第2話 返せるはずもない心の利子
「どうしたんだ!」
慌てて父さんが奥から出て来たので事情を説明すると
「……取りあえず、母さんをベッドに」
勤めて冷静に振舞おうとしているがその目からは光を失い、涙目になっていた。
その後、母をベッドに寝かせ居間で父さんと話をすることになった。
居間に訪れるなんといえない空気と沈黙が続いた、それは今まで感じたこと無いような重く辛い時間だった。
そして、その沈黙は父によって破られた。
「お前は納得しているのか?」
「納得も何も……」
「ダメ元で異議を申し立てるとか」
「父さんわかってるでしょ?この国の理を……」
暫く沈黙が続き、そして父の目から一滴、また一滴の水がこぼれ始め、
「お前は…聞き分けが良すぎるんだ……もっと俺達恨むなり当たるなり」
「恨んだことならあるよ」
「!」
驚きの顔をしていた、ほんとに自分たちが恨まれていたなんて思っていなかったんだろう、
父は優しい人間だ、それと同時に弱い人間だ、それはなんとなく分かってはいた、
僕に対して優しく…どこか腫れ物を扱うような感じがしていた、
本質に向き合わず、向き合っていたのは僕の哀れな部分とその父という自分の境遇だったのかもしれない。
「大丈夫だよ…今より悪い事はないから」
「だが……」
「お給料も良いし家に仕送りも出来るから」
「そんなことを言ってるんじゃ……」
「僕もいろいろ考えたんだ、今日は疲れたからもう寝るね」
「………」
それ以上言葉が紡がれることはなかった、もし何か声を掛けられても僕には届かなかっただろう、全てを遮断して自室へと帰った。
夜の風から朝の暖かい風に変わった、鳥が起き出した頃
僕も家を出ていた、実習の用意があるからと書置きをしたが
昨日の件もあって両親と顔を合わせたくなかったから飛び出した、
あまり眠れなかったので明るくなるまで町のシンボルでもある、
大きな木の下にあるベンチに横たわることにした。
暫くすると良い匂いが漂ってきた、大木から街に繋がる道は毎朝朝市が開かれる
食堂のおじさんや近所のおばさん達が買い物にやって来ている。
ぐ~
「そういえば朝ごはん…」
嫌な気分であってもお腹は減るんだなと思いながら朝市で朝食を買うことにした。
あんまり朝市には来たことなかったがこんな早朝から野菜やパン、肉や魚の干物などを売る店主の呼び声と値切る買い手の声が賑やかだ。
「いつもは寝てる時間に市場はこんな風になってるのか」
いつもは眠っている時間にこんなに人が動いてるのかと、
知らない町の一面の中に知っている人が居た。
「おーい!珍しいね」
嬉しそうに手を振る少女がいた。
彼女は近所のパン屋の娘で昔から気が強く、
最初は髪がショートだったこともあり男の子だと思ってたくらいだ、
今もトレードマークのショートカットとその竹を割ったような性格は今でも変わらない。
「あんた!山小屋の管理人になったんだって?」
「ああ」
「落ち込んでんじゃないの?」
「ちょっとね」
「元気だしなさいよ!いろいろ噂はあるんだろうけど実際はわかんないんでしょ」
「そうなんだけどね、まあ周りの目とかいろいろ」
「しっかりしなさい!あんたのことなんだから周りの目なんかほっときなさい、あんたは今どうしたいの?」
「とりあえず、山小屋の仕事自体はわるくないかもと」
「じゃあ良し!当たって砕けろよ!そんでダメならそん時考えなさい」
「そうだね」
「わかれば宜しい!コレでも食べて頑張りなさい、非常用食のカタパンも入れといたから」
そういってパンがいっぱい入った袋を押し付けて来た。
「こんなに悪いよ」
「いいのよ!将来お金が溜まったら返してくれれば、もちろん利子つけてね!」
「利子って」
「当たり前じゃない!商売よ!さあ今日もいっぱい売らないといけないんだから!またね」
「ありがとう」
半ば強引に押し付けられたパンから一つパンを取り出し取り出して食べたパンは
今まで食べたどのパンよりもフワフワで温かった。
出来立てってこんなに美味しかったのか……
朝は嫌いだった
早く起きれば起きるほど嫌な時間が長くなると思ってた
だけど、この焼きたてのパンは早く起きなかったら食べれなかっただろう
知らなかった世界の知らない至福があったんだな……
もしかしたら山小屋にもそんな至福が存在しているかもしれない、
もし存在するなら僕はその幸せを手に入れるだろうか?
そもそも存在していないかもしれない……
……
きっといくら悩んでも答えがでない事を自問自答してしまう悪い癖が
いつもの様に始まりそうな時
パンから あんたは今どうしたいの? と言われた気がした
僕にはもう選択肢が無い、だったらそのあるかもしれない幸せを見つけたい
それが答えだ。
そう思ったらなぜか急に体が軽くなったような気がした。
当たって砕けろだ!
次の更新予定
山小屋のルージュ~最果てからはじめる英雄譚~ DAI! @ououhu
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