第58話
「もう、20年も前の話になるなあ…」
勇次郎は遠い目をして 呟く様に言った。
「陣ノさんは本当に、仕事熱心な人だった。昼夜問わずによく働いて…。早くにご主人を亡くされていたので、女手一つで子供を育てていかないと、と 必死だったんだろうね。末の娘はまだ小学生だから淋しい想いをさせてしまってるんじゃないかと 時折り悲しそうに溢してたよ。
…君は、その娘さんだったんだね」
緑は苦い表情で唇を噛んだ。
「あの頃の彼女は、丁度今の君くらいの歳だったんじゃないかな。まだ若いのに、浮いた話の1つも聞いたことはなかった。ただひたすら子供のためにと、毎日を頑張ってたんだろうね」
緑の瞳から、大粒の涙が溢れた。
「どうぞ 召し上がってね」
緑の前に、美愛子が冷たい麦茶を入れたグラスを置いた。
「…申し訳ございません…本当に…」
緑は頬を伝う涙を拭いながら、勇次郎と瀬里香を交互に見て 頭を下げて謝った。
「緑さん、1つだけ教えて」
瀬里香が言った。
「この始まりは、緑さんから?」
緑は黙ったまま首を横に振った。
「…だろうね。緑さんを見た時、思った。
陸斗のタイプだなって」
「…とは言え 結果的にこうなったのですから、自分にも責任があると思っています。
最初は、失礼ですが 陸斗さんのことですので、気に入れば 誰にでも声をかけるのだと思ってました。それが…いつしか自分も惹かれてしまっていることに気がついて。いけないと分かっていながら、陸斗さんをもっと知りたくて 瀬里香さんの経歴や青井家のこれまでについてを…」
「藤川探偵所に調査依頼したんだね」
勇次郎が口を挟んだ。
緑はまたしても、驚きを隠せなかった。
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