親友オークション
比呂田周
「親友」がやってきた!
ある初夏の日曜の午後、「親友」が僕の家にやってきた。
指定した通りの時間に、彼は家のチャイムを鳴らしたんだ。
僕はおとなしい性格なので、穏やかな人だといいなって思っていたけど、親友は僕と違って、陽に焼けてて運動が出来そうな感じがした。それに、僕より10センチぐらい背が高い。彼の顔を見上げると太陽と重なってさらに黒く見えた。
「おまえか?俺の新しい親友って」
「……そうだけど」
「よろしくなっ!」
親友は僕の方に手をさしだした。僕も手を出すと親友はニヤリと笑い、ガッチリと握手をした。それが僕の人生で初めての握手だった。彼の手はとても硬くて力強く、僕の心臓はマリンバのように激しく波打った。
家の前の通りをぐるっと見渡してから、親友は僕の顔をじっと見ていった。
「そうそう。あ、そうだ。おまえ名前何ていうんだ?」
親友は僕の顔をさらにじっとのぞきこんだ。
まるで僕の顔に名前が書いてあるのを読もうとしているみたいで、思わず目をそらしてしまった。
「あ、僕はショウ。どういう字を書くかというとね、ちょっとむずかしいんだ。動物の、『羊』のとなりに『羽』って書くんだけど」
小学校で習わない漢字だから、伝わるかどうか心配だった。
「へ~。まあ、なんとなくわかる。大谷翔平の翔だろ!でもいいよ、漢字で呼ぶわけじゃないんだし。ショウでいいな?」
親友はニヤリと笑って、ショウのところだけ大きな声で言った。そろそろ声変わりが始まってるのがわかる。僕のやたら甲高い声とは全然違う感じだ。
「じゃあ、アナタは・・・キミは何ていうの?」
「おいおい、アナタとかキミとか、やめてくれよ。ちょっとキザだし。おまえでいいよ、おまえで」
親友は僕の肩をパフッと叩いてまた笑う。
「お……おまえは?」ぎこちなく僕が問いかけると、
「ユウタ。エイユウのユウに、太いって書くんだ。エイユウのユウってわかる?」
「いや……まだ習ってないよ」
僕の頭の中には、エイユウのユウはどこにも存在してなかった。
「ま、いいよ。漢字で呼ぶんじゃないもんな。あ、二度目だな、コレ」
「ははは、そうだね。じゃあ、ユウタって呼んでいい?」
「いいぜ、ショウ」
「ユウタ!」
「ショウ!」
僕らは、何度か名前を呼び合った。『これが憧れていた親友ってもんかあ~!』と、しみじみと思った。僕は友達がいないから、友達を呼びすてで呼んだことなど初めてだったんだ。
呼び合った後は、なぜかがしっと抱き合った。男同士だけど親友ならそういうのもアリなんだろう。僕もユウタを力いっぱい抱きしめた。顔がちょっと赤くなったのがわかった。ユウタの着てる服から、夏草のにおいがした。
年齢を聞くと、ユウタも僕と同じ小四だという。でも僕よりずっと背が高いせいか、男らしくてかなりたくましく見える。
「じゃあ、今から遊ぼうぜ。俺、おまえの分もグローブ持ってきたからさ」
「え?グローブって、ボクシングの?」
「おいおい、そっちじゃないよ。野球のグローブな!いきなりなぐりあいしてもしょうがないだろ。キャッチボールするんだよ!」
「そっか、エヘヘヘ」
「ハハハハ」僕のてれ笑いにつられたのか、ユウタも高らかに笑った。
僕たちは、ママが作ってくれた弁当の入ったリュックを背負って、近所の河原に行くことにした。そこでなら、キャッチボールをしても良さそうだ。といっても、僕はキャッチボールなんてしたことが無いけど。
ユウタと僕は、普通じゃありえないような出会い方をしたんだ。
僕は親友というものに、ずっとず~っと憧れていたが、現実世界の僕にはひとりもいなかった。
そもそも友達同士で「俺たち、親友だよな!」って確かめることなんてない。仲の良い子はいたけど、親友とまでいえるような感じじゃない。僕はちょっと引っ込み思案でえんりょがちなので、いつもクラスメイトによそよそしい態度をとっていたのだ。
あの日の放課後も、親友どころか友達もいない僕は一人で学校から帰った。
別にクラスで嫌われてもいないと思うし、いじめられてもいないんだけど、
僕がえんりょがちだからか、誰も一定の距離より内側まではふみこんでこなかった。さびしくはないけど、やっぱり損してる気もしたる。
でもそれをどうやって直すのかがわからないでいる。
つまり、親友を作るやり方が僕にはよくわからないのだ。それは時代のせいなのかどうか、僕にはわからない。
家から学校までの途中、昼間でもちょっと薄暗い通りにマルモ食堂というお店がある。僕がまだ小さい頃に、何度かママと行ったことがあった。ママがそんなにいそがしくなかった頃のことだ。でも今は閉店してしまったのか、ここ数年ずっとガラス戸は閉ざされており、内側のカーテンも閉まったままだ。
マルモ食堂の近くまで来た時、店の手前にある電柱のかげに、誰かが立っているのが見えた。
誰だろう?と思いながら通り過ぎようとした時だ。
「ボク、おいボク!」と呼びかける声がする。
声のする方を見ると、背が低く、茶色いスーツを着たオジさんが電柱のかげから僕を手まねきしているのだ。
「え、僕?」
探検隊みたいな形の帽子をかぶったオジさんはヒゲがボーボーで、そのせいか顔全体が黒っぽく見える。とてもあやしい感じなんだけど、僕はなぜかその顔になつかしさというか、親しみを覚えた。
「何でしょうか?」
「ボク、いいこと教えてあげよう」オジさんはニヤッと笑った。ヒゲの中から、茶色い歯がのぞいた。
「親友、ほしくないか?」
「シンユウ?友達のこと?」
「ああ、そうだ。友達よりも、ひとつもふたつも上のそんざいだ。見たところ、キミにはいないんだろ?」
「……まあね」
ちょっと失礼だなと思ったけど、実際、いっつもこの道を一人で帰ってるからいわれてもしょうがない。
「親友、欲しいけど、どうやったらできるの?」
「今から教えよう。ボク、家にパソコンがあるだろう?」
僕はママが仕事で使っている、銀色の四角いヤツを頭に浮かべた。いつもママがあの機械の前に座ってカタカタと文字を打ったり、何か読んだりしている。
「あるけど?ママのでもいい?」
「もちろん。ママにお願いして、親友をオークションでラクサツして貰うのさ」
「オークション?らくさつ?」
今度は僕の頭に、アルファベットのO(オー)の文字の形をしたクッションが浮かんだが「ラクサツ」の方はもやもやしたものしか浮かばなかった。全然聞きなれない言葉だ。
「まあ、詳しいことはママに聞くといい。今日の午後九時、『ハッピーオークション』ってサイトに君の親友が出品される。ママにお願いして、それをラクサツ・・・つまり買ってもらいなさい。そしたら親友が手に入るよ」
「そ、その親友ってロボットか何かなの?」
またまた、僕の頭の中には、青くて丸いロボットが浮かんでいた。だが、おじさんは首を横に振って
「ロボット?そんな、マンガじゃあるまいし。れっきとした人間の親友さ」
と否定した。
「お、おじさん、生きた人間をママに買えっていってるの?」
「まあ、説明が書いてあるから、心配せずラクサツしてもらいなさい。いいね!」
「う、うん。わかった」
僕の返事がおじさんの耳に届いたか、届かなかったかわからないうちにおじさんは、夕闇の影の中にスーッと姿を隠して消えてしまった。
その夜、夕食が終わったあと、僕の部屋の隣のママの部屋をノックした。
「ママ、ちょっといい?」
「いいわよ!」
ママがいうので、僕はドアを開いた。ママはやっぱり、いつものようにパソコンに向かって仕事か何かをしていた。
「どうしたの?ショウ」
「あのねママ、今、パソコン使ってる?」
「使ってるけど?」
ママが振り向くと、その肩越しに大きな画面が見えて、その画面はやたらビカビカ光って見えた。
「あのねえ、ちょっとお願いがあるんだけど。オークッションって知ってる?」
「オークッション?オークションのこと?ママもたまに利用してるけど、ショウもそういうの興味あるの?」
「うん、ちょっと……ね。今、『ハッピーオークション』てとこ見せてくれる?」
「……『ハッピーオークション』ね。初めて聴く名前。いいわよ」
右手の下にあるマウスをぐるぐると動かして、ママはすぐにオークションのページを開いてくれた。
『ハッピーオークション』って文字がキラキラ楽しげに光っている。
ここは、大人たちが自分の持ち物を売りに出したり、それを買ったりするというサイトとかいうものらしい。画面の上には、バッグやらスニーカーやら電化製品やらがズラリと並んでいる。
ここに「出品」されている商品にみんなで買いたい値段をつけると、一番高い金額を出すっていった人のものになる。それを「ラクサツ」というそうだ。
「ショウの欲しいものが出品されてるの?高いのなら、ママ無理よ」
「高いかどうかはわからないんだけど、もうすぐ、親友が・・・」
「親友?親友が出品するの?なら、直接譲って貰えばいいのに」
ママは僕に親友がいないことは知らないようだ。
「違うんだ、親友がね、オークションに出されるんだって、夜九時に」
「ん?」
ママは、首をかしげながらナゾな声を出した。
「『親友』、探してみてくれない?あ、ほらもうすぐ九時だから」
壁にかかった時計の針は、あと三十秒ぐらいで九時になろうとしていた。
「親友ねぇ・・・」カチャカチャとボタンを押して、ママは探しているようだ。
そして壁の時計から小さな鳥がピーッと飛びだして9時を告げてから、1分ぐらい経ってから、ママの「あった!」という声が部屋に響いた。
「あったの?」
「……うん。今、ちょうど出品されたみたい。『小学生の親友』って書いてあるわね。え~こんなのってアリ?しかも値段は1円だって!1円スタートってことね」
ママがページを開いてみると、男の子の絵が見えた。
「なになに?・・・『あなたのお子さんにピッタリの親友です。ぜひ、ラクサツしてみてください。きっと満足します。送料は無料です』だってさ」
「ラクサツ?今、ラクサツって言った?」
「言ったわよ。オークションでは、商品にだれよりも高い値段をつけて自分のものにすることをラクサツっていうの。そのために希望金額をニュウサツするんだけど」
ママはそういって、画面の中の「入札」という二文字を指差した。
「でもショウ、本当に『親友』が欲しいの?」
「うん!欲しいよ。僕、親友いないし・・・親友ってどんなものか知りたいし」
「あら、あんた親友いないんだ」
「欲しい。でも、今のクラスでは作れそうもなくて」
「そう…・・・わかったわ。なら、落さ・・・あれ?」
突然、ママの声がひっくり返って裏声になった。
「どうしたの?」
「誰かに先に入札された。ほら、値段が上がってる!」
値段のところを見ると、さっきの1円が、100円になっていた。
「どういうことなの?」
「ショウの他にも、親友を欲しがってる人がいるってこと。このままだと、他の人に買われてしまうわ」
「ええ~?とられちゃうの?」
「いや、この人よりも高い値をつけたらいいんだけどね・・・110円と」
ママは、値段のところをいじくって、親友の値段を110円にした。
でも、すぐに値段が「120円」となり、さらに「150円」になった。
「どうやらライバルは一人じゃないみたいね」
「ま、ママガンバって!僕の親友なんだから!」
「がんばれっていわれてもねぇ……あんまり高くなったら買えないのよ。でも、とりあえずもうちょっと上げてみるか」
ママは腕まくりをした。どうやら本気になったみたいだ。
この表情は、いつもの株の取引きをする時の顔に似ている。そして、やがて長いバトルの末に、ママは見事に親友を落札した。
最終的な値段は1350円だった。どうやら相手は子供だったらしく、ママの本気にはかなわなかったようだ。
「良かったね、ショウ。あとはママが出品者と連絡を取っておくから、親友が来るまで楽しみに待ってなさい。いいわね?」
「はーい!」僕は心の中で「ママ、大好き!」と叫んでいた。
「出品者と連絡をとって、今度の日曜日の午後二時に、うちに届く……遊びに来ることになったわよ、あんたの親友」
「ホント?ママ、ありがとう」
「ママ、その日、お仕事で居ないけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ、親友だもん」
「じゃあ、お弁当を二人分、作ってあげるから、いっしょに食べなさい」
「やったーっ!」
今からよくよく考えると変な会話なんだけど、僕はとにかく親友を落札した!という嬉しさと、やがて会える親友の顔を想像して、その夜はなかなか寝付けなかった。
「おい、だいじょうぶか?」
僕の親友こと、ユウタが心配そうにかけよってきた。目とおでこの当たりにいたみがズシンと乗っかっている。
「おまえ、グローブ着けてるのに、なんでそっちを使わねえんだ?」
僕の頭はまだボーッとしている。
耳がキーンとなっていたけど、だんだん音が戻ってきて、そばを流れる川の音が聞えてきた。真っ青な空が真上に見えた。
どうやら、僕はユウタが投げたボールをうけそこなって、目のあたりにガーン!と当ててしまったらしい。それも、グローブというやつを使わず、右手でとりにいったのだ。あ~かっこわるい。親友の前でさっそくブザマなところを見せちゃった。
でも、ユウタは僕のことを笑うことなく、とても心配そうな顔をしている。
「ありがとうね。僕、運動神経ニブいんだよ」
「そうみたいだな。キャッチボールも初めてみたいだもんな。お父さんは野球、興味ないのか?」
ユウタは僕の体を起こしてくれて、背中についた泥をはらってくれた。
「僕、パパがいないから。僕が今よりもっと子供の頃に居なくなったから。ママと二人暮らしなんだ」
「そりゃ悪かったな……おまえのパパ、死んじゃったのか?」
「わかんない。もしかすると生きてるかも。僕もかすかにしかおぼえてないんだ。ママはあんまり話してくれないし」
「そっか。それはもうふれないことにしよう。まあ、ショウみたいな子もけっこう居るから気にすんなよ。だんだんうまくなっていけばいいさ。おまえ、捕る方はまだまだみたいだけど、投げる方はスジがいいぜ」
「ホント?」
「ああ、ホントさ。親友なんだからウソはつかないさ」
僕はすごく嬉しくなった。運動関係でほめられるのは人生で初めてかも知れない。それがたとえ、おせじでもうれしかった。
ボールが当たったところはジンジンしたけど、僕はそれからまた、ユウタと一緒にキャッチボールで汗を流した。キャッチボールをしているからといって、別に将来、野球選手になりたいわけじゃないし、野球を知りたいわけでもない。
だけど、ボールを投げて、捕ってをくりかえしてるうちに、ユウタと心がどんどん近付いてくような気がして、すごく楽しくなったんだ。
「ショウ、おまえ、スゲーなぁ!」
川から吹いてくるちょっとひんやりした風に少し消されながらも、ユウタの声が僕の耳に届いた。
「え?なにがー?」
「おまえ、どんどんうまくなってるよ。投げるのも、捕るのも!」
「ホントにぃ~?」
いいな、親友って。
会ってまだ2時間も経たないうちに、僕は親友の良さを実感していた。
キャッチボールをいったんやめて、僕らは、川にかかった橋の裏側にあるコンクリートのところに座ってお昼ごはんを食べることにした。
ママが作ってくれた弁当は、二人分以上もあったけど、ユウタはもりもりとたくましく食べた。きっと、元気で男の子らしいユウタを見たらママも気に入るだろう。
そんなことを考えている僕と目が合って、ユウタは「ニカッ」と笑った。
僕もユウタに笑ってみせた。こういう笑顔、自然にクラスメートの男子にも見せられたら、もしかすると友達になれるかも知れない。そんな風に思った時、僕の心を読んだかのようにユウタが言った。
「そうだよ、その笑顔で話しかけていけば友達どころか、親友だってすぐ出来るぜ!」
そのあと、僕らはかけっこをしたり、草のしげった斜面をダンボールですべったり、色んな事をして遊んだ。ユウタは僕の知らない遊びとか、側転のやり方を教えてくれた。うちの学校じゃ全然出会うことが出来ないものばかりで、僕は今日一日だけでまったく違う人間に生まれ変わったように思えた。
月がのぼって、僕たちのいる河原に夜がおとずれた。
そろそろ帰らないとママが心配する。ざんねんだけど家に帰らなきゃ。でもユウタはどうするんだろう?
「もう夜だね。僕もう帰らなきゃ。ユウタは、どうするの?ウチ、来る?」
僕がたずねると、ユウタは首を横にふった。
「オレはオレの家に帰るよ。そろそろ晩飯の時間だし」
「あ、そうなんだ」
そりゃそうだよね。いくら「ママが落札した親友」でも、人間なんだからペットみたいにうちの家にイソウロウさせるわけにはいかないしね。
「じゃあ、今度はいつ、遊ぶ?」
ユウタにいうと、彼はちょっと顔をくもらせていった。
「今度?今度は……むずかしいかもな」
「えっ!なんでよ、もう会えないの?」
「そう何度もここに来れるわけじゃないんだよ」
ユウタは目をふせ、寂しそうな声でいう。僕はショックで次の言葉が出て来ない。でも心の中ではずっと疑問がうずまいていた。親友なんだろ?じゃあ、ずーっと永遠に親友じゃないの?
「ホント、ごめんな。ショウと遊んだきょうのことは、ずっと忘れないから」
「もちろん僕も忘れないけど……あの、ゆ、ユウタはまた、オークションに出品されるのかな?」
「わからない。ごめんな、中途半端で」
ユウタの左手にある腕時計が、チカチカしている。あらかじめせっていされた制限時間なのだろうか。
それを何となしに見ていた僕はハッとした。
別に、オークションでユウタをラクサツしなくたって、ユウタの住所を聞いて、僕がユウタに会いに行けばいいじゃないか!
「ユウタ、ちょっと待ってて」
僕は持ってきたリュックを探した。橋の下の暗がりの草むらに置いているはずだ。夕闇の中リュックを探しあて、メモ帳とシャーペンを取り出して振り返ると、河原には誰も居なかった。
「あれ?ユウタは……?ユウタ、オーイ!どこぉ?」
僕は何度もユウタの名前を呼んだ。
僕の声は、夜の川の水音にすぐに消されてしまう。あきらめきれずに何度も何度も叫んだけど、やっぱりユウタは出て来なかった。
「なんで、なんでさよならも言わずに帰っちゃたんだよぉ。ずるいよ……」
夏の前の湿気をふくんだ風が、僕の顔をさわさわとなでて行く。
とたんに僕は闇の中にぽつんと、ひとりぼっちでいる心細さを感じて、小走りで家へ帰った。
帰りにちょっと寄り道して、マルモ食堂の前まで行ってみたけど、食堂の前の通りは人の気配がなく、ひっそりと闇に包まれていた。
僕は生まれて初めて出来た親友を、生まれて初めてうらんだ。
たった一日だけの親友なんて、聞いてないよ。ユウタはこれからもずーっと僕の親友でいてくれると思っていたのに、なんだよぅ!
帰宅すると僕は、台所でごはんの用意をしているママに向かってさけんだ。
「ママ、ユウタが、ユウタが消えちゃったんだ!」
ママはきょとんとして僕の顔を見ている。
「ユウタって、誰?」
「何いってるの?今日出来た僕の親友だよ、ママがオークションでラクサツしてくれた親友!」
「ちょ、ちょっと、落ちついてよショウ。私、あなたが何を言ってるかわからないわ」
ママは持っていた包丁を置いて、僕のおでこに手をあてた。
「熱は……ないみたいね」
「熱なんてないよ!」
僕はすっごくイライラした。ママは僕をからかっているのだろうか。
「ほら、こないだ、ママが落札して、きょうはお弁当作ってくれたでしょ!」
「作ってないわよ?それよりあなた、落札なんて難しい言葉知ってるのね」
「親友と遊びに行くからって、べ、弁当作って……」
そう言いながら僕は肩からさげたリュックから弁当箱を出そうとしたけど、そのリュック自体が無かった。
「ショウ、あなた夢でも観ていたんじゃないの?今日はどこにも行ってないでしょ?ママはずっとショウが部屋でお勉強してると思ってたわ」
「うそだーっ!夢じゃないよ、夢なんかじゃない!」
あんなにはっきりした夢なんてあるわけがない。僕は必死にうったえた。
ユウタとの握手や、キャッチボールでボールが頭に当たった時の痛み、一緒に食べたお弁当の味、それから側転のコツとか、全部はっきり覚えてる。
ためしに僕は台所の隣のたたみの部屋へママをつれて行って、ユウタに教えて貰ったばかりの側転をやってみた。
見事に、くるっときれいに回れた。
ママは目を丸くしている。僕は「ほら!」と言ったけど、だからといってこれがユウタと遊んだという証拠にはならなかった。
そのあと、ママに頼んでパソコンで「ハッピーオークション」を探してもらったけど、これもまったく見当たらず、僕とユウタが出会った記憶は結局「夢」ということにされてしまった。
「でも、不思議なのよね。ショウにはオークションのことなんて一切教えていないのに、オークションや落札って言葉とか、その仕組みまで知ってるなんて」
「だって、この部屋でママに全部やってもらって、親友を落札したんだもん」
「その親友を落札っていうのも、ありえないでしょ。人身売買じゃあるまいし」
「ジンシンバイバイ?」
僕は、地震にバイバイする人のことかと思ったけど、ちがうみたいだ。
「ああ、でもたったひとつ、思い当たることがあるんだけど……まさかねぇ」
ママはパソコンの画面をじーっと見つめながら首をかしげた。
「あのね、ショウがいつか大人になった時ぐらいに教えようと思ってたんだけどね」
「何を?」
「あなたのお父さんのこと」
「パパ?」
「そう。あなたのパパはね、発明家だったの。毎日毎日、役に立たないようなものばかり作ってはどこかの会社に売りこんで。でもね、ショウが生まれて間が無いころね、夢を自由自在に見せる機械を完成させたって言い出して」
「夢を?」
「うん。人の頭に電波を送って、夢を見せるんだって。電波を受け取った人は夢を実際の体験みたいに思い込むようになるって」
「何でそんなものを?」
「わからないけど、いろんな使い道があるって言ってたわ。それをどこかの会社に売り込みに行くっていって、家を出たっきり帰って来なかったの」
「え~っ、うそ!じゃあ、死んだんじゃなかったの?」
「さあ、どうなったかもわからないわ。もう7年ぐらい前だしね。私はずうっと待ってたけど、もうあきらめた」
「そうなんだ」
「でね、それで思いだしたんだけど、お父さん、ショウのことだけはいつも心配してたの。もし、今でもショウのことを気にしてたら、あの機械を使って貴方のために親友を作ってあげたりもしてたかも」
「じゃあ、あれが夢だとしたら、ユウタはパパが僕に見せた夢の中の人だってことなの?」
「まあ、あの機械が本当に成功していて、そして今もパパが生きていて、ショウのことに親友が出来るかどうか今も心配してたら、そういうこともありえるかもね。ただ、今も本当に心配してるんならウチに帰ってくるはずなんだけど」
「そうだよね……。ねえ、ママは今でもパパのことが好きなの?」
「そうねえ、彼はとても夢見がちな人でね、ずーっと自分の夢を追いかけていたわ。私はそんな姿が好きだった。だから、今も彼のことを憎めないのかも」
「そっか」
僕は親友を失くしたことと、パパのことを聞いて二倍さびしくなった。
それから数日経ったある日のこと。僕が学校に登校すると、何やらクラスがさわがしい。
「なあなあ、うちのクラスに転校生が来るらしいぜ!」
「マジかよ!六月のこんな時期に?」
よく耳をすませてみると、クラスでもお調子者の桜井君が情報をキャッチしてみんなに言いふらしているようだ。クラスのさわぎを尻目に、僕は一時間目の授業の用意をしていた。
チャイムが鳴ると、担任の先生が転校生を連れて教室に入って来た。
転校生の顔を見て、僕はハッとした。
その子はユウタそっくりだったからだ。『ユウタ?』
だが違った。先生が黒板に書いた転校生の名前は「木田武」だった。
ユウタではなかったけど、色黒で、髪の毛が短くて背が高くて、運動神経が良さそうなところはそっくりだ。一瞬で、僕は彼にとても親近感をいだいた。
木田君は、きんちょうした様子も無く、大きな声で堂々と自己紹介をした。ますますユウタに似ていると思った。
僕はすごくワクワクした。もしかするとこれも、パパが僕に見せている夢の続きなのかも知れないと思ったが、それでもうれしかった。
「あの、ユウ……じゃないや、木田君」
一時間目が終わって、僕は一番後ろに座っている木田君に勇気を出して話しかけた。転校生に興味があるらしく、みんなが遠巻きに見ているのがはっきりとわかったけど、僕のきもちはもう止められない。
「ん、何?」
「親友になってくれないかな」
「え、いきなり親友って……おまえ、変な奴だな」
「そ、そうだね。変だよね」
僕の突然の申し出に、木田君はちょっととまどっていたけど、やがてニコッと笑って「うん、いいよ!」と言ってくれた。
そして僕と木田、いやタケシは親友となった。最初はもちろんぎこちなかったし、さぐりさぐりだったけど、ユウタとの経験がいい予行演習になった。
夢の中の親友が、現実の親友になった。しかも、あと少ししたら夏休みだ。
初めて自分から作った親友とどう過ごそうか。そう考える度に僕の心ぞうはポップコーンがはじけるように波打っている。これからタケシは何日経っても、何年経ってもそばにいるはずだ。これぞ親友なのだ。
「ショウ、帰ろうぜ!」
六時間目が終わるなり、タケシが僕の肩を叩いていった。
「おう、帰ろう帰ろう!」
「今日、おまえんち、行っていい?」
「いいよ!きのう新しいゲーム買ったんだ!」
「おっ!何買ったんだよ」
「内緒!来てからのお楽しみだよ」
最近はそんな会話も、もうサラリと出来るのだ。
僕とタケシがアニメの主題歌の歌を交互に歌いながら、マルモ食堂の前まで歩いてきた時だった。ふと気付くと、食堂の前の電柱の陰からまたもあの人物が出てくるのが見えた。僕は反射的に大声を出した。
「……オジさん!」
僕の隣でタケシはきょとんとしている。それにかまわず、僕はその人に近付いていった。
「おう、ボク、元気か?」
「うん!ちょっと落ち込んでたけど、今はすっかり元気になったよ。あ、そうだ!あれ、僕の親友のタケシ」
僕がタケシの方を指差すと、タケシはけげんそうな顔をして、僕たちの方を見ている。
「ああ、ついに親友が出来たのか。なかなかいい感じの少年じゃないか。本当に良かったなあ。それならこの話もしやすくなった」
「何の話?」
「うん、実は今日の九時にまたオークションがあるんだよ」
「えっ、いいよ。僕にはもう、タケシがいるもん」
「違う違う。今回は親友オークションじゃなくて……」
「何?」
「父親オークションさ」
そういってトクやんはヒゲだらけの顔で、僕にウインクをした。なんだか懐かしくてあったかい気持ちになった。
(了)
親友オークション 比呂田周 @syu078
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