜更かしはしてないつもりなんだけどなぁ……」

 生活リズムはずっと変わっていないのにどういうわけか、若葉の眠気は以前より増していた。

「変な夢ばっかりみるし、なんだか無限に睡眠不足……」

「ふーん、成長期なんじゃない?」

 ひなたは彼女らしく、雑な返答をする。

「そんなてきとーな、わたしもうこれ以上成長しないと思うんだけど。中学からずっと体形変わらないし……」

「バイトのせいじゃない? 仕事が増えて体がびっくりしてるんだって」

「んー、そうなのか……」

 言葉を止めて横を見る。

 声の主はひなたではなくて、

「よっ」

「あ、ええっと……」

「焔だよ、白戸焔。昨日から一緒のバイトでしょ?」

 短めの明るい髪がさらりと揺れて、なんてこともないように焔は答えた。

「ね、ねえ、若葉、だれよこの女……?」

 困惑したように聞いていた。

「えぇっと、この人は……バイト先の、後輩? センパイ? ……同僚……の人で……」

「どもども、白戸焔っていうよ! 職場では若葉の後輩だけど仕事経験的には先輩っていうなんだかめんどくさい人だ! なんでここにいるのかっていうと、隣のクラスに転校してきたからだよ」

 はきはきと明るく、ピョンピョン飛びながら焔は簡単に自己紹介をした。ついでに聞こうと思っていたことにも先んじて答えてくれた。

 再び張りぼてのチャイムが鳴る。

「あ、一限始まっちゃうね! じゃあ!」

 ピュン! と焔は教室から出ていった。

「……なんなの、あれ」

「んー、嵐みたいな人だったね」

「そうね……いえ、そうじゃなくて若葉、あなたバイトなんか初めてたの⁉」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 聞いてない! というひなたの声が響いた。



「わーかば! 一緒にお昼いこ!」

 昼休みのチャイムが鳴ると同時に隣クラスから焔が飛んできた。

「わたし、お弁当ですけど?」

「大丈夫! アタシもパンと牛乳だから!」

 そういって中身の入ったコンビニ袋を焔は持ち上げた。

 総菜パンと200mlの牛乳がぶら下がっていた。

 ちらりと目配せするように若葉はひなたを見た。

 ひなたは若葉だけわかるくらいの表情の変化をつけて、厭そうな顔をした。

「えーっと、その、気持ちは嬉しいんですけど……」

「あ、君も一緒にどう⁉」

 いきなり話題を振られてひなたは変な声を出した。

 それからおろおろしつつ、つい。

「……はい」

 頷いてしまった。



 三つの机がくっついている。

 気さくに話しかけてくる焔と相槌を打つ若葉、だんまりを決め込むひなたが食事をしていた。

 一見ひどい構図だが、ひなたにとっては下手に話しかけられるほうがつらいことを若葉は知っているのでこれでいいのだ。

「でもどうしてわたしをお昼に誘ったんです? いえ、厭ってわけじゃなく、純粋な疑問として」

 焔は総菜パンをがっつくように2,3口で口に詰め込むと、牛乳でそれを流し込んでから。

「だって、仲良くなりたいでしょ? せっかく縁があったんだから! あ、同級生なんだし、敬語は辞めてね! 焔って呼んでくれていいよ!」

 実にあっけらかんと何でもないことのように答えた、

 あー、これはひなたが苦手なタイプだろうなぁとなんとなく若葉は思った。


 それから若葉がお弁当を食べ終え、ひなたがぼそぼそと若葉お手製弁当を食べている最中の時、クラスの中から不意に一つのうわさが流れてきた。

「……殺人事件」

「ひなたちゃん、口に何か含んだまま喋るのは行儀悪いよ。それから好きそうな話題だからっていきなり喋りだしたらびっくりするよ……」


 殺人事件の概要は以下のようなものだった。

 朝方に朝帰りのサラリーマンらしき死体が発見された。らしきというのも、体のほとんどの部分が欠損していたのだ。ちぎったかのようにその断面はずたずたで、かろうじてスーツらしき生地が残っていたことと顎の残骸からサラリーマンの中年男性だということが分かったという話である。

 お弁当を食べ終わった後に聞いてよかったと若葉は思った。ちなみにひなたは箸を動かす手が早まっていた。

 大好物なのだ。にこやかと楽しそうにしている。

 若葉的に友人のこの趣味はちょっとどうかと思いつつ、友人の様子を苦笑とともに見ていた。

「……ふーん」

 対して、何とも興味なさげな生返事を焔はしていた。

 ズゾゾゾとからの牛乳パックをすする音が聞こえた。



「わーかばっ、一緒に帰ろ!」

 焔、ふたたび。まだ友達が出来てないのだろうか。

「いいけど……」

 ちらりといつもの位置を一瞥するとそそくさと帰る委員長の姿があった。

「……うん。いいよ」

 普通に頷いた。



 暗い、土の中にいる。

 つい今しがた。ソレはできた。

 もう、一人くらいたべたい……

 ソレはそんなことを



 若葉と焔の家は学校からの方角が一緒だった。

 二人とも同じ方角の電車に乗り込む。降りる駅を若葉が言うと焔が下りる駅はそこよりさらに先だという。

 不意に軽快な音楽が鳴った。

「あ、ちょっちごめんね」

 焔の携帯だった。窓際に彼女はより、何やら話し込んでいた。

 電車が動きだして一駅動いた。

「ごめん! アタシ、ちょっとした急用が出来ちゃって、ここで降りるね」

 焔は停止した駅で降り、向かいのホームに居合わせた電車にそのまま乗り込んだ。



 夜、雲が空を鈍く覆いつくしている。

 雨が降った。それは赤い雨だ。人間から首を引きちぎればこれぐらい血潮が宙を舞う。

 制服の少女――のような影がつぶれた頭を手に持っている。

 降らない雨がしとどに濡れる。



 翌日は訓練がある日だった。若葉・カナリアの二人に、焔・凪の二人が加わることになる。

 凪とカナリアは以前から面識があるらしく、何やら話している。

 月詠凪――焔と一緒に追加された人員だが、実はカナリアの次にコネクタになった人らしい。今までは他国でピンチヒッターをしていたらしい。

 黄緑色の髪はウェーブを描き、肩口までの長さで、貌の側面が覆われているのも相俟って小顔に見える。目元はややたれ目気味で、右目の傍にわかり辛いが泣き黒子がある。おでこは少し広めで童顔なので実年齢の16歳よりもよほど幼く見える。身長も157cmと小柄。

 どこかおどおどしていて、カナリアとも話してはいるけれど目を合わせてはいなかった。

 どちらかといえば目立たない、クラスの隅にいるタイプに見える。

 若葉が凪をぼうっと見ていると

「どしたの?」

「あ、焔。うん、ちょっとね。……ねえ、焔は月詠さんと話したことある?」

「ううん。話したことないよ。あの子、なんだか話しかけづらいっていうか、話しかけてもあんまりいい反応がもらえないし……うん、でも一緒にいればいつか仲良くなれるでしょ」

 あっけらかんと焔は言った。

 そうなればいいと若葉も思う。いずれ彼女のことを知る機会があればいいとも。


 その日の訓練はいつものように体を鍛える奴だった。まだ装着はしていない。

 肉体はコネクトを装着すると勝手に強化されるが、体幹や平衡感覚はその限りではないのだ。


 いつものように訓練を終えると既に夜は深まっていた。

「カナリアさーんっ」

 カナリアのそばに若葉はとてとてと近寄った。

「ん」

 カナリアは返事になっているのか怪しい返事をした。

 訓練がある日の夜はカナリアの家で晩御飯を作るのが彼女にとってのライフワークのようなものになっていた。

「今日も美味しい食べ物作りますよ! あ、そうだ! 焔もどう? 千樹家でわたしの料理」

 若葉が焔にふると、彼女ははっとしたように若葉を見た。その手には携帯が握られていた。誰かと電話をしていたのだろう。

「あ、ご、ごめん。アタシちょっと早く帰らないといけないから、……じゃ!」

 そういって彼女はすたすたと夜の闇に消えていった。



 次の日も惨殺体が上がったらしい。

「犯人は女子高生だって噂らしいわね。目撃した人がいるんですって。でもそれっておかしいわ。だって死体は下あごが引きちぎられてそこから飛び出た脊髄が剥き出しだったのよ。ネットに転がってたからこれは真実ね。しかもすごいのよ。はらわためっちゃぼろりしてるのよ! 腸の断面! そのうえ脳も心臓も消えちゃってるの! これはあれね、シリアルキラーっていうやつね!」

「ひなたちゃん……さすがに不謹慎だよ。そして食事時にする会話じゃないよ。そして焔が静かになっているからノリノリで話し出すあたりそういうとこだよ」

「……」

 ボンヤリと、焔は窓の外を見ていた。物思いに耽っているように見える。

「ねえ焔? 元気がないように見えるけど、何かあったの?」

「………え? あ、うん。そのね」

 焔が何か言いかけた時。

 遠くで轟音がした。

 UB、それも大型が窓の外に写っていた。

 咄嗟に方角を確認する。自分たちの家がある方向じゃないことを確認して、若葉はほっとした。

 だが、つ、焔を確認すると彼女は蒼白な顔になっていた。

 がたんと椅子の倒れる音がして、その直後には走り出していた。

「え、ちょ、どうし」

〈緊急避難命令。緊急避難命令が発令されました。直ちにマニュアル通りに避難してください〉

 何があったか聞く前に雪崩のようにクラスメイトが押し寄せてきた。



 屋上のドアが乱暴に開けられる。

 焔の腕にはすでにアームドデバイスと宝玉ががセットされていた。

「――チェンジ!」

 シンプルな声とともにかちりとデバイスをひねる。

 橙色の装甲が彼女を覆い、そのまま屋上から飛び降りた。



 どうにか人込みから抜け出した若葉はどさくさで人目のない場所に移動した。

 腕にはアームドデバイスがつけられている。

 装着しようとした彼女の頭上を橙の流星が駆け抜けていった。


 それはオオカミのようなビジュアルで地面をならしていく。

 理性もなく、知性もない。そもそも意識すらあるのか、なぜ人間の捕食だけでなく、理由の見当たらない破壊活動を行うのか定かですらない、そんな未知の化物。それがUBである。

 その頭部に橙色が激突した。

 その線はUBの周辺を何かを探すように飛び回った後、UBの首をたたき上げるように激突する。そして橙の宝玉は輝く。

 熱風が発生した。それは幻影を虚空に描き、化物を惑わしながら、灼(や)く。

 獣は悲鳴を上げるために大口を開ける。

 その目前、突発的な熱風の発生による蜃気楼の中でその少女は両手を交差した構えを取っていた。

「―――はっ!」

 灼熱の空気が圧縮され、空気砲のように放たれる。

 衝撃に化け物は吹き飛ばされ、

 


「……」

「……あ、カナリアさん、来てたんだ?」

「ん。来てた。今さっき着いたところ。若葉も、もうすぐ来るところだった」

「そ、そう……あはは、先にUB倒しちゃって、なんかこう……すみません」

「ん、それ自体は別にいいと思う。私は。でも、独断専行は、よくないって規則にある」

「はあ、まあ、そうだよね……怒ってる?」

「? 怒ってる? んぅ、どうなんだろ。私、怒ってる?」

 きょとんと、カナリアは首を傾げた。「怒っている」というものが、自分でもよく分かっていない様子であった。

「アタシに聞かれても……」

「ん、そうだね。自分で考えないと。あ、でも焔。単独行動は、だめだよ。うん、私もよくないと思う。ちゃんと光の言うことは聞かないといけないと思う」

「あー、そこはごめんなさい! 反省してますっ」

 ばっと音がしそうなくらいの勢いで焔は頭を下げた。

 カナリアは少し困った。

 そんな時に若葉が遅れてやってきた。

「焔、早いよぉ。って、カナリアさん! もう来てたんですか!」

「ん、若葉。思ったより早かった。若葉は、……って、焔?」

 焔はカナリアと若葉を交互に行ったり来たりするとまたぺこりと頭を下げ。

「ごめんなさい! ちょっとだけ席外させてください! あとでメッサ叱られるんで!」

 瞬く間に焔はどこかへ消えてっしまった。

「………え、と。どういうことでしょう?」

「ん、あのね」

 かくかくしかじかとついさっきまで起きてたことをカナリアはたどたどしく解説した。

「え! すごいですね! 焔、あんな大きなUBを倒しちゃうなんて!」

「ん、でもおかしいよ」

「おかしい?」

 きょとんとした顔で若葉は焔に尋ねる。

「うん、弱すぎた。あのUB、中身スカスカというか、まるで様子見に使われたみたいな感じで」

 不思議だなぁ、って顔でカナリアは言う。

 なんだか、首筋にひりつくようなものを若葉は感じていた。



 夜の闇が暗く世界を染めようとしている、そんな逢魔が時。

 若葉はついさっきまでUBが暴れていた地点をうろうろしていた。焔を探しているのだ。

 彼女と話したりしていて、自分の中に何らかの違和感が募っていくのを若葉は感じていた。

「あ、見つけた」

 焔の背中が見えた。

 やはりというか、以前聞いた彼女の住所とは明後日の方向を歩いていた。

 こっそりとその後をつけると、不意に焔は足を止めた。

 近道をしようとしたのか路地裏に入ったところだった。

 不思議におもい、ひょっとりと若葉は焔の肩口から顔をのぞかせた。


 若い女性だった。

 真っ赤な血は地面いっぱいに広がって光の加減も併せて、どす黒く見える。

 頭の上半分がないので、だらりと垂れさがった舌が間抜けに下顎に乗っかっている。胴体の前側に布も肌もなくなっていて、肋骨とはらわたが剥き出しに零れている。慥かに心臓がなくなっていた。

 思わず息を飲む。ひっ、と喉の奥で音が鳴り、ぐりんと勢いをつけて焔が振り向いた。

 勢いをつけて、焔が若葉に覆いかぶさってきた。



 赤い血がパッと花開くように飛び散った。

「焔!」

 それは背中を割かれた焔の血だった。

「若葉! なんでいるの⁉」

「ゴメンナサイ! 焔ちゃんの背中が見えたから……ッ! そうだ、焔ちゃん! 背中! 背中斬られてる! てか、アレ何!」

「分かんない! 妹の送り迎えで近道通ったら遭遇しちゃって!」

「妹?」

「うん、一昨日から熱を出しちゃって、心配だったんだけどって、それどころじゃない!」

 焔が若葉を抱えて跳躍する。

 さっきまで彼女らがいた場所が軽くえぐられる。

 それは人の形をしていない。

 人ぐらいの大きさのミミズ。その先端にはかっまと口のようなものがある。

「チェンジ!」

「ギアオン!」

 二人が装甲を身に纏う。

 焔が熱風を圧縮してUBに叩きつける。

「え! それ何⁉」

「橙の宝玉の特殊技だけど……」

「わ、わたしそれ知らない!」

「え! カナリアさんも使っているよ!」

 思わず叫んだ若葉に焔がツッコミを入れる。そういえばあの電撃びりびりとライトニング的なソードは自分には出せないあれだった。

「え、わたし、もしかしてオリ技なし……」

「来る!」

 焼かれながらUBは悶えることなく、突撃してくる。

 紙一重で二人はそれを躱し、宝玉のエネルギーを圧縮した光弾(共通仕様)を両側面から放つ。

 ミミズは地面に潜る。その際出来た大穴に二人がビームを打ち込もうとする。

 その瞬間、吹き飛ばされる。

 二人が、

「⁉」

 二人を吹き飛ばしたのは見覚えのない制服を着た女子生徒だった。

「っ、噂のシリアルキラーって……!」

 地中からミミズ型のUBがはい出てくる。

 それにその謎の少女が馬乗りになった。

 やがて土煙とアスファルトの立てて姿を消した。



「いつつ……、若葉ってば、背負ってもらわなくても歩けるから……」

「だめ。焔には、私のせいでケガさせちゃったし。これくらいしないと」

「別に足を怪我したわけじゃないよぉ。重傷でもないし」

「だーめ、お医者さんにもむやみに動かないように言われたでしょ……あ、着いたよ」

 そこは避難所だった。街灯地区にUBが現れた場合の市民の避難所である。

「あ、柏さーん」

 焔が大きく手を振るとその場にいた中年の警察官の一人がこちらにやってきた。

「この人は柏刑事。交番のお巡りさんで、アタシの知り合い」

「どうもこんにちは。焔ちゃんと、君は、もしかして孤宮くんかい? お噂は兼ねがね」

 中年でありながら、どこか若々しく筋肉質な印象のそのお巡りさんはそう、挨拶をした。

「焔から話を?」

「いや、私は以前、SITにいたことがあってね、その縁で千樹君と知り合った。それもあって、君たちの存在をしっているのさ」

「はぁ……」

 警察とかでは有名人なのだろうかと、ボンヤリ思う若葉である。

「じゃあ、また!」

 焔があいさつを終えて、いこ、と若葉の脇腹をつついた。

 くすぐったかった。



 白戸焔の妹、白戸未来はまだ立って歩けるかもわからないほどに幼い子供だった。

 彼女はすやすやと小さなかりそめのベッドの中で寝息を立てていた。

 焔は傷を負っているので、若葉が代わりに未来を抱えることになった。

 焔は自分で抱えるといって聞かなかったが、若葉がどうにか説き伏せた。

 小さな子供を抱えると、その小さくて確かな重さと温かさに、胸の奥をしめられる感じがした。

「送るよ」

 若葉はそういった。焔は変な顔をしたが、すぐに破顔して、いいよって言った。


 街明かりが消えてしまって、星が見えてきた。

 小さな子供の寝息を乱さないように、二人は黙って歩いた。

 不思議なことに教室でしたどんな会話よりも、その沈黙のほうがお互いを分かれたような気がした。


 長い夜道を抜けて、市の中心から外れた団地にあるボロイアパート。そこの二階にある一室が焔の家だった。

 がたがた言っているエレベーターで二階に上がり、隅の一室の錠をさびそうなカギで焔は開けた。

「ただいま」

 焔が穏やかにそういった。割かしにぎやかなほうである彼女の穏やかな声音は結構衝撃度高かった。

「おかえりなさい……あら、その方は?」

「うーんと、……友達の若葉。若葉、この人がアタシのお母さん」

「白戸美緒です」

 穏やかそうな母親だった。二児の母だというのにその佇まいは若葉の母親とは対照的にはかなげで、か弱かった。

 若葉は美緒に未来を渡した。

「ありがとう……ごはん、まだ?」

「え、ええ、まだですけど」

「そう、じゃあ、私が……」

「いいよ母さん。アタシが作るから」

「あ、うちも手伝いますっ、大丈夫ですっ、、こう見えて定食屋の娘なんですよ。まっかせといてくださいっ」

 このままでは譲り合いになりそうだったので、するりと若葉は言い切った。


 狭い台所に若葉と焔が立っている。

 あんまりいい材料がないし、チャーハンでいいよねってことで今晩はチャーハンになった。

「未来がさ、熱を出しちゃってさ。前に何回か若葉をふいにしちゃったことあるでしょ。それのせいなんだ。保育園から電話がかかってきたの。母さんは体が弱いし、アタシが行かなきゃでね、それからも結構気が気じゃなかったんだ」

「言ってくれればよかったのにぃ」

「ごめんて、いやさ、なんかタイミング悪くて、ってと、はい、卵研いだよ」

「あ、じゃあ、ご飯と絡めて」

「先に絡めんの?」

「わたしはそうしてる。そのほうが卵のコーティングが均一になる……ような気がする」

「ふーん」

 焔がしゃもじで雑にごはんと溶き卵をかき混ぜる。

 具材は若葉がそっこで切り終わっているのでフライパンには油と少量のニンニクが乗っかってぱちぱちと爆ぜている。

「焔は、どうしてコネクタになったの?」 

 なんとなくで、若葉は聞いた。正直、返答は想定できたのだが、どうにも口が寂しくなった。

「お金」

「あ、やっぱり。うちもそうなんだよねぇ」

「若葉って気を抜くと自分の事「うち」って言うよね」

「えー、そうかなぁ」

「そうだよ……アタシも昔はオレっ娘だったしまあそういうのもあるでしょ。えーと、なんの話だったっけ?」

「お金の話」

「そうだった。あのねぇ、我が家は貧乏なんですよ。アタシもバイトとかして生計を立てていたんだけどね。そんな時にコネクタにならないかって話が柏さん経由で入ってきたんだ」

「柏さん」

「うん。アタシ、昔UBが街中で暴れた時、そこにいたんだ。すぐそばであの化け物を見たの。仲良かった従妹を亡くしてね、その時にアタシをかばってくれたっていうのが柏さんなんだ。気絶してたから、あんまり憶えてないんだけどね」

「……」

 ぱちぱち、行き場を失ったニンニクがフライパンの上で寂しい音をたてて焦げていた。

「だから、柏さんの縁でこの話が来た時、変な話だけど迷わなかった。むしろ幸運だと思った。お金もなかったし、これもめぐりあわせだし……やっぱりお給料もいいしね。ほら、我が家にお金を入れなきゃ」

「ん、そっか」

 亡くした従妹の話をするとき、焔の顔が哀しそうに歪んだことを若葉は聞かなかった。

「うち、貧乏だしさ。お金がいるんですよ」

 もう一度、焔は言った。それだけじゃないけど、それだけ。

「ん、卵かけごはん」

 そういって、若葉は焔からご飯を受け取った。切った具材と一緒にフライパンに突っ込んで炒めた。

 正直、焔が例のシリアルキラーかもとちょっとだけ思っていたけれど。それはないなって思った。

 そう思うから、そうなのだ。

 チャーハンが宙を舞った。



前回と同じ型のUBが現れたという。

 どういう理屈化は知らないが、どうにも前回と同じ個体らしい。

「むう、前にさくーっと倒したと思ったんだけどな」

「ん、焔」

「わ、わかってますよ。今回はちゃんと皆さんと一緒に戦いますよ、前回は西城さんと有働さんにめっちゃ怒られたんだから……」

「ははは、カナリアさん。そう怒らないで」

「むぅ、怒ってはいないと思うけど……」

「あんたたち、さっさと行きなさい!」

 光の叱責が飛んだ。

 びくっとする凪と、うへぇって顔する焔。無表情のままのカナリアと、しゅんとする若葉。

 四者四葉な反応の後に、それぞれが装甲着(アームド)を装着し、UBに向かっていく。


 カナリアが光の刃を携える。

「あ、カナリアさん! それってあれですよね。カナリアさんの蒼の宝玉の固有能力ですよね。なんで電気びりびりと一緒で! 教えておいてくださいよ。宝玉に固有スキルがあるなんて」

「? 電気びりびりはともかくエネルギーの刃は固有のものじゃない」

「え、そうなんですか!」

「ん。光弾の応用」

「な、なるほどです」

 前方にUBが迫る。

 カナリアはその刃で口を切断し、その断面に蒼き紫電を奔らせた。

「って言ってたけど」

「やってみる?」

「よし!」

 カナリアが紫電でUBを焼いている間に若葉と焔が首筋に近づく。

 エネルギーの出力を調整して、二人は不格好な刃を作る。

 そのまま刃の形を維持しながら、全速力をだす。

 勢いづいた掛け声とともに、二人の斬撃が交差し、巨体の首を切断する。

 UBはそのまま霧散し、二人は勢いをつけたまま蒼穹に停まった。

 ぱん、と乾いたハイタッチが鳴る。


 こうして二人はいつのまにか友達になった。



 この友情がいつまで続くのかを二人はまだ知らない。

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