第3話

 婚約した俺たちは親睦を深めるために定期的に会うことになっている。

 王城にやってきた俺を見た侍女が案内してくれたのは姫様の部屋で、今までのただの騎士と姫君の関係が変わったのだと現実が教えてくる。


 侍女が代わりに部屋をノックして「シュタインベック様がお越しになられました」と声をかけるとドアはすぐに開き、そこから現れた姫様が花が咲いたかのような満面の笑みで出迎えてくれて、思わず心臓が高鳴った。


 部屋のソファーに座ると先ほどの侍女が紅茶を目の前に置いてくれてお礼を告げる。向かいに座る姫様が「ありがとうソフィー」と言う。仲の良さから彼女は専属侍女なのだろう。

 前を見るとずっと彼女はずっとニコニコと上機嫌で、こちらも自然と頬が緩む。


「姫様、今日はどうされますか」


 昨日、今日の約束をした時にどこか行きたいところがあるなら決めておいてくれと言っておいた。


 陛下より男爵位を賜ってからというものの、見合いの話が絶えない。元より顔立ちと鍛え抜かれた体という見た目のせいか声をかけられることは何度もあったがそれが顕著に現れた。こんな貴族の礼儀作法も知らない元平民の何が良いのだろうか。


 一応見合いには顔を出すが、金は武器や装備に使っているためほとんど貯金がない。自分を着飾るために金を使いまくる貴族令嬢を満足させてやることなどできるはずもなく、すぐに破談となる。


 貴族令嬢すら満足させてやれなかったのに王族の姫様など無理な話だ。俺の足元を見て諦めてもらおうと姫様の言葉を待っていたのだが、小さな口から出た言葉は全く予測していなかった。




 ◇◇◇




「まさか剣術の稽古だとは」


 俺たちは城にある人目につかない中庭にやってきた。どうしてそんなところに来たのかといえば、姫様が俺に稽古をつけて欲しいと言ってきたからだ。


 一度解散して騎士団から拝借してきた木刀を手に中庭に行くと動きやすい格好をした姫様が仁王立ちしていた。木刀を手渡すとそれを両手で握ってブンブン振っている。


「昔、兄様たちに稽古を付けていたでしょ? 私もしてもらいたかったのにお父様が許してくれなくて」

「陛下は姫様を溺愛されていますからね。もしこのことがバレたら何と言われるか……」


 青筋を立てた陛下の鋭い眼光を脳裏に浮かべてしまい、ぶるりと身震いをする。国の最高権力者が親バカというのはこんなにも恐ろしいものなのか。


 心労を感じて小さくため息を吐くと、何故か姫様が頬を膨らませてこちらを睨んでいた。同じ怒った顔でもこんなにも違うらしい。


「姫様?」

「ヴェロニカ」

「はい?」

「ヴェロニカと呼んでちょうだい!」

「しかし……」

「私たちは婚約者なのよ? 姫様なんて他人行儀おかしいわ!」


 キッと更に睨んでくるが全く怖くない。逆に愛らしい。陛下と殿下方が溺愛されるのも無理はない。そしてこの顔は絶対引く気がないということは長年の付き合いで分かる。俺はまたため息を吐く。


「……ヴェロニカ様とお呼びしてよろしいでしょうか」

「……いいわ。籍を入れたら呼び捨てだからね!」

「はい……」


 どうやら拒否権はないらしい。何度目かも分からないため息を吐きながら木刀をヴェロニカ様に向けて構える。


「ではヴェロニカ様、構えてください」

「っ、えぇ!」


 少し怯んだ顔をしたヴェロニカ様は剣を構え直してこちらに向き直る。剣を持つと雰囲気が変わると周りに言われたことがあるからそのせいだろう。


 最初だから好きに打たせて様子を見ていたのだが驚いた。思ったより上手く動けている。殿下方の時より上手いかもしれない。


「驚きました。お上手ですね」

「ふふ。お父様の目を盗んでこっそり兄様たちの木刀で練習していたの」

「それは……陛下が聞いたら腰を抜かされますね」


 またとんでもない爆弾発言に、バレた時自分はどんな罰がくだされるのか。恐ろしい恐ろしい、と考えながら様子を見てこちらからも打ち込むとヴェロニカ様は上手く返せた。やはり筋がいい。兄王子方もだが陛下譲りだろう。


 暫く稽古をし続けてヴェロニカ様も慣れてきた頃だった。


「ヴェロニカ!!」


 中庭に響いた突然の大声にお互いピタリと木刀が止まり、驚いて声のしたほうを見るとそこには2人の青年が立っていた。



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