1章

前編

第1話-余命3年の私が、戦うべきだから-

 「ほら、ティーブ急いで」

 「ファニー様、お待ちください」


 早くしなきゃ。城下町の人達が、一体どうなるのかわからない。トイグ王国がゴブリンの大群に襲われて、どうしてこうなっちゃったんだろう。たかがゴブリン。初めはみんなそう言ってた。私自身もそう思っちゃってた。


 鏡の前に立ち、茶色の髪を束ね、狩り用の装備を整えていく。弓と矢、それに細剣。急いで身支度する間、今までのことが頭をよぎる。


 最初は問題なかったはずなのに、いつから雲行きが怪しくなってしまったのかな。あの大きい街が陥落しちゃったって聞いた時は本当に驚いた。どうしてゴブリン程度にって、でも理由は数が多すぎるっていう単純なもの。


 数が多すぎて、要所が次から次に落とされて、それで王都まで追い込まれちゃった。助けももう間に合わないらしいし、私達が戦わなきゃ。


 よし、準備は終わった。同じタイミングで従者のティーブも準備が終わったみたい。いつもの黄緑色の髪と角。


 「まだ間に合うよね」

 「はい。報告では門はまだ突破されていないとのことです」


 それなら大丈夫なはず。部屋の扉を開けて、廊下を小走りする。走ってはいけないことになっている廊下が、今日はとても長い。


 「ファニー!?そんな格好でどこに行くの」


 あっお義姉ちゃんだ。いつもはちゃんとしているのに、今日は着ているドレスが乱れているな。なんだか嫌な予感がする。


 「お義姉さん。こんにちは」

 「こんにちは、じゃなくて。その格好。まさか外に出ていくつもり」

 「えっと」

 「やっぱりそうなのね。ダメよ。危ないんだから」


 そんなこと、言われなくてもわかっている。お義姉ちゃんには何度も反対された。王都にまでゴブリンが来る前に、私も戦いに行くって何度も言って何度も止められた。


 だけど、もうすぐそこまでゴブリンは来ちゃっているから。もうそんなこと言ってる場合じゃない。


 「お義姉ちゃん。でももうどうせ逃げられないよ」

 「だ、だからって真っ先に飛び出すことないでしょ。ファニーが戦うのは最後の最後でいいの」

 「ん〜、でも私は、あと3年しか生きられないし」


 もうすぐ17歳の誕生日の私の余命は、あと3年。お母さんも、お祖母ちゃんも、そのずっと前からみんな20歳の誕生日に死んじゃってる。だから私も同じ。たった3年しか生きられないのに、最後まで残ってなんの意味があるんだろう。


 「ファ、ファニー!!そんなこと言わないで、そんな風に考えないで。だって、まだ17年しか生きていないのよ?それはみんなと同じじゃない」

 「で、でも」

 「3年は短いかもしれないけど、ちゃんと最後まで生きて。お願い。やりたいこと、全部やらないと。でしょ?」


 そ、そんなこと言われたって、私には別にやりたいことなんてない。どんなに未来の自分を想像しても、あるのは真っ黒な壁。先が見えないのに、やりたいことなんて想像できない。


 「お義姉ちゃん、私、みんなのために戦いたいの」

 「そ、それは。ち、違うのよ、そうじゃないの。ちゃんと自分の生き方を見つけて欲しいの」


 生き方。お義姉ちゃんにずっと言われてるけど、やりたいことと違いがわかんない。私の3年の生き方は、きっと他の人と比べたら大したことない。それなら今やるべきことなのは、戦ってみんなを助けること。


 「お義姉ちゃん」

 「うん。わかってくれた?」

 「ごめんなさい」

 「ダ、ダメ!!」


 本当にごめんなさい。でも私がやるべきことは、コレしか思いつかないから。袖を引っ張られるけど、お義姉ちゃんの力なんて簡単に振り切れる。そのせいで転ばせちゃったけど、早くみんなを助けに行きたいから。後ろでずっと待っていてくれたティーブと再び廊下を進む。


 「ちゃんと門限には帰るから」

 「ぜ、絶対よ!!ティーブ!ちゃんとファニーを守るのよ」

 「お任せ下さい」


 お義姉ちゃんのあんなに大きな声を聞くのは初めてだな。帰ったら、もう1回謝らないと。でも安心して、私だってちゃんと戦えるから。もうすぐ走っちゃいけない廊下は終わり。そうすれば全力で走っていける。


 城を出た先には、いつもと全然違う光景。いつもならみんなもっと落ち着いているのに、なんだか顔が引きつっているし、混乱して荒れちゃっている。ゴブリンを知ってはいても襲われたことなんてないだろうから、こうなっちゃうよね。


 「ティーブ。案内して」

 「かしこまりました」


 ティーブは剣を構えながら先を行って、私は弓を持って追いかける。いつも通りの戦い方。お義姉ちゃんにはああ言われたけれど、ゴブリンとだって戦ったことがあるんだから。きっと大丈夫。そう信じているのに、弓を持つ手が震えちゃっている。


 城下町を走る。行けば行くほど、人影が少なくなっていく。いつもならもっと賑わっているはずの大通りを走っていると、胸が痛くなる。ティーブは道順を全部覚えてくれていたみたいで、もうすぐ城下町の一番外側。


 小さく悲鳴が聞こえてきた。どんどん大きくなっていく。私の心臓の音も、どういうわけか大きくなっちゃっていく。急ぎたい。でも足が上手く動かない。ついに立ち止まってしまう。


 「ちょ、ちょっと待って」

 「はい。いかがしましたか?」

 「じゅ、準備は大丈夫だよね」


 何を聞いているんだろう。ティーブが準備を怠るなんて、ありえないことなのに。なんか、ズルい聞き方になっちゃったな。


 「いつもと変わりません。不足がありましたでしょうか?」

 「う、ううん。ごめん。足りないのは私の心の準備だけだったの」

 「いえ、滅相もありません」


 いつものゴブリン、でもいつもとは違う。この先に何体いるんだろう。でも、きっと大丈夫。門が突破されていないってことは、まだ数は多くないだろうし、いつも通り戦えば良いだけ。


 深呼吸しながら弓を持ち直す。心を落ち着かせなきゃ。


 「もう大丈夫。行こう」

 「かしこまりました」


 無駄に立ち往生しちゃったかな。悲鳴が、全然鳴りやまない。誰かが戦わないと、私が戦わないと、少しでも私にできることを増やしたくて、だから戦い方を覚えたんだから。


 ティーブが剣を構えた。いよいよだ。矢を番え、慎重に歩きながら先を急ぐ。

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