一〇一回目にプロポーズ

uribou

第1話

「一二三、一二三。はい、アンさんとっても美しいですよ。その調子」

「ありがとうございます」


 ただ今ダンスのレッスン中です。

 ダンスモデルをしている私は、アンジェリカ・ローリー。

 一応貴族の端っこに引っかかっている、ローリー男爵家の娘です。


 男爵家だって富裕な家もございましょうが、うちはカツカツですよ。

 跡継ぎの兄はともかく、私を貴族学校に行かせる金はないから、どこかへ侍女として奉公に出なさいと言われていました。

 でも私は学校で勉強したかったのです。


 だって私は貧相でやせっぽちで、しかも家にも魅力がありません。

 貴族家に嫁ぐなんて難しいと思います。

 自分の力で生きていくことになるなら、知識くらい欲しかったのです。


 両親には渋い顔されましたけど、幸運なことに私を援助してくれる人が現れました。

 野山を駆け回ることで培われた運動神経は買える。

 ひょろ長い私は衣装が映えるから、ダンスモデルにピッタリなんですって。

 ショーに一〇〇回出演すれば、貴族学校の授業料を出してくれるそうで。


 ダンスモデルとは何かですか?

 踊りながら新作衣装を披露する、ファッションモデルの一種です。

 最近王都で流行りなのですよ。


 ……抵抗はありました。

 従来のモデルや踊り子は、パトロンの奴隷みたいなものですから。

 ダンスモデルは違うと言っても、淑女たるべき貴族の娘がするようなことでないのは明らかなのです。

 口に出すのさえ憚られることではありました。


 でも私が貴族学校で学ぶためには、他に手段がありませんでした。

 幸い私がローリー男爵家の娘であることは配慮してくれて、ホステスや端女みたいな扱いはされないようです。

 もっとも私がダンスモデルをしていると他人に知れた時、どう思われるかはわからないですけど。


 ともかく私は内緒でダンスモデルを始め、給金で貴族学校に通うことができました。


          ◇


 ――――――――――貴族学校にて。サリエカ王国第三王子エリオット視点。


 僕には最近気になっている令嬢がいる。

 アンジェリカ・ローリー男爵令嬢だ。


「恋愛的な意味ではないのですよね?」

「違う」


 従者で側近のヒューゴーは遠慮がないな。

 いや、本当に恋愛的な意味じゃない。

 どうも彼女は変だということで。


 何が変なのか?

 アンジェリカ嬢は一年生の時から最終学年の現在四年生に至るまで、最優秀クラスに在籍し続けている才媛だ。

 つまり四年間王子である僕と同じクラスなのにも拘らず、挨拶程度しか話したことがない。


 貴族学校なんて人脈の形成が一番の目的だろう?

 どうして僕に話しかけてこない?

 というか、アンジェリカ嬢が誰かと親しく話しているのなんか見たことがない。

 男爵家の出という低い家格に遠慮しているのか?

 いや、貴族学校はフランクで身分の差は関係ないというのが建前であるし。

 ずっと最優秀クラスにいるほどの賢い令嬢が、人間関係の大切さを理解してないはずがないのに。


 おかしいと言えば格好もおかしい。

 いつも眼鏡をかけていてオーバーサイズでブカブカの制服を着ていて。

 俯いて背中を丸めているのだ。


「もっとちゃんとした格好をすれば美人だと思うんですよね」

「アンジェリカ嬢がか?」

「はい。顔立ちは整っていますよ」


 面食いのヒューゴーが美人って言うくらいなのか。

 気付かなかったな。


 しかしダンスの授業の時だけはピンと背筋を伸ばしている。

 その姿勢の良さ、背の高さに別人かと思ったほどだ。

 そしてダンスもやたらと上手い。

 普段からしゃんとしていればいいのに、全くわけがわからない。


 あまりにも奇妙なので、ヒューゴーに調査を命じた。


「殿下も物好きですよね」

「否定しないよ。しかしどうにも引っかかるんだ。まさか外国の工作員なんてことはないだろうが」

「あれ? そんなことを考えていたんですか?」

「可能性としては」


 あり得ないだろうとは思っていた。

 外国がスパイを潜り込ませるなら、まず王子の僕に張りつこうとするだろう。

 またアンジェリカ嬢は放課後のクラブ活動にも参加していない。

 我がサリエカ王国の何らかの情報を持ち帰ろうとするなら、もっと積極的な活動を行っていないと理屈に合わないからだ。


 僕の思い過ごして、アンジェリカ嬢が単なる変人ならばそのままでいい。

 しかしおかしいと思う点を放置しておくのは怠慢だ。


「何かわかったか?」

「はい。意外なのか意外でないのか」

「ん? アンジェリカ嬢の行動に筋道の通る理由があるのか?」

「通るのかなあ? という推論は」


 ほう?

 何だろう。


「聞かせてくれ」

「アンジェリカ嬢はレッソール商会に出入りしてるんですよ」

「レッソール商会か」

「御存じでしたか?」

「少しは。確かアパレルに強い商会だな」


 次々ニューファッションを生み出すことで知られている。

 母上も気に入っていて、時々女性会長のリサ・レッソールを王宮に呼んでいるくらいだ。

 しかし?


「違和感があるな。アンジェリカ嬢をファッショナブルだと思ったことがない」

「ですよね。どうもダンスのレッスンを受けているようなんです」

「ああ、アンジェリカ嬢のダンスが上手なのは知っている」

「レッスンは社交ダンスでなくて、もっと踊り子っぽいもののようですよ」

「ふむ?」

「今わかってるのが以上なんですけれども」

「何もわかってないのと一緒じゃないか」


 却って謎が深まったぞ?

 いや、放課後にクラブ活動をしていないのは、ダンスのレッスンがあるからか。


「もっとおかしいことがあるんです」

「何だ?」

「ローリー男爵家の金銭事情なんですけれども」

「は?」


 ちょっと意表を突かれた。

 金銭事情?


「結構ギリギリのようなんですよ。アンジェリカ嬢の貴族学校進学も危ぶまれていたくらいで」

「であるのにダンスのレッスンに金をかけるのはおかしいということか」

「はい」


 あれだけ優秀な令嬢だ。

 ムリをしても貴族学校に進学させたいというローリー男爵家の思惑はわかる。

 しかし社交に関係なさそうなダンスのレッスンを受けさせるというのは、確かにわからんな?


「……大体アンジェリカ嬢は他の生徒との交流に不熱心だ。ローリー男爵家の考えとは思えん」

「それよりも金の流れですけれども」

「下世話だな」

「殿下はお金のことなど考えなくてもいいでしょうけど、アンジェリカ嬢の立場になってみてくださいよ」

「うむ、ヒューゴーの推論を聞こう」

「アンジェリカ嬢はダンスで賃金をもらっているのではないかと」


 は?

 ただレッスンを受けているだけではなくて、何らかの対価をもらっているということか?


「レッソール商会のファッションショーは一味違うそうなんですよ。モデルに躍らせるんです」

「ふむ、知らなかった」

「すごいらしいんですよ。オレも見てみたくて」

「ヒューゴーの感想はいいよ」


 ニューファッションだけがウリのファッションショーよりも、ダンサーの演技を楽しめる方が話題になるだろうな。

 そうやってレッソール商会は成長してきたのか。

 さすが母上が評価するリサ・レッソールだ。

 僕もショーを見てみたいものだ。


「アンジェリカ嬢はダンスファッションショーに出演しているのではないですかね?」

「なるほど、だから賃金が発生するのではないかということか」 

「はい」


 ダンスのレッスンも、ショーに出演するなら当然だな。


「アンジェリカ嬢はアルバイトをいいことだとは考えていないから、レッソール商会に出入りしていることは隠している。また学校では目立たぬようにしている。どうでしょう? この考えは」

「一応辻褄は合うか。アンジェリカ嬢は稼いだ金を何に使っているんだ? どこにも金をかけているように見えないんだが」

「え? さあ?」

「そもそも令息令嬢との交流をシャットアウトすることのデメリットが大き過ぎないか?」


 ヒューゴーが肩を竦めている。

 お手上げのようだ。

 これ以上の考察はムダか。

 材料がなさ過ぎる。


「引き続き調べてみてくれるか。僕もリサ会長が何か知らないか、母上の方から聞いてもらう」


          ◇


 ――――――――――貴族学校にて。アンジェリカ視点。


「アンジェリカ嬢に話がある。ショーについてだ。人払いしておくから生徒会室に来てくれ」


 エリオット第三王子殿下にコソッと囁かれました。

 ああ、ついにバレてしまいましたか。

 もう少しで卒業だったのに、ツイてませんね。

 重い足を引きずりながら生徒会室へ。


「失礼します」

「待っていたよ」


 生徒会室にはエリオット殿下と側近のヒューゴー様がいらっしゃいました。

 踊りなんて貴族らしくない振舞いだと糾弾されるのでしょうね。

 退学になってしまうのでしょうか?

 貴族学校には十分学ばせてもらったからいいのですが、できれば卒業証書をいただきたいものですね。

 ああいうものに権威を感じる人もいますから。


「先日のショーを見せてもらった」

「恐縮です」


 本当に恐縮です。

 飛んだり跳ねたり足を上げたり。

 はしたないと言われても仕方がないです。

 貴族学校に通う女生徒らしくないということは、重々わかっているのですが……。


 いや、殿下が何らかの情報を持っていても、出演者とは考えていないかも?

 私は裏方ですよと、しらばっくれることはできるのでは?


「アンジェリカ嬢主役なんじゃないか。妖精のように美しかった!」

「……」


 ひ、ひえええええ!

 完全に私が出演者だとバレています!

 プログラムは『アン』という名前にしてあるのに!

 舞台では化粧もしていますし、学校の私とはかけ離れていると思いますのに!


 や、ヤバいです。

 かなり調査が進んでいるようです。

 何とか勘弁してもらえないものでしょうか。


「も、申し訳ありませんでした」

「む? 何を謝る?」

「貴族学校の生徒らしくないアルバイトだと、叱責されるのかと……」


 あれ?

 エリオット殿下とヒューゴー様が顔を見合わせているけど、何でしょう?


「……アンジェリカ嬢の言い分を聞こう」

「はい。我がローリー男爵家は貧乏でして……」


 私は貴族学校に通える見込みがなかったこと。

 たまたまレッソール商会からダンスモデルとしての引きがあったので、求めに応じたこと。

 給金を学費に充てていたこと。


「何と。アンジェリカ嬢は自力で貴族学校の学費を支払っていたのか」

「は、はい」

「驚くべきことですねえ」

「たまたまレッソール商会のリサさんが、私のひょろ長い手足は服が映えると仰って」

「うむ、実に見事なショーだった。話には聞いていたがあれほどとは」

「恐れ入ります。一〇〇回ショーに出演したら、貴族学校の学費に足る給金を出そうということだったのです」

「自力で学費を稼ぐためというプロ根性が、あの完成度を生むのだな。いやあ、リサ殿の見る目もアンジェリカ嬢のダンスも素晴らしい!」

「先日のショーが一〇〇回目だったのですよ」


 私にとって最後のショーでした。

 殿下に実際に見られることがなかったら、言い逃れることもできたかもしれないのに。

 よりによって最後の演技を見られてしまうとは。

 運がありませんでした。


「アンジェリカ嬢が自分で学費を捻出してまで、貴族学校に通いたかった理由は何だ?」

「学びたかったからです。我がサリエカ王国最高の学校で」

「ふむ? 学びたい意欲があったことはわかった。が、アンジェリカ嬢は他人とほとんど交流していなかったろう? それはどうしてだ?」

「貴族学校で学ぶことの一番のメリットは、有力者と知り合うことにあると考えている令嬢令息がほとんどですよ。アンジェリカ嬢の行動は整合性がないように思えます」


 ああ、他者と交友していないから怪しまれたのですか。

 もっともなことですね。


「私にとって級友との付き合いはリスクばかりあって、メリットを感じられなかったからですね」

「リスクとは?」

「私がダンスモデルとして働いていることが明るみに出る可能性が高くなること。時間とお金を浪費することです」

「メリットを感じられないというのは? メリットこそ明らかだと思うのですが」

「人脈を築いても活用する場面がない、と言った方がよろしいでしょうか? 私は卒業後、領に帰って働きたいと思っているのです。主に領の特産品を掘り起こしたり、加工品を研究したりする方向で」

「領に帰る? ショーダンスはどうするのだ?」

「辞めました。一〇〇回ショーに出演するという、リサさんとの約束は果たしましたから」


 またエリオット殿下とヒューゴー様が顔を見合わせていますね?


「……あれほどのショーの主役を張れるのに、ダンスを諦めてしまうのですか。衝撃ですね」

「……ちょっと僕の予想と異なっているところがあるな」

「予想ですか?」


 何の予想でしょう?


「卒業まであと半年だろう? アンジェリカ嬢はどうするつもりなのだ? ああ、いや、卒業前の話だが」

「学校を退学になることがなければ、卒業するまで通いたいと思います」

「退学? どうして?」

「私のしていたことは学校の風紀には合わないのではないかと。ただ誓って水商売じみたことをした覚えはありません。学費を稼ぐためという事情を鑑みていただけると幸いです」

「退学など最初から考えていなかったから、心配しなくていい」

「ありがたいです。感謝いたします」

「待って。アンジェリカ嬢はショーをよくないものだと考えていたんだ?」

「はい」


 お金に困っていなければやらなかったですよ。

 どう考えてもクラシカルな淑女像に合わないですから。


「ダンスには戻らないと」

「……四年間も踊っていますと、正直ダンス自体にも未練を覚えますね。でも引退です」

「会長リサ殿に引き留められなかったか?」

「引き留められましたが、もう私にはショーに出演する理由がありませんから」


 しかしダンスファッションショーは楽しかったです。

 リサさんやダンスモデル仲間に認められ、プリマに登りつめた時は誇らしかった。

 やり甲斐がありました。

 勉強とともに私の青春の一ページだったことは間違いないです。


 ダンスが私の生活から失われるのは、確かに寂しいですね。

 でももう私には踊る理由がないというのもまた事実なのです。


「母上が一度、アンジェリカ嬢が主役のショーを見てみたいらしくてな」

「は?」


 王妃様が?

 何ゆえ?


「かねてからリサ殿に相当自慢されていたらしくてな。ダンスファッションショーはアンジェリカ嬢によって完成したと」

「えっ?」

「サリエカ王国の誇る芸術にまで昇華したとな」

「そ、そうだったのですか」

「だから母上はアンジェリカ嬢の名も知っていたのだ。卓越したセンスがある上に勤勉だと聞いていたと」


 リサさんは私を買ってくれているとは思っていましたが、まさか王妃様に自慢するほどだったとは。

 恥ずかしいですね。


「でも王妃様が市井の劇場に足を運ぶ機会なんかないですからね。気になって仕方がないようですよ」

「そこへ僕の方からもアンジェリカ嬢の名を出したものだからな。メチャクチャ食いつかれたのだ。どんな令嬢だと」

「な、何とお答えになったので?」

「む? 単なる事実だぞ? 四年間にわたり最優秀クラスに在籍している令嬢だぞと」


 どうして殿下が私の名前を出すのです?

 全くわけがわかりません!


「我が国が誇る芸術とまで言われては、父陛下も無視できないらしくてな。近い将来にショーを見せろということになると思う。無論アンジェリカ嬢主演でな」

 

 大変大げさなことに!


「殿下はそれを仰るために、私を生徒会室に呼びだしたのですか?」

「む? ああ、そんなところだ」


 いきなり我が国の芸術を背負ってしまいました!

 頑張らないと、恩のあるリサさんにまで迷惑がかかりそう!


「まあショーの機会があるつもりでいてくれ」


 ――――――――――アンジェリカを返した後。エリオット第三王子視点。


「アンジェリカ嬢に関する謎が全て判明したな」

「殿下はどうするつもりなのです?」

「む……」

「アンジェリカ嬢に惹かれているのでしょう?」

「わかるか?」

「まあ」


 ショーで見たアンジェリカ嬢の美しさには本当に驚いた。

 これがいつもダサい格好をしている彼女なのかと。

 いくらダンスモデルとして働いていることをバレたくないとはいえ、全然別人じゃないか。


 一方でアンジェリカ嬢が成績優秀な令嬢だということは知れている。

 四年間僕と同じ最優秀クラスに在籍し続けた女生徒の数なんて、片手の指で足りてしまうのだから。


 ……今日のアンジェリカ嬢は魅力的だった。

 相対してみれば、ヒューゴーの言う通り美人で。

 動揺していたこともあるだろうが、表情も豊かで。

 スラッとした手足は透き通るように奇麗だ。


「アンジェリカ嬢では家格は足りないかもしれないです。でも殿下に求められているのは、庶民人気を得ることでしょう?」

「ヒューゴーはそう見るか」

「男爵令嬢でも優れてさえいれば王子妃になれる、というのは夢がありますよね」


 確かに。

 アンジェリカ嬢が断わらないのなら、僕は彼女を婚約者としたい。

 僕はアンジェリカ嬢の神秘性に魅せられてしまったのだ。


「説得できると思うか?」

「どちらをですか? 陛下御夫妻を? それともアンジェリカ嬢をですか?」

「やはりヒューゴーも、アンジェリカ嬢の説得は案外難しいんじゃないかと見ているんだな?」


 母上は恋愛にもファッションにも理解のある人だ。

 リサ殿がアンジェリカ嬢を持ち上げ、また僕がアンジェリカ嬢を求めているならば賛成してくれると思う。

 僕の第三王子という立場は比較的自由だ。

 母上が賛成なら、おそらく父陛下は反対しない。


「ううん、アンジェリカ嬢の価値観は独特な感じがするんですよ。攻略は難しい気がしなくもないです」

「僕も思った。ただ学びたいという情熱は買えると思わないか?」

「なるほど、アンジェリカ嬢には情熱があるから、逆に情熱に弱いんじゃないかという意味ですね?」

「えっ?」


 そんなことは考えてなかったんだが。

 しかし一理あるな。

 情熱で口説き落とせということか。


「というか、アンジェリカ嬢には人脈が弱いという決定的な弱点があるでしょう? 克服しないと陛下御夫妻の説得も難しくなってしまうと思いますよ」

「貴族学校の卒業パーティーで、ダンスファッションショーを披露してもらうというのはどうだろう?」


 いい宣伝になるから、レッソール商会は断らないに違いない。

 卒業パーティーには華やかでちょうどいい出し物になる。

 僕の生徒会での最後の仕事にピッタリだ。

 またアンジェリカ嬢にとっては、こういう令嬢だったんだということをいっぺんに広める機会になる。


 アンジェリカ嬢と直に話してみて、受け答えに問題があるとは思えなかった。

 人脈を築くきっかけと意思がなかっただけなんだ。

 アンジェリカ嬢はチャンスさえあれば必ず羽ばたける。


「名案ですね!」

「よし、決まりだ。根回しに動くぞ」


          ◇


 ――――――――――貴族学校卒業パーティーにて。アンジェリカ視点。


「「「「「「「「パチパチパチパチパチパチパチパチ!」」」」」」」」

「ブラボー!」


 卒業パーティーでダンスファッションショーを披露しました。

 私にとっては一〇一回目のショーになります。

 観客の皆様の歓声が心に届き、精神を震わせるのです。

 ああ、何という充実感!


 一〇〇回でショーに参加するのはお終いにしたつもりでいました。

 でも私の心には、灯された火が残されていたのです。

 もう一度踊りたいという願望が、欲望がありました。

 エリオット殿下、機会をいただけたことに感謝いたします。


 エリオット殿下は凛々しい方であるだけでなく、とても親切ですね。

 おかげで私がダンスモデルをしていたことは全く問題視されませんでした。

 何の気兼ねもなく卒業することができます。


 エリオット殿下は仰っていました。


『レッソール商会のリサ殿には話をつけた。卒業パーティーでダンスファッションショーを行うから、アンジェリカ嬢がプリマを担ってくれ』

『えっ?』

『アンジェリカ嬢が学費のために踊っていたことは理解した。しかしその学生時代を懸けたダンスを、卒業生一同に見せてやるのも一興だと思わないか?』

『か、かもしれませんが……』

『あのショーは素晴らしい。感動を覚えるほどだ。卒業パーティーは僕の生徒会活動の最後だからな。アンジェリカ嬢主演のダンスファッションショーを企画できると鼻が高いんだ』

『では、よろしくお願いいたします』

『やったぞ!』


 エリオット殿下が大喜びでした。

 こんなに熱い方だったのですね。

 私も貴族学校に何も恩返しできていない気がしていたので、最後にショーを披露することが学校のためになるのなら万々歳です。


「驚いたわ! アンジェリカ様はこんな特技がありましたのね!」

「夢のようなショーだったよ」

「実に素晴らしいかったわ。ありがとう存じます」

「いえ、私こそ光栄です」


 虫みたいにこそこそしていた私が、皆様方に話しかけていただけるなんて。

 ああ、やはりショーを披露してよかったです。

 わだかまりが全て解消されたような気分。

 卒業のいい思い出になりました。

 涙が出そうです。


「アンジェリカ嬢」

「エリオット殿下。本日は素敵な機会を提供していただき、感謝に堪えません」

「何を言うか。今日はアンジェリカ嬢並びにレッソール商会のおかげで、素晴らしい卒業パーティーとなった。そうだな諸君!」

「「「「「「「「パチパチパチパチパチパチパチパチ!」」」」」」」」


 ああ、感激です!

 エリオット殿下は何と素敵な方でしょう。


「さて、アンジェリカ嬢。最後に頼みがある」

「何でございましょう?」

「僕と結婚してくれまいか」

「えっ?」

「よろしく」


 皆さんが驚きで目を丸くする中、エリオット殿下の右手が差し出されます。

 側近のヒューゴー様の顔も真剣ですね?

 冗談じゃないみたい。

 あっ、陛下御夫妻まで注目しているではないですか。

 どうして前もって言ってくれないんですか!


「イエスと言ってくれまいか」

「……私は男爵家の娘に過ぎません。エリオット殿下に相応しいと思えないのですが、よろしいのでしょうか?」

「優秀な成績。芸術を具現化するセンス。そして目的を達成する意思。アンジェリカ嬢しかいないんだ」


 エリオット殿下の燃えるような目が真っ直ぐ私を捕らえます。

 私を最も理解してくれた方が。

 たまたま王子だっただけなんですね。

 もう迷いません。

 エリオット殿下の右手を両手で包み込みます。


「イエスです、殿下。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」

「「「「「「「「パチパチパチパチパチパチパチパチ!」」」」」」」」


 皆様の祝福が優しいです。

 私の人生にこんな輝かしい瞬間があったなんて!

 今日は一番いい日!


          ◇


 ――――――――――後日談。


 第三王子エリオットの婚約者、かつ国王夫妻に認められたダンスモデルとして、アンジェリカは一躍時の人になった。

 そのためアンジェリカは、これまでの生活からは考えられないほど多くの人々と知り合う機会を得た。

 一時的なブームだろうと、当初は静観していた者も多かったのだ。

 が、貴族学校で得た教養と、レッソール商会に出入りしてたことで身に付いた市井の感覚から、アンジェリカは意外なほど話題が豊富だと評価を上げた。


 アンジェリカはエリオットの婚約者、そして妃となった後もダンスモデルを続け、ダンスファッションショーの第一人者と君臨した。

 その名声と活躍は後進のダンスモデル達の地位を引き上げ、またサリエカ王国外を含めた各地から多くの観光客を呼び寄せることにも繋がった。

 引退後も新芸術の体現者として尽力し、表現するダンスを趣味の一環として位置付ける活動を行い、貴族から平民にまで裾野を広げた。


 アンジェリカの実家ローリー男爵家もまた恩恵を受けた。

 当代一の大スターアンジェリカを育んだとして注目を集めたのだ。

 業容の多角化を狙ったレッソール商会の協力もあり、そこそこに潤うことになった。


 アンジェリカは自分にチャンスを与えてくれたエリオットに計り知れない恩があると考えていた。

 しかしエリオットもまた、妃に大変感謝していたのだ。

 アンジェリカの夫であることで大きな存在感を発揮することができたから。

 またアンジェリカ人気はそのまま王家の求心力に直結し、サリエカ王国の安定と繁栄に繋がったから。


 二人は仲睦まじく、理想の夫婦と呼ばれた。

 いつまでも、いつまでも。

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