第10話

「兄様、これはこっちでいいの?」

「ああ」


 朝、食堂で朝食を食べているとバッチリ着替えを済ませていたエミリオ兄さまに仕事を手伝ってほしいと珍しくお願いされた。


 明日は槍でも降ってくるのかもしれないと思っていると、考えを読まれたのかものすごく睨まれてしまったが。


 今日はアーデルヘルムと会う約束があったけれどまだ時間もあったので手伝うことにした。ソフィーに言伝を頼んで兄さまの後を付いていく。


 いつもの執務室に行くのかと思ったけど書庫室に入っると、部屋には書類がタワーのように積まれており、兄が確認した書類を種類別にまとめるといった作業。


 別に私じゃなくてもいいのでは?と思ったが逆らったら怖いことを知っているので素直に作業を進めることにした。


 黙々と内容を確認していくと、様々な家から出された書類には領地のことや要望書などが書かれている。


 成人するまではずっと勉強ばかりだったから何となくどうしたら良いのかが分かる。


 恐らくこのお手伝いは、男爵夫人になった時に困らないようにといろいろ覚えておけという隠された優しさなのだろう。


 直接お礼を言ってもとぼけられるので心の中でお礼を言っておく。


 暫く作業をしているとたくさんあった書類はほとんど終わっており、後少しだと一息ついたとき、後ろから「ヴェロニカ」と声をかけられる。


 すごく懐かしい声に驚いて振り返るとそこには従兄のジークが立っていた。


「ジーク兄様!」

「久しぶり」


 立ち上がりジーク兄様に飛びつくと兄様は軽々と抱えてくれる。


「どうしてここに?」

「父上の付き添いで来たんだ。エミリオに連絡したらヴェロニカに会ってやってくれって」


 ジーク兄様の言葉に後ろを見ると、こちらを見ていたエミリオ兄様は顔を逸らした。


 今日手伝えと言ったのは彼に会わせるためだったのだろう。私は小さい頃からジーク兄様に懐いていたが、隣国に住んでいるためなかなか会うことができなかった。


 素っ気ないがいつも私たち兄弟のことを思ってくれている長兄に今度何かお礼の品を贈ろう。


「ジーク兄様はいつまでここに?」

「一週間は滞在するつもりだよ。明後日予定が空いてるからデートしないかい?」

「勿論!」


 笑い合ってギューと抱き合いて降ろしてもらうと、「ヴェロニカ」とエミリオ兄様に呼ばれる。振り向くとエミリオ兄様は顎をクイと動かす。その方向を見れば、


「アーデルヘルム!」


 いつから居たのかアーデルヘルムがドアの近くに立っていて自然と笑顔になる。私は小走りでアーデルヘルムの元に駆け寄る。


「ごめんなさい、ここまで来てもらって」

「……いえ」


 アーデルヘルムは何故か難しい顔をしていて首を傾げると、後ろからジーク兄様に名前を呼ばれたのでアーデルヘルムに紹介する。


「兄様、私の婚約者のアーデルヘルム。アーデルヘルム、こちらは従兄のジーク兄様よ」


 二人に紹介すると、アーデルヘルムは胸に手を当てて深々と頭を下げる。


「ジーク様、お初にお目にかかります。アーデルヘルム・シュタインベックと申します」

「シュタインベック殿、そんなかしこまらなくて大丈夫です。私はただの貴族なので」

「まぁ、次期侯爵様がご謙遜を」

「王族の君達に比べたらただのだよ。だからシュタインベック殿も気楽にしてください」

「……畏まりました」


 顔を上げたアーデルヘルムはやはりいつもの元気がないように見える。体調でも悪いのだろうか。


「ごめんなさい兄様。これからアーデルヘルムと約束があるの」

「そうか。邪魔して悪かったね。それじゃあまた明後日」

「えぇ。楽しみにしてるわ」


 ジーク兄様が私の頬にキスをする。昔から別れるときの習慣だ。


 兄様たちに手を振り二人で私の自室へと並んで歩く。


 兄様に会えたことで気分が高揚していて、ジーク兄様との昔話を話すとアーデルヘルムはいつものように相槌を打ってくれて、気づいたら部屋に着いた。


 アーデルヘルムが部屋を開けてくれて中には入った途端、後ろからいきなり抱きしめられた。


「……え? あ、アーデルヘルム……?」


 背中に当たる体温と、ぎゅっと包み込むアーデルヘルムの太い腕が胸の前に回っているのが目の前にある。


 初めてのアーデルヘルムからの行動に、どうしたらいいのか分からず手と目が泳ぐ私を他所に、更にアーデルヘルムの腕が強くなって心臓が苦しくなる。


「……ヴェロニカ様」


 耳元で聞こえたいつもより低い声にゾクっ背筋が粟だつ。何だかお腹の奥がぎゅっとなった。何だろうこれ……。


「な、なに……?」

「……今夜、私の屋敷に泊まりに来ませんか」


「…………え?」


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