第14話
それから約束の日。アーデルヘルムは城下町で行列ができるほどの人気店のスイーツを買って来てくれた。
前に侍女達が美味しいと話していたのを聞いて食べてみたいと言ったことを覚えてくれていたのだ。
王族である私がそんなところにいたら騒ぎになってしまうからおいそれと出歩けない。
だから時々アーデルヘルムはこうやって私が気になるものを買って来てくれる。
女の子ばかりの中に厳ついアーデルヘルムが並んでいたのかと思うとおかしくて笑えてくるのを何とか我慢した。
私は基本的に城の外には出られない。お茶会や夜会がある時を除けばずっと部屋に引きこもりっぱなし。
だから私はアーデルヘルムの話を聞くのが楽しみでしょうがなかった。
エミリオ兄様に書類の不備で怒られた。
レオ兄様と剣術の手合わせをしたら一本取られて成長を感じた。
ユージオ兄様に私好みのスイーツやアクセサリーを教えてもらい買いに行ったら婦女子たちにジロジロ見られて居心地が悪かった。
遠征で国境に行った時に素敵な花畑を見つけたから今度一緒に行こう、なんてことも。
アーデルヘルムは基本的に多忙だし、私も安易に出歩けない。それでもアーデルヘルムは色んな約束を持って来てくれる。
私たちの間にたくさんの約束が積み重なっていって、いつの日かそれが叶う時がくるのが楽しみでしょうがなかった。
◇◇◇
「暫く会いにくることができません」
今日も美味しいスイーツを持ってきてくれたアーデルヘルムはそう重々しく言ってきた。
楽しくお話をしていた最中そんなことを言われ、何かしてしまったのだろうかと顔が青ざめたのが分かったのかアーデルヘルムは慌てて否定する。
アーデルヘルムの話では、どうやら帝国に不穏な動きがあるとのことだった。
大国である我が王国と同じ国の広さを持つ帝国とは何百年ものあいだ敵対関係にあった。
何代か前の国王が休戦を漕ぎ着けたおかげで今は平穏な日々を送れているのだが、数年前に皇帝が代わってから武器が帝国に頻繁に流れるようになったのだとか。
前に父が話してくれたのだが、帝国は度々王国の姫を嫁によこせと言ってきたらしい。
今の皇帝に代わった時も私をよこせと父に言ってきたのだが、父は断固として首を縦に振らなかったらしい。
もし帝国に嫁に行っていたら家族に会えなくなるどころか生きて帰ってこれなかったかもしれない。敵国に嫁ぐというのはそういうことだ。
そうなったらアーデルヘルムとこうして過ごせてもいなかった。父には感謝しかない。
その父が帝国の動きの様子を見てくるようアーデルヘルムに命を出して離れ離れにされるんだけど。
あの野蛮な国だ。もし闘いにでもなったら?もし二度とアーデルヘルムと会えなくなったら?そう思ったら涙が頬を流れていて、アーデルヘルムが指で優しく拭ってくれる。
「大丈夫です。絶対生きて帰ります」
「……絶対?」
「絶対です。それで、その……」
自信満々に話していたアーデルヘルムが珍しく言葉を詰まらせる。
何だろうと続きを待っていると、アーデルヘルムは大きく息を吐いて、真っ直ぐと何か覚悟を決めた顔で私を見つめた。
「絶対生きて帰るつもりですが、無事に帰ってきたら――私と、結婚していただけませんか」
「………ふえ」
思わず変な声が出てしまって慌てて口を押さえると、アーデルヘルムは小さく笑う。
婚約の約束は私が無理やりしたのだけど、まさかアーデルヘルムのほうからプロポーズをされると思っていなくて、手で隠していてもニヤけているのはバレているだろう。
「もちろん陛下のお許しをいただけたらですが」
「……私でいいの? 結婚したらもう離してあげないわよ?」
「もちろんです。俺も離れるつもりはありません」
一人称を俺に変えて、アーデルヘルムの意志だと伝わってくる。
私の頬をまた涙がボロボロ流れる。さっきとは違う意味の涙だ。それはアーデルヘルムも分かって眉を下げて笑い、頭を優しく撫でてくれる。
「それじゃあ……約束よ?」
「はい。約束です」
涙を拭って小指を差し出すとアーデルヘルムの小指が絡まり私たちは微笑み合った。
◇◇◇
それから数日後、アーデルヘルム率いる近衛騎士団が国王に挨拶をして出発しようとしている。
その中には兄二人の姿もあり、絶対無事に帰ってきてと約束をする。隣に立つエミリオ兄様は何も言わなかったが二人の肩を強く叩いて見送る。
兄たちと入れ違いでアーデルヘルムが近づいてきて、私の目の前で跪いて見上げくる。
その光景は姫と騎士、絵本の物語のようで侍女たちが小さく黄色い歓声を上げていた。
「では姫様。行ってまいります」
「気をつけて行ってきてください。無事をお祈りしています」
人目もあるから堅苦しい挨拶。婚約者としての言葉は前にしたからこれで諦める。
それが顔に出ていたのか、アーデルヘルムは口角を上げて私の手を取り、甲に愛おしそうに口付けた。
だから人目があるんだってば!隣に兄様いるし!
口には出さず顔を真っ赤に口をパクパクとさせていると、アーデルヘルムは楽しそうに笑う。
そんな顔を見せられたら文句も言えなくて、私も頬を緩ませた。
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