フラグメントフラゲ

ぬりや是々

#01 バースデー

 例えば、離婚して出ていった母親みたいなもんだ。


 誕生日なんかには連絡が来て面会。ファミレスなんかに呼び出され、自分に母親がいた事を思い出させられる。

 「誕生日おめでとう。元気にしてた? 勉強頑張ってる?」なんてそんな風に。そうしてちょっと言い淀んでから「彼女出来た?」と来た。


 お母さん、実は半年前に振られましてね。遠距離恋愛だったんです。でもズボラな僕なのでろくに電話もしませんでしたら、ある時「他に好きな人ができたから」とかって。なんでもこの春同じクラスになった野球部のヤツらしいです。いいじゃないですかスポーツマン。せっかくお金を出してもらった専門学校にもいかず、かといって働きもせず、生活費の殆どを月初に本なんか買ってボロアパートから出ず、風呂屋にも行けず、2日に1食でバリバリのスポーツマン並みに体脂肪の落ちた僕なんかよりもよっぽどお似合いでしょう。ずいぶんあっさりしてましたよ彼女も。後日貸してた本やらあげた指輪やら郵送されてきましてね。これです。今してる指輪がそうです······なんて当然言えるわけもなく「まあ、ね」なんて答えて。

 これは例え話であって、母親は実家で健在だし出ていったのは父親の方だ。振られた彼女は実際あっさりしてたけど、食い下がったのは僕の方だ。


 ともかく、やめた高校の同級生だったその子はそうやって、クリスマスや、バレンタインとか、誕生日に電話を寄越したり、バイト先にふらっと現れたりする。僕は離婚して出ていった母親かよ、と実際その子に言ったこともある。

 それでも、イベント毎にそうやって連絡が今年も来るんだろうか、なんて考えてしまう辺り、つまりその子の勝ちなんだろう。その年の僕の誕生日、負けを認めて部屋に上げ、手作りだとかってケーキをひと欠片食べ、近況など話し、そしてセックスした。


「前の彼女ともしたの?」とか聞かれて「したよ」と答えると、そのあとは何もかもスムーズだった。

 相性は、正直良くなかった。その子を何回も安いギシギシ軋むベッドの上で転がして、何とか具合のいいポジションを探っても何も滾らなかった。

 しまいには諦めて、ゴムを外して口でしてもらったけども、今考えると最低だっただろうね。ゴムの味なんて。


 誕生日プレゼントには、写真をもらった。僕はその写真を手に酷く混乱していた。

 その写真は、ピントも合っていないし露出も悪く、コントラストもチグハグな何だかわけの分からない物だった。一応のお礼は言って、翳して裏返すと手書きの「ハッピーバースデー」だ。


「れーこ(と言うのは同じく高校の同級生で彼女の親友)と海に行った時の写真なの。良くない?」

「ふーん、れーこ元気? (てか、何でこの写真? 写ってるのはお前と、れーこ? 何でこんな写り悪いの? え、誰が撮ったの? 何で誕生日に、人の写真もらって、しかも写ってない人間を意識するような物を贈って喜ばれると思うの?)」


 とまあ、その後何回か会って、セックスして、そしてケンカして別れた。酷くつまらない理由だから話す気にもならないし、別れたと言っても、付き合っていたわけでもないのだけれど。


 件の写真は、しばらくテーブルの上に放り投げておいて、ある時ふと壁にピンで留めてみた。

 そうして、そのまま飾って、時々眺めて、重苦しい雲の流れや、煮えたぎった水銀みたいな荒れた海や、馬鹿みたいに髪を振り乱し走る女に、何か滾る物を僕は感じた。


 その部屋を出る時のゴタゴタでなくなってしまったその写真。

 とても、いい写真だったような気がする。

 なくしてしまったのが惜しいくらいに。


 了

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