初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。
くまい
第1話
様々な国がある大陸の中で代表的な二つの国の一つ、エッフェンベルガー王国には三人の王子と姫がいる。第一王子のエミリオ。第二王子のレオドール。第三王子のユージオ。そしてその三人の妹で末っ子の私、ヴェロニカ・エッフェンベルガー。
待望の女児ということで親と兄達、そして周りからものすごく甘やかされた。普通ならここまで聞くと高飛車で我儘なお姫様だと想像されるだろうけど私は違う。頭より体を動かす方が好きな父王と、父を尻に敷く勝気な母王妃を持つ私は別の意味で従者を振り回すお転婆姫として育った。
今日も従者たちの追跡を振り切って城の中を駆け回っていると、カンッカンッと木のような物がぶつかり合う音が響いてきた。その音に惹かれて城の広場に行くと、そこには兄たちがいた。長男のエミリオ兄さまは立っていて、二番目と三番目の兄たちは地面に座り込んでぜえぜえと肩で息をしていた。そしてその手には木刀が。
「その程度ですかエミリオ殿下」
兄たちとは違う少し低い大人の人の声が聞こえ、兄の向こうに知らない男の人がいた。兄たちより大きいが父より低い身長の男はエミリオ兄さまを挑発した。
「っ、まだまだ!」
兄さまは足を踏み込んで男に向かって走り、手に持っていた木刀を打ち込んだ。私にしたら速いスピードなのに男は難なくと受け止め、兄は更に打ち込んでいくが男はびくともしない。息の荒い兄とは対照的に男は一つも息を乱していなくて圧倒的な力の差が私にも分かった。
「っ!」
防御に徹していた男は剣を振り上げて兄の剣を弾き飛ばしてしまった。こうなっては勝負は終わりだ。カランと音を立てて落ちた木刀を見て兄は悔しそうに奥歯を噛み締め、男に向かって深々と頭を下げた。
「・・・・・・ありがとうございました」
エミリオ兄さまはいつだって完璧で、七歳になる頃には大人でも難しい本を読んでいたらしい。そんな兄の初めて見る悔しそうな表情に私が泣きそうになった。そんな兄の頭を男は優しく撫でた。
「前よりすごく上達しましたね。あと一、二年したら一本取られるかもしれません」
男はさっきまでの怖い顔つきから一転、満面の笑みで兄の頭を撫でまわす。その顔を見て心臓がドクンっと跳ねて、初めて感じた感覚に胸元を掴む。
兄は「やめろ」と嫌そうに、それでも嬉しそうに手を払いのけた。恐らく親しい関係なのだろう。
「それで、次はどちらがしますか?」
「レオ兄さま行ってよー。僕まだ動けないー」
「俺だって! 少しは休憩させろアーデルヘルム!」
「しょうがないですね。お二人は剣術よりも先に体力作りですね」
はは、と笑う男の顔から目が離せない。心臓もいつもより速い。胸の中が温かいものでホワホワする。なんだろう、この気持ちは。
「姫様! こんなところにいたのですね! 探しましたよ」
後ろから急に呼ばれて驚いて振り返ると、侍女が肩で息をしながら怒った顔をしていた。この侍女から逃げ回っていたことも忘れていた。「さあ戻りましょう」と肩を押され、慌てて兄たちの方を指差す。
「ね、ねぇ。あの男の人は誰?」
「え? あぁ、アーデルヘルム・シュタインベック近衛騎士団長様ですね」
「きしだんちょう?」
「国や王族の皆様を守っている騎士様です。シュタインベック様はその中で一番偉い方ですね。シュタインベック様は先の戦で大きな功績を残されてその褒章に男爵の位を陛下より賜った立派な方なんですよ」
侍女は男を褒め、「今度こそ戻りましょう」と背中を押されて渋々自分の部屋へと歩き出す。途中で後ろを振り返り、兄たちと談笑している男の姿を目に焼き付ける。
「アーデルヘルム・シュタインベック・・・・・・」
その名を口にしたらまた心臓が大きく跳ねる。
──私が初めて恋をした瞬間だった。
◇◇◇
「改めて。十八歳のお誕生日おめでとう、ヴェロニカ」
「ありがとうございます、お母様」
あれから数年後、私は十八歳になった。
学院を卒業し、その数日後にようやく十八歳を迎えた私の盛大な誕生日パーティが開かれた。この国では十八歳が成人となりようやく大人の仲間入りだ。大人になったということは国のために働かないといけない。
兄たちとは違い女の王族である私は、どこかの国の王族に嫁いで政治の道具となるしかないだろう。十八になったタイミングで王妃である母に呼び出されたということは婚約の話に違いない。これも王女の勤めだ。
好きな人と結婚して幸せな結婚を築く。それこそ私にとっては夢物語だ。そんなことを考えていると母が机にいくつもの本のようなものを置いた。高級感のある2つ折りになったものは恐らく釣書だろう。
「この中からあなたの夫を選びなさい」
上等なレースで作られた扇で口元を隠して指を指す母は隣国の王家から嫁いできた姫だ。政治のため有無を言わさず知らない国に放り込まれてきた彼女はその大変さを知っている。だから娘にはその想いはさせず、相手を自分で選ばせてあげようという母の優しさが伝わってくる。
心の中でお礼を言い、一番上にある釣書を開く。やはり友好国の王子だ。第二王子は年が近く何回か交流したことがある。周りは私たちが婚約するのでは、と思っていたらしいが私たちは性格の不一致で仲がものすごく悪かった。俺様王子と勝気王女では反発もするだろう。
それを横に置いて次は侯爵令息の三男坊。この人はレオドール兄さまと歳が近く、昔から交流があった。優しくて妹のように可愛がってくれて、私も兄の様にお慕いしていたからお互い恋愛感情は芽生えないだろう。それに姉君がエミリオ兄さまに嫁いでいるからこれ以上権力を与えてはいけない。他の家から反発が起きるからだ。
また横に置き、その次は伯爵令息の長男。学院時代のクラスメイトだ。この家は権力が大好きで、王家と繋がりを持とうと親子共々何度もアプローチをされてうんざりしている。横に置く。
目を通してこれもない、これもないと横に積み上がって釣書の束。母はその様子を紅茶を飲みながら我関せずと眺めている。
とうとう最後の1枚になった釣書となった。これもダメだったらどうするんだろうかと開き、その手が止まった。だって、そこに書かれていた名前は──。
「どうかしましたか? ヴェロニカ」
ようやく口を開いた母の顔を見ると、口の端を上げて微笑んでいる。その顔を見て私の気持ちはお見通しだったらしい。母は強しというが、本当その通りだ。
緩む口を押さえようとしてもどうにも上手くいかない。感情を表には出してはならないと厳しく教育されたというのに。
私は冷めてしまった紅茶を一気に飲み干し、立ち上がって母に1枚の釣書を差し出す。
「私、ヴェロニカ・エッフェンベルガーはアーデルヘルム・シュタインベックに婚約を申し込みます!」
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