第8話 遭遇

「あんたにちょっとだけいいとこ見せようと力んだから矢が上ずっちゃったのよ、だからあんたのせい!」

「理不尽だよ~」

「次は外さないわ」

「僕の弓の練習は」

「そのうちね」

「やっぱり」

「なにがやっぱりよ?」

「何でもない」


ライトは少し拗ねたように応じた。

経験則上リータと行動を共にする時はライトの意思が尊重されることはほぼない。

諦めの観念でリータの後に付いていくのみである。


その後リータはカラアゲ鳥を2羽仕留めライトはリータの発見した鳥を2回狙い2回外した。




昨日に降った雨の影響で地面はところどころぬかるんでいるが森は瑞々しく生命や成長の息吹を感じる。


「あ、あった」


ライトは嬉しそうな一声を発し藪の中に突進していく。

リータはライトの姿を目で追いながら問いかける。


「なにがあったの」


「へっへーこれ」


そう言って採取したものの一粒をリータに投げ渡す。

リータもそれを軽くキャッチして確認する。


「ブラックベリー!」

「リータこれ好きでしょ」

「う、うん、うーっ、すっっぱい」


渡されたブラックベリーを口に入れ甘酸っぱさを感じながら思う。

(私の好きなもの覚えていてくれたんだ)


ちょっと素直になれないリータをよそに目もくれずライトは採取モードに移行中である。


「私は周辺を警戒しておくね」


「よろしく」


ライトは食べ物採取中は夢中になるきらいがあるので役割分担でリータは周囲を警戒と獲物を探し歩く。


リータはライトの採取地を中心に円を描くように探索しているとふと一筋の足跡を見つける。


近づき屈みながら足跡を観察すると背筋がブルっとした。

(大きい、猪の足跡だ、それも新しい)


バッとライトのほうに身を翻し視線を送るとライトの更にその先に足跡の主はいた。


リータの背丈よりも更に大きい猪はライトを睨むように見つめ品定めしているように見えた。


ライトはまだ気づいていない。

(わたしの弓ではアレは倒せない逃げなきゃでも)


リータは咄嗟に駆け出していた。


ライトとリータの直線上にいる猪に対し斜めに向かって走りパンパンと手を叩きながら声を出す。


「こっちよ!」


その声にライトと猪は同時に反応を示す。


ライトはリータに顔を向けリータは既に矢をつがえ終えすぐに放った。

その矢の先には大型の猪が体は自分に首はリータに向かって立っていた。


矢は猪の胴体に命中するが刺さらない。

ただ、猪の雰囲気が変わった。


リータの攻撃により猪はリータを敵と認識したと言わんばかりに体勢をリータに向ける。


猪は前足を2,3回空蹴りをして猛然とリータに突進する。


リータは猪に対しさらに角度をつけるように走る。

それはちょうどライトから遠ざかるルートになる。


「ライト逃げなさい!」


リータはそう叫ぶがライトは返事ができない。


リータは走りながらも矢を放つが猪に命中しても矢は刺さらない。

(あんたは先に逃げて)


リータは心の中で叫ぶように祈る。


もうアレには勝てない。


弓も矢筒も投げ捨て逃げに徹する。


直線的に逃げると突撃の餌食だ。


リータは足音と気配で猪の追撃を予測して突撃の直線上に入らないように上手く逃げていたが


段々と彼我の距離が詰まり回避行動が難しくなってくる。


リータは周囲の木を見回しなるべく大木で登れそうな枝を探してそれを見つけ枝に飛びつきよじ登る。


ドドドドドドドドド


飛びついた枝の下を猪が轟音とともに通り過ぎていった。


改めて見ると思ったよりも全然大きかった。


リータは一息つくのも束の間。


猪は戻って来てリータの登った大木の元まできて見上げ血走った目でリータを確認する。


ゾクっとまたもリータは背筋が寒くまり身が固まる。


これほどまでに命の危険や強い敵意を自分に向けられたことはなかった。


ドンッと重たい音とともに大木が揺すれる。


猪が大木に体当たりしている。


ドンッさらに揺すれる。


硬直したリータは必至に大木にしがみつくことしかできなかった。


ドン、ドン、ドンっと何度も猪は体当たりを繰り返す。


ドン、バキッ


不意にリータの乗っていた枝が折れもろとも落下する。


バタンっと音を立てリータは背中から地面に落下した。


「くっふっ」


衝撃で声が漏れるがはっとして顔を上げると目の前に猪の大きな顔があった。

目は充血し口からはよだれがたれブフーブフーと荒い息を繰り返している。


リータは立ち上がろうと手をついたが腰が立たず立ち上がれない。


猪は前足をゆっくりと1回2回と空蹴りをし3回目は力強く地面を蹴ろうとしたその刹那。


リータは顔を背け目を閉じ身を固くして衝撃を覚悟した。


バシュンと何かの音がし来るべき衝撃は来ないのでリータは恐る恐る目を開いて猪を見た。


猪は横っ面を殴られたような体制で首だけが大きく右を向いていた。


左を向くとそこには左手を前に伸ばし猪に向けて立っているライトがいた。


「バカ!あんたなんで」


咄嗟にリータの口から叱責がでる。



ライトはそれが聞こえないかのように何かをつぶやいている。


「サンダーボルトは・・・」


よく聞き取れない。


猪の首がライトの方に向く。


「早く逃げなさい、逃げて、お願い逃げてよ」


懇願にも似た声をリータはライトに投げかける。


ヨロヨロとライトに向かって猪が動き出す。


猪は少しずつ加速しながらライトに近づいていく


ライトからは猪がスローモーションで近づいてくるように見えた。


これなら石の的よりも簡単に当たるな。


やや検討違いな感想を思いながらライトは唱える


「穿てサンダーボルト!」



ボォッフ



眩い光と共に指から放たれた雷サンダーの矢ボルトはゆっくりと進み猪の右目の少し上に吸い込まれるように命中した。


猪は左前足から崩れるよう動き留まり進行方向をやや左に変えて滑るように倒れこむ。


それはライトの一歩右側くらいの距離だった。


ズザザザァァァ


森の中に大木が倒れたかのような音が木霊する。


倒れた猪はしばらく足をバタバタと走るような動作を繰り返していたがやがて動きを止めた。


ライトはなにも言わずその場にへたり込む。


そこに這うようにリータがにじり寄って来てライトの肩を掴みながら言う。


「ライト、怪我は?痛いところない?」


返事はないがリータはライトの体のあちこちを触って怪我の有無を確認する。


「ライト?大丈夫?」


怪我は無さそうなのが確認できたので肩を揺すりながら問うてみた。


「ライト?」


もう一度ライトの名前を呼ぶときにリータは気づいた。


「ライト泣いてるの?」


「怖かった、怖かったよ」


えぐえぐっと泣き震えるライトをそっと抱きしめるリータ。



「男でしょ、泣くんじゃないわよ」

「だってリータが」

「わたしは大丈夫よ!」

「怖かった、色々、全部怖かった」


しゃくりあげながらライトがいう。


「うん」


リータは優しく相槌を打つ


「リータがいなくなっちゃう、男だから女を守らなきゃって、猪はあんなにでっかくて狂暴で」


「うん、うん、うん」


リータの目にも涙が溢れる。


「リータは逃げろっていうけど、それはいやで、でもすぐに追いかけられなくて」


「うん」


「一番いやなのはリータが居なくなっちゃうことで」


そこまで言うとライトはまたえぐえぐと泣き出した。


「うん。わたしも、わたしも、怖かったよ~」


リータも我慢していたものが崩壊したように泣き出した。


二人で抱きしめ合いながら泣きはらした。


怖かったものを全部涙で洗い流すほどに・・・

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