第8話

僕は、北に海を見る町で、寮生活をしていたことがある。


同居人は、10歳年上の小柄で陽気なフィリピン人。



彼は下ネタ以外の日本語が話せなかった。


彼が話すのは、英語、スペイン語、タガログ語。


お互いの言葉を少しでも理解しようと、それぞれの言語を教え合うことにした。



元々、言語リテラシーが高かったのだろう。


彼は驚くほどのスピードで、日本語をぐんぐん吸収していった。


一方その頃、僕はといえば、いろんな言語の悪口ばかりを教えられていた。



ある時から、何か話を持ち掛けると、「イイヨー、ベツニー」と、ご機嫌そうに答えるようになった。


またまたまたまたまたできた、新しい日本人の彼女に言葉を教わったのだろうか。


「イイヨー、ベツニー」と答える彼に、少しふざけて「ナンジャ、ソレー」とツッコむと、「アナタ、イツモ、ユウデショ?」と切り返された。



「いいよ、別に」は、どうやら僕の口癖だったらしい。


彼はそれを僕の特徴として認識し、自分の日本語に取り入れていた。


僕の言葉が、彼の中で生きている。


「イイヨー、ベツニー」


今日もどこかで、そう言っているかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る