追放された弓術士と忘れ去られた精霊
新川キナ
第1話 契約の口づけ
「レント。悪いんだけどパーティ抜けてくんないかな?」
休日明けの早朝。幼馴染の突然の願い事は実質上のクビ宣言だった。納得のできない俺は尋ねる。
「俺が抜けていいのかよ?」
すると幼馴染は手を挙げて一人の女性を呼び寄せた。
「こちらの女性な、お前の代わりにパーティに入ることになっている魔法使い様だ」
「……」
「弓術士のお前なら分かるだろ? 多彩な魔法で多様な敵を一気に屠る魔法使いと、弓でちまちまチクチク一匹ずつしか射ることが出来ない、お前とじゃ比べるまでもない」
俺は魔法使いの有用性を理解したうえで、それでも反論してみる。
「で、でもさ。俺、薬学もあるし。ほら、この前……っても結構前か。麻痺毒や劇薬を仕込んだ矢が重宝したこともあったしさ。他にも腹を壊した時に薬草で下剤を作って役にたったこともある。それに傷薬を作ったり解毒薬を使ったり。そうだ。俺が作った特性の栄養ドリンクとか重宝してたじゃん! 徹夜明けに効くぅって、さ……それに追跡術もある。これなら魔法使いには出来ないよな。だろ?」
反論しながらも段々と尻すぼみになる俺の言葉。分かってる。どれもこれも状況が限定的なのだ。毒は効果のある獲物限定だし、それに使うと血や肉が汚染されたりするので、そういう部位に価値がない獲物を狙うときだけ。腹を壊したのは、まだまだ未熟な冒険者だった時に数回あっただけだし。傷薬も解毒薬も最近は要らなくなったな。なにせ仲間に癒やしの魔法が使える人材が加入したためだ。特性栄養ドリンクは……まぁ気休めと言うか。まぁな、うん。追跡術も他の仲間が使えるようになった。
幼馴染はそれを知っている。だから困った人を見る様子で、しかしはっきりと言い切った。
「うん。知ってるよ。お前がどれだけ頑張っていたのかは。でも、な? 分かるだろ? 俺は上に行きたいんだ。夢なんだよ。成り上がりたい。だから……お前とはここで道を違えさせてもらう」
そう言い切った親友は頭を下げたのだった。俺はそんな彼の頭のつむじをぼんやり見ていることしかできなかった。
※
※
※
しかたがない。夢のため、上を目指すために抜けてくれと言われれば諦めざる終えない。自分が彼の立場でもそうするだろうから。レベルの低い使えない何もかもが中途半端な仲間に合わせて夢を諦めるなんてできないだろう。
トボトボとメインストリートを歩く。そろそろ冬になろうかという時期のこと。仲間からも追放されて身も心も寒々しい。まだ夜が明けたばかりの時間だが、今日は今から飲もう。そう考えて、よく行く酒場を目指した。その途中でほっそりとした白い布を体に巻き付けただけの金の髪と空色の瞳の美少女に声をかけられた。
「お兄さん。暇?」
俺は少女を身売りか何かだろうと思って、わずかばかりのお金を少女に渡す。
「悪いな。お嬢ちゃんだと幼すぎる。買ってやることは出来ないが、これで勘弁してくれ」
そう言って歩き出した俺の後ろを少女がちょこちょこ付いてきた。
「お兄さん。とってもいい匂い。美味しそう。それに温かそうで、スッゴイ好み!」
俺は苦笑い。後ろを振り返って少女に言った。
「さっきも言ったろ? 流石にお嬢ちゃんじゃ幼すぎる。見たところ十にも満たないだろう? せめてあと六つか七つ上だったら考えたんだが……」
そして俺は大きく溜め息を付いた。少女が目をキラキラと輝かせて腰にしがみついてきたので、俺は目の前の子を引き剥がしながら身をかがめて言った。
「ごめんよ。好みじゃないんだ。諦めてくれ」
その瞬間。少女と俺の唇が重なった。驚いて体を引いて立ち上がった俺に少女がクスクス笑いながら言った。
「契約の口づけ。お兄さん。これからよろしくね」
そう言って少女が目の前からこつ然と消えた。
俺は戸惑いを隠せない。
「何だったんだ?」
白昼夢でも見ていたのだろうか。するとどこからかクスクスと笑う声が聞こえた。辺りを見回してみるが、笑い声の主は見当たらない。皆、朝の支度に追われて忙しそうだ。俺は少し怖くなったが、こういう時は飲んで忘れようと酒場へ向けて歩き出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。